さがしものはなんですか.


 

 ミッターマイヤーは、探し物をしていた。その動きは、40歳代後半を迎えても疾風のようだと、伴侶であるロイエンタールは思う。
「あれ…ここに入れたと思ったんだけど…」
 おさまりの悪い蜂蜜色の髪をかき回す。そんな仕草も、昔から変わらない。
 ロイエンタールはソファに座ったまま、目線だけを彼に送る。ヘルプの言葉があるまで手を出さないのが彼らの常だった。
 けれど、そこら中のクローゼットを開け、引き出しを引っかき回す姿に、さすがに心配になってきた。
「ウォルフ?」
「あ、ああ…なんだっけ…」
 声をかけられて、座り込んでしまった。疾風の動きは止まったけれど、口まで動かなくなってしまった。

 2人きりの生活が始まったのは、かなり前のことだった。とはいっても、管理職ではなく相変わらず現場で働く彼らには不在の夜もある。けれど、その家に帰ってくるのが2人だけになったとき、嬉しさよりも寂しさが勝ったのは事実だった。子どもの自立は当然だと頭では理解しているのに。
 そんな彼らだけれど、2人でいるのが当たり前のように自然だった。息子の話をする日もあるし、仕事の話もたまさかにはある。何も話さずじっとそばにいる日が多いのも確かだった。
 周囲に「親ばか」と評される彼らだから、息子の近くにいると気になって仕方がない。新しい世界を築き、そちらに夢中なことを責める権利はないけれど、やはり不満もつのってしまう。それだけが理由ではないが、彼らは隣の州へ引っ越した。フェリックスを置いて。
 それでも、長年住んだ家とどこか似た部屋を選んでしまうのは、仕方のないことかもしれない。

「フェリックスだけじゃないと思うけど」
「うん?」
 探し物を諦めたのか、ミッターマイヤーはロイエンタールの隣に座った。
「昔、まだ小さかった頃、こうやってよく物がなくなったよな」
「ああ、いたずらが盛んな時期にな」
「…あれは”いたずら”かな…」
 小さな子が手に取れる物を歩ける範囲に移動させる。これは学びの一環なのではないかとミッターマイヤーは考える。そうやって理由付けしては、しからない言い訳をしているのかもしれない。
「ま。何でも触ってみて…持ち上げて…歩けるのだからな」
「だんだん隠すのがうまくなっていったんだよな」
「…隠すってことは、やはり”いたずら”じゃないのか? ウォルフ」
 ロイエンタールは、意外な物が驚くような場所から出てきたことを思い出して、小さく笑顔になった。
「うん…まあ、彼なりに”片づけ”たのかもしれないし」
「まあな…そうやっていろんなものを探したよ」
「そうだな」 
 ミッターマイヤーも同じようなことを思い出して、笑った。

「で、お前は何を探してたんだ?」
「うん…わからないんだ」
「…というと?」
「フェリックスが一緒なら、フェリックスがどこかへ隠したとか思えるんだけどな」
「…やっぱり”いたずら”じゃないか」
「残念ながら…俺もボケてきたかな…」
「ほぅ…」
「最近物忘れが激しいって感じないか?」
「…それなりにある、と思う」
 ミッターマイヤーは大きなため息をついた。
「俺たちもずいぶん歳を取ったな…」
「…ウォルフの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな…」
 ロイエンタールは素直に驚いた。
 自分はもうすぐ
50歳になる。改めて考えると、確かに、
「おじさん…にはなったな」
「…それこそ、お前がそんな単語を自分に使うとは思わなかった」
 ミッターマイヤーが笑ったのを見て、ロイエンタールはホッとする。
「どれどれ…俺が若さを分けてやるぞ」
「あはは。その発言はまさに”おやじ”だな、オスカー。俺の方が若いんだぞ」
「こういうのは気持ちの問題だろう、ウォルフ」
 冗談にして、浮かんだ不安を2人で笑い飛ばした。

 



「ドクター」の双璧の日常、二人だけの日常って
あんまり書いてないんですよねぇ。
あっという間にフェリックスが加わったので。
二人きりの生活…どんなんかなー
という、オチも意味もない日常話でした。


2004. 10. 12 キリコ

 

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