ドクター
クリスマス in 京都
え〜と前回のブラックホールと違って、今回は言語を統一しております…たぶん日本語(笑)
ロイエンタール、ミッターマイヤーとフェリックス、そして火村とアリスが出会ってから初めてのクリスマス。
ロイエンタールが京都で開催される国際手術医学会に出席するのに合わせ、ミッターマイヤーも休みを取り、短い冬休みを日本で過ごすことにした。
そして、京都、大阪にいる火村とアリスを訪ねたのである。せっかくだから、ということで、日本らしい温泉のある旅館に宿泊し、賑やかな鍋をした。
「ロイエンタール先生、お箸、使うの上手ですね。日本料理よく食べはるんですか?」
左利きのロイエンタールを箸使いを見て、その綺麗さにアリスは素直に感嘆の声をあげた。
ロイエンタールはちょうどちゃんこ鍋のうどんを口に入れたところで、ヘテロクロミアを上げたがすぐには返事が出来なかった。変わりと言った感じでもなかったが、ミッターマイヤーが自分のことを話した。
「俺には難しいな、この箸ってやつは」
同じくうどんにチャレンジしようとしていたミッターマイヤーは、うまくすくうことが出来ず、未だに口の中に運ぶことが出来ないでいた。ミッターマイヤーの膝の上で、フェリックスは手づかみでうどんを食べていた。この大部屋は、12畳くらいなのだが、真ん中にしきりがあり、その片方の部屋で4人はこたつを囲んで、相撲好きなミッターマイヤーのリクエストでちゃんこ鍋に挑戦しているところだった。
京都の街を歩いた4人と抱かれた一人は、火村のおんぼろベンツに乗り、鞍馬温泉まで来ていた。火村の住む北白川よりも北にあるここは、雪もあり、寒々としていた。
部屋についたとき、当然のように浴衣に着替える火村とアリスを見て、ロイエンタールとミッターマイヤーはバレンタインにシカゴで日本風ホテルに宿泊したことを思い出し、マニュアルを見なければ着替えることもできなかった自分たちに比べ、日頃洋服を着慣れている火村とアリスも、すんなり浴衣を着られることに感心していた。夕食の前に、浴衣姿の火村がタオルを取りながら言った。
「風呂に行くか」
「…お先にどうぞ」
ついミッターマイヤーはそう言ってしまった。しかし、日本の大浴場だと気が付いて、後も先も何も、全員で行けることに気が付いた。
「早よ、行きましょうよ」
アリスはすでにスリッパを履きながら、ウキウキと扉を開けようとしていた。作家という、日頃肩が凝るような仕事をしているため、アリスは温泉に入れることが嬉しいのだった。
ロイエンタールにもミッターマイヤーにも、大勢の人とお風呂に入るという経験はなかった。多少躊躇いつつも、何事も経験、という前向きな二人である。すぐにタオルを取った。フェリックスも1歳を越えていたので、もちろん一緒に連れていった。本格的な大浴場、とミッターマイヤーは感想をもらした。1階にある岩風呂の窓の外には、京都らしい庭園が見えていた。そして、二人を驚かせたのは露天風呂であった。
「…外で風呂に入るのか?」
京都の寒さを肌で感じてきたミッターマイヤーが呟いた。そして、絶対に裸で外に出る人なんているはずがない、と心から思った。
「お湯は冷めないのか?」
次々と疑問を口にするミッターマイヤーに、アリスは律儀に説明していたが百聞は一見にしかず、とミッターマイヤーを露天風呂へ連れ出した。
寒い中を、冷たい石の上を裸足で歩く。石畳の周りには、うっすらと雪がつもっており湯気で半分とけた部分は冷たい水となっていた。肌を突き刺すような空気に身体が震え、慌てて白いお湯の中に浸かった。お湯は全く冷えておらず、ミッターマイヤーはお湯の温かさとそのすぐそばの寒さとのギャップを感じ、不思議に思いながら楽しんだ。
「顔はちょっと寒いけど…、いいもんだな」
「でしょう?」
「本物の石だし、すぐに植木が…」
そう言ってニコニコ笑うアリスに冷たくなったタオルを頭の上に乗せられながら、そんな感想をもらした。しかし、後から遅れてついてきたロイエンタールと火村の堂々とした歩き方をお湯の中から見つめながら、ミッターマイヤーは感想を途中で止めるほど絶句した。
