再 会
忙しい日常に追われていると、結婚式まであっという間だった。エルザ=マリアが妊娠しているため、それほど期間をあけることはできず、かといって全米、またはそれ以外の国から客を招待しようというのである。かなりハードな予定となった。
つわりも一時期だけで、元気に働き続ける恋人と比べると、結婚式当日にはフェリックスはかなり疲れ果てていた。結婚式は、懐かしい再会や、新しい出会いとなる。けれど、誰も予想もしなかった再会もあった。
「あれ…シェーンコップ?」
「お、ヤン。お前、生きてたのか」
「…それはこっちのセリフだよ。手紙も寄こさないで」
ヤン夫妻、ずっと以前ヤンがロスにまできて相談した相手と無事に結婚できたわけだが、この夫妻には子どもがなかった。そのためか、遠く離れたフェリックスと交友を続けてきた。
「Dr.ヤン! ワルター、あ、そっか…知り合いなんだっけ…」
「そうだよ、フェリックス。君の予防接種は僕がしたんだからね」
「…関係ないってば」
「あら。その話、初耳だわ」
「エルザ=マリアさん、じゃあ僕が今から説明するよ。あのね…」
「あのね、今忙しいから!」
賑やかな挨拶は、照れ隠しに中断された。
「いやぁ…フェリックスの奥さん、綺麗だねぇ…」
「まあ、かなり美人、しかもかなり気が強い。いい女だな」
「あのね、シェーンコップ、僕たちはもうご老人なんだよ」
隣でヤン夫人が吹き出した。
「ヤン…お前と一緒にするな」
「でもあの顔……なんか見たことあるかも…」
「まあ…俺もそんな気がしないでもない」「ヤンではないか」
呼ばれて振り返ると、はるか昔指導した後輩医師が立っていた。そしてそれは、先ほどまで花嫁の父として挨拶していた人物なのである。なるほど、見覚えがあるはずだった。
「……ミューゼルくん?」
「…そんな風に私を呼ぶのは、今ではあなただけだろうな」
病院という枠は、彼には小さすぎたらしく、医師会で重要なポストについているらしい。そんな噂はヤンも聞いていた。そして、冷たそうな表情のまま、今でも患者を手厚く診ていることも。
「…あ、ごめん。立派な医師に…それにしても…え、君がフェリックスの義父になるのかぃ?」
ラインハルトの方はヤンを呼び捨てにしているのを棚上げにしたまま話を続けた。
「彼を知っているのか?」
「ああ…友達の子なんだ。僕が彼に予防接種し…」
「友達? ロイエンタールか?」
「そう、そのロイエンタールとミッターマイヤー。あ、君とキルヒアイスが来る前まで同じ病院で働いてたんだよ」
「…医師なのか」
「……すばらしい医師だったよ」
ヤンが過去形でいったことに、ラインハルトは静かに反応した。
「事故、だったそうだな…」
「…突然のことだったね……二人ともいっぺんに亡くしてフェリックスは大変だったろうけど、シェーンコップがついていたし…」
「…シェーンコップ?」
「あ…ほら、あそこのデカイの。フェリックスのもう一人の父親だよ」
「……ヤン。もう少しわかりやすく話せ」
「…これ以上シンプルには無理だよ」
ラインハルトはこれ見よがしにため息をついた。
「そういう意味ではなく、理解できるように…」
「ラインハルト様……私、あの方を知っています…たぶん」
「たぶん、ではわからないぞ、キルヒアイス」
まるで影のようにそばにいたキルヒアイスが、小さな声で続けた。
「以前、治療の指導をいただいたことがあります。一度だけですけど」
ヤンは、自分の後輩達が自分の友を知っているらしいことにも驚いた。何よりも、この優秀な後輩の娘が、息子とも思っているフェリックスと結婚したことに驚愕していたけれど。
「世の中は……思っている以上に狭いみたいだね」
ヤンらしい言葉でその場をまとめてみたが、周囲はあまり同調していなかった。そして、同じ頃、シェーンコップはフェリックスに関する内緒事をうち明けられていた。
「…妹?」
「…うん、アンニャだよ、ワルター」
「初めまして」
笑顔で挨拶されても、シェーンコップは驚きで何も言えなかった。美人を目の前にして声も出せないシェーンコップを、フェリックスは初めて見た。
その後、説明を聞かされても、まだ納得できないようだった。
「ミッターマイヤーが?」
「……うん…俺が小さいときだけど…もうオスカーと暮らしてた頃、だよね」
「ああ…あいつが…」
不思議に思いながらも、アンニャは確かにミッターマイヤーに似ているところがあるのだ。
「ま、男と女ってのは永遠の謎だからな」
「…その出典は?」
「ワルター・フォン・シェーンコップ辞書さ」
結婚式の後のパーティを見回して、フェリックスは楽しそうな表情のまま別のことを考えていた。
この中に父達がいたら…、という今では不可能な希望を、脳内だけで実演しているのだ。
何と言われるだろうか。怒られるだろうか?
「いや…オスカーに怒られる筋合いはない…かな?」
妻となったエルザ=マリアの論理でいくと、ロイエンタールには息子をしかる権利はないらしい。
ではもう一人の父は?
「ウォルフは…喜んでくれるかな…おじいちゃんって呼ばれても」
「…フェリックス?」
「…マリア…オスカーはきっとイヤがるよ」
「何を?」
「”おじいちゃん”って呼ばれるのが」
エルザ=マリアがまた優しく笑ったのを、フェリックスは今度は見逃した。涙をこらえて俯いてしまったから。
「フェリックス、今度お義父さまたちに会わせてね」
「…マリア?」
「男の子らしいの。名前は何がいい?」
エルザ=マリアのお腹は月の割には大きかった。その丸みを撫でながら、フェリックスは呟いた。
「…名前は一緒に考えよう…でも、ミドルネームはオスカーとウォルフとエルフリーデ、そしてワルターかな。きっと彼らが守ってくれるから」
「…そうね……でも、私、もしかして、たくさん産まなきゃいけないのかしら?」
「…よろしく。エルザ=マリア」
フェリックスは、胸ポケットに忍ばせた父達の写真を、軽く叩いた。
「ドクター」も思えば長くやっているものだと思います。
パロディではありますが、一つの世界を築き上げることが
できたかなーと、とても感慨深いです…
2005. 4. 6 キリコ