「…火村さん…タオル…」
顔を赤くしながらお湯の中に鼻まで浸かったミッターマイヤーに、アリスも苦笑しながら小声で言った。
「いっつもああなんです。自信のある奴は違うのか、何も考えてへんのか…」
火村はタオルを肩にかけ、自身の身体には何も覆わずに、まっすぐにアリスに向かって歩いてきているのだ。
隣のロイエンタールは下腹部にタオルをあてがっていたが…。
ミッターマイヤーの目から見て、ロイエンタールの身体は芸術品だと思っていたが、並んだ火村も日本人の割には遜色劣らないなと、見ないつもりがしっかりとその身体を観察してしまっていた。
またアリスも実は同じようなことを考えていたのだが、二人ともそこまで口には出さなかった。
取り敢えず夕食前であったため、早めに風呂からあがることにした。そして、ちゃんこ鍋だったのである。
寝る前にもまたお風呂に入った。しかし、今度は別々にだった。
1歳3ヶ月のフェリックスを、1日に何度もお風呂に入れるわけにはいかないのだ。
先に火村とアリスが行ってきたのだが、約1時間は戻って来なかった。
「凄いな。日本人ってそんなにお風呂に入っていられるんだな、オスカー」
フェリックスをあやしながら、ミッターマイヤーは時計を見て言った。
ロイエンタールはその呟きに、ため息を返しただけだった。
”…いくら日本人だからって、1時間も風呂に入っていられるわけがないだろうが…”
その後、戻ってきた火村とアリスは、二人とも、特にアリスがのぼせたような赤い顔をしていたことに気が付いた。
「アリス、のぼせたのか?」
「えっ! あっ! うん! そう…」
ますます顔を赤くしながら、アリスが慌てたように答えた。
その横で火村はロイエンタールに向かってニヤリと笑ったのをミッターマイヤーは気づかなかった。「なぁオスカー。この白いお湯ってなんか不思議だな…。それに外でお風呂に入るなんて、なんかおもしろいよな。」
露天風呂に自ら進んで入っていたミッターマイヤーは、その白濁したお湯を手にすくい、水掻きのように両腕を動かしていた。
薄暗い露天風呂の奥の方に二人っきりで浸かっていた。
シカゴとは違った冬らしさを肌で感じつつ、変わった入浴をミッターマイヤーは楽しんでおり、そばでロイエンタールもいい気分になっていた。
ロイエンタールは周りに誰もいないことを確認し、見えないお湯の中でミッターマイヤーに手を伸ばした。
触れた太股を膝の方からなで上げると、ミッターマイヤーは身を引こうと動いた。
「何するつもりなんだ! オスカー」
抗議はしているが、ずっと温められた頬は上気し、のぼせそうになっているグレーの瞳は潤んでいた。その声も、怒気を含んではいたが、迫力は全くなかった。
「せっかく日本に来たのに。部屋には邪魔者がいるじゃないか」
おそらくは、約1時間前には、火村とアリスが同じ場所で同じような会話を繰り広げていたのではないかとロイエンタールは思っていた。
そして、おそらくその後の行為も同じだっただろう、と。
結局ロイエンタールとミッターマイヤーも、同じくらいの時間を入浴していたことになり、アリスと同じような顔をしてミッターマイヤーは部屋に戻ったのだった。
夜、それぞれの部屋で、取り敢えず静かに床についた。
火村は、フェリックスの前でたばこを吸うのを止められたため、廊下に出てすぐのベランダに出ていた。そこは、外の景色が見えるように、しかし冬場はガラスで覆われた出窓状になっていた。
「君も、子どもが出来たらたばこ止めるんかな…」
たばこに付き合いに出たアリスが、真正面の椅子から話しかけた。
火村は、即答せず、しばらくたばこを燻らした。
「…俺に子どもが出来るとしたら、アリスとの子だけだな」
「…俺がどうやって妊娠するっちゅうねん」
苦笑したアリスは、夏に自分がロイエンタールに尋ねた質問を思いだしていた。
”もしも、俺が火村の子を産めるんやったら…”
俯いたアリスに、火村は低い優しい声で言った。
「だから、アリス以外とはしないから、他に子どもが出来る可能性はねぇんだよ。バカアリス」
向かいから、柔らかい髪をくしゃくしゃとし、その後、緩やかに頭をなで始めた。
「…君、浮気はしませんって宣言してんの?」
この話題をうち切るように、努めて明るくアリスは言った。
「アリス以外いらねぇよ」
たばこを灰皿に押しつけながら、火村はアリスに近づき、触れるだけのキスをした。アリスは自然と目を瞑り、キスの後俯いた。
「…さて、寝るか」
「…ん…」
肩を抱き合って部屋に入り、ふとんに潜り込もうとしたとき、隣の部屋から小さな声が聞こえた。「あ〜?」
その高い声に、一瞬ドキッとしたが、すぐにフェリックスだとわかり、そっと襖を開けた。
フェリックスは、ロイエンタールとミッターマイヤーの間で、一人機嫌良く起きていたのだ。そばの父親達は息子の方に身体を向けて、静かな寝息をたてていた。
アリスは、火村には見えないところで切ない笑顔を浮かべながら襖を閉めた。
「あれこそ川の字やな…」
と小さく言い、アリスはふとんに潜り込んでしまった。
そんなアリスを火村は抱き寄せ、腕枕をしながらずっと背中を撫でていた。明け方、ミッターマイヤーはフェリックスに起こされ、おむつを替え、あやして遊びながら、半分眠っていた。その時、隣の部屋から、くぐもったうめき声が聞こえ、驚いたミッターマイヤーはフェリックスを抱き上げながら襖を小さく開けた。
火村とアリスは、どちらも向き合って眠っていたのだが、魘されていたのは火村だった。横で静かな寝息を立てているアリスは、目覚める様子はなかった。苦しそうに首を左右に振りながら、ふとんを握りしめ、薄暗い中でも額の汗はミッターマイヤーにも見えた。
起こした方が良いのか悩んだミッターマイヤーは、フェリックスを降ろし、襖の向こう側に置いた。
「フェリックス、火村さんを起こしてきて」
小さな声で耳打ちすると、通じるはずはないと思うのだが、フェリックスは火村の方に這っていった。火村の汗が伝うような顔まで来ると、フェリックスは持ち前の手首のスナップで火村の頬のバシバシ叩いた。
「あうぅ?」
耳元で聞き慣れない声を聞いた火村は、驚いて目が覚めた。
起きあがった自分の額から汗が伝うのを感じ、フェリックスを確認するよりも前に、自分が魘されていたことに気がついた。
叫ぶ前にフェリックスが自分を起こしたのだということを知ったのは、上半身を起こした火村の膝にフェリックスが乗ってきた時だった。
「……フェリックス?」
「だーーっ!!」
火村の顔を見上げてにっこり笑うフェリックスの瞳は、ロイエンタールの左目と同じだなとなぜかその時じっくり観察した。
フェリックスを抱き上げた火村は、なぜここにフェリックスがいるのか、しばらく考えた。
襖は閉まっている。
しかし、フェリックスが襖を開閉出来るとは思えなかった。
父親のどちらかが、気を使ったのか、と考えた火村は、そのままフェリックスを抱いて静かに廊下へ出た。
「寒くないか? フェリックス」
そう言って自分が羽織ってきた半纏の中にフェリックスを抱き入れた。
まだ朝日も登っていないその風景は、寂しい印象を与えた。何も見えず、何の音も聞こえなかった。
「おい。男同士、内緒の話をしないか?」
あまりの静寂に火村は何か話しかけようとするが、その声も自然とひそひそになってしまうのだった。
フェリックスを抱いて窓の外を見る火村の姿は、まるで親子のようでもあり、しばらく二人で小さな会話を続けていた。ミッターマイヤーは、火村がフェリックスを連れて出ていったことを確認したあと、ロイエンタールの腕の中に潜り込んでいった。
”人には見られたくないところもあるかもしれないし、俺が行くよりフェリックスの方がいいだろう…”
そう考えて、フェリックスを火村のところに行かせたのだった。
モゾモゾとした動きにロイエンタールは目を覚ました。腕の中に温かい存在が潜り込んできて、顔を上げて笑顔を見せた。
「おはよう、オスカー。でもまだ朝じゃないみたいだけど」
「…ああ」
ふいに起こされ、まだすっきり目覚めなかったロイエンタールが少し後に呟いた。
「ウォルフ。フェリックスは?」
いつもならフェリックスの目の前で、いちゃつくのを好ましく思っていないミッターマイヤーが、自分から腕の中に入ってきたことに驚いたのだ。
「レンタル中」
クスクス笑う恋人の言いたいことはよくわからなかったが、いないならいないで二人っきりの時間を楽しもうと、その背中に腕を回し、抱き合いながら微睡んだ。火村は部屋に戻ってから、フェリックスを自分とアリスの間に置いた。
「俺は寝るけど、お前も寝るか?」
首を傾げて、「う?」と言ったフェリックスは、火村が横になる姿を見て、真似をするようにその場に寝ころんだ。火村の顔のそばに自分の顔を向け、真っ黒い瞳をじっと見つめていた。
火村がその腹部あたりをゆっくりポンポンたたいてやると、スカイブルーの瞳がだんだん閉じていった。眠りに入ろうとするその顔は、くつろいで弛緩し、柔らかい表情だった。火村は明るくはないこの部屋で、ブラウンの髪とそれと同じ色のまゆ毛や睫毛をしばらく観察していた。
火村は、子どもを寝かしつけるのは初めてかな、と思いながら、自分ももう一度眠りに落ちようと目を閉じた。明け方、アリスが目覚めたとき、まず目に飛び込んできたのは、ブラウンのくせ毛であり、おかしいと思いつつもなかなか目覚めなかった。
「…火村ぁ?」
火村の髪は、真っ黒だったし、白髪混じりのはず…と寝ぼけた頭で一生懸命考えていた。
ちゃんと目を凝らして確認すると、フェリックスが自分の目の前で、自分の方を向いて眠っていた。
「あれ?」
アリスの腕にくっつくように、静かな寝息を立てて、フェリックスは眠っていた。
そしてそれよりも驚いたのが、火村の右手がフェリックスの腹部にあったことだ。おそらくあやしていたのだろう、とアリスは思い、二人ともが自分の方を向いて寝顔を見せていることに、なんとなく笑ってしまった。
「…俺らも川の字やんな?」
質問というよりは自分に言い聞かせるように呟き、フェリックスを抱いている火村の右手の上に、自分の手を軽く乗せた。
そして、そのままつかの間の親子の夢を見るために、目を閉じた。朝食前に、朝の露天風呂だということになり、また入浴しに出かけた。
先ほど寝たばかりのフェリックスを置いて行った。どうせ烏の行水になるだろうから、とロイエンタールが置いていくことをミッターマイヤーに提案したのだ。朝のお風呂には、露天風呂にも普通のお風呂にも誰もおらず、4人の貸し切り状態だった。
脱衣所でさっさと脱いで走るように外まで出たアリスの後を追うように、ミッターマイヤーはすっかり気に入った露天風呂に急いだ。
「あっ…」
そして、初めて明るい朝日の中で、お互いの身体を見つめ合った。
昨夜、一緒に露天風呂に入った時にはなかった紅い痣を、お互いの身体に確認したのだ。
ミッターマイヤーは火村とアリスについて気づいていなかった。
アリスも、ロイエンタールとミッターマイヤーの仲について、もしやとは思っていたが、目の前に証拠を突きつけられると、やはりという気持ちよりも驚きの方が強かった。
お互い顔を赤くして照れながら、無言のまま納得したのだった。ミッターマイヤーとアリスは照れ合い、俯き合ったまましばらく黙っていた。
そんな様子を中から見ていたロイエンタールと火村は、それぞれの愛しい恋人がどんな気持ちでいるかわかる気がして、苦笑した。
「おい、火村。お前うまいことつけたな」
そう言って口の端だけで笑いかけてくるロイエンタールに、火村も同じような笑顔を浮かべた。
「ふん。お互い様だ」
昨夜の1時間の間に何をしていたのか、お互いがお互いのパートナーで示し合ってしまい、照れるよりもやはり、という気持ちが強かったのだ。
そして、ミッターマイヤーもアリスも、浴衣では見えない場所に赤い印を散らされていたのだ。やがて、ミッターマイヤーとアリスが談笑し始めたのを確認し、ガラス窓の内側の湯船の中でそれぞれの恋人達はお互いの恋人を自慢し合い始めた。会話はあまり進まなかったし、談笑というにはほど遠いものだったが…。
「…だいたい、お前は浮気がひどかったんじゃないのか? フェリックスもいるし」
火村とロイエンタールの会話の中には、必ずといっていいほど、この言葉が出てきた。火村はロイエンタールのそのあたりを呆れているのだ。
火村もロイエンタールも口数の多い方ではなかったが、二人で会話すると、嫌味の応酬ばかりで言いたい放題だった。
そして、図星ではあるが、彼にしては珍しく何も言い返せなくなるロイエンタールは、必ずグゥと黙ってしまう。
しかし、今回、少しだけ素直になった。
「…お前はすんなりアリスのそばにいられるようになったのか?」
「……」
友人としてずっとそばにおり、今でこそ恋人と呼べるようになってはいたが、友人以上の関係を果たして相手が望んでいたのかどちらもわかってはいなかった。
男同士で親友だったお互いの関係を変化させるまでの苦労はあったし、苦悩中に若い雄を押さえられなかったことが確かにあったことを思い出し、火村は棚上げだったと反省した。
”その苦しさを知っている奴だ”
と二人ともが思った。そして二人ともそれ以降、口を閉ざしたまま、外の風景と恋人達を見つめていた。「ロイエンタールさんが、フェリックスは俺達の子だと言ったのがわかった気がします」
露天風呂の湯船の端の石に顔をつけながら、アリスはミッターマイヤーのグレーの瞳を見つめていた。
「…俺が産んだわけじゃないんだけどね」
ミッターマイヤーはアリスの手紙を思い出しながら、小さく笑った。
グレーの瞳とアーモンドアイは、口にこそ出さなかったが、お互いの気持ちを雄弁に語っていた。―――自分たちが恋人の子どもを産めたなら…
「せやけど、今朝フェリックスくんが俺のそばで寝ててビックリしたんです。3人で川の字になって寝れました。なんや…嬉しかったです。プレゼントをありがとう。ミッターマイヤーさん」
にっこりと、しかし少し眉を寄せながら、アリスはミッターマイヤーに笑いかけた。
そんなアリスの頬をミッターマイヤーは温かい手でそっと撫でて、柔らかい笑顔を浮かべた。ミッターマイヤーは口にこそ出さなかったが、恋人の子どもがいる、ということがどういう気持ちか考えていたことがあった。
恋人の、かつての恋人との子ども。
自分には決してこの世に誕生させることが出来ない愛しい人の子ども。
その子どもを、今の恋人である自分も親として育てている、その単純ではない関係。
”火村とアリスは二人きりだ。果たしてどちらが幸せなのかな…。……いや。俺は望みすぎなのかもしれない。幸せすぎて、いろいろ望んでしまうんだな…”ミッターマイヤーが一人考え込んでいるらしい様子を、アリスは黙って見つめていた。
その、どこか寂しさを滲ませたグレーの瞳の奥で何を考えているかまではわからないが、自分もそうであるように、どこにいても、相手が唯一無二の恋人だと思っていても、両手を上げて万々歳と幸せだけに浸れるものではないのかな、とアリスなりに受け取った。
そして、もしも火村が火村の子だという赤ん坊を連れてきたら、と想像すると、やはりゾッとした。
たとえ赤ん坊がかわいくても、嫉妬や憎悪の対象にもなりかねなかったし、そんなことを考えるようになるかもしれない自分も怖いと感じた。
アリスはミッターマイヤーのその辺の心情を自分なりに察した。
白い半透明のお湯の中に沈められたミッターマイヤーの手を取り、アリスはしっかりと握りしめた。そして二人とも顔を上げ、真っ正面からグレーとアーモンドを合わせたが、顔に浮かんだ笑顔はどちらもいくばくかの寂寥が含まれていた。
しかし言葉には決してしようとはしなかった。
今年のクリスマス、遠い異国の友人が、親友、そして目と目で語り合える貴重な存在となった。
1999年 クリスマス企画
2000.12.21改稿アップ キリコ