GENE


 

 ミッターマイヤーの忙しさは相変わらずで、共同研究の打ち合わせのため出張に出るようにもなった。ハイデルベルクとベルリンを行き来するようになったのである。
 疲れたと口にしなくても、少しやつれた頬はそれを代弁する。けれど、研究熱心なミッターマイヤーは、それを嫌だと思ったことはない。むしろ、自分の疾風で少しでも早く治療に繋がる発見があるならば、それに対しては全力投球するつもりだった。
 ただ、馴染みの店や、友人に会えないことが、寂しかった。

 ベルリンで汽車を待つ間、ミッターマイヤーは珍しくぼんやりしていた。気疲れもあったし、論文や本を持参しなかったために手持ちぶさたでもあった。彼が一点を見つめて何も考えないのは本当に滅多にない。いつもは脳は動いているのに、その日は本当に無心だった。
 アナウンスから流れる汽笛の音で、ミッターマイヤーは目覚めたように瞬きした。時計を見るともうすぐ自分の汽車が来る時間で、彼はぼんやりとした頭を振った。 
 何気なく目線を動かすと、先ほど着いたばかりの汽車からたくさんの人が降りてくるのが映る。その中は、ミッターマイヤーのような出張者だけではなく、家族連れも多い。
「ああ…世間は連休か…」
 そんなことも関係ない研究者は、疲れた顔をして帰路に就こうとしていた。賑やかな高い笑い声に両親は苦労している。そんな親子をじっと見つめていた。家族を持たない彼には、あまり想像もつかない世界だった。
 その波の最後の方に、見慣れた長身が見え、ミッターマイヤーは勢い良く顔を上げた。まさかという思いと、間違いないという自信が、彼を立ち上がらせた。
「…ロイエンタール? こんなところで?」
 数メートル近づいて見て、その横顔が友人のものだと確認する。遠目にも関わらずすぐに見つけた自分はすごい、とすぐに思った。
 偶然ということにも、久しぶりだということにも、ミッターマイヤーは喜んだ。声をかけようと小走りに近づくと、ロイエンタールと確かに目が合った。
「ロイ……」
 目指す友人は、改札へと向かった。足を緩めることもしなかった。
 右手を挙げたとき、間違いなくこちらを見たと思うのに。
 その両目は、類を見ないヘテロクロミアだったのに。

 引っ込みのつかない右手を挙げたまま、呆然と立ちつくすミッターマイヤーの後ろで、ハイデルベルク行きの列車のアナウンスが入る。乗り遅れかけながら、ミッターマイヤーは何度もその姿を目で探した。振り返っても、そこに彼はいないのに。
 初めは首を傾げ、その後ショックがじわじわと心を支配する。会いたいと思っていた友人に無視されてしまった、と認識したとき、ミッターマイヤーは座席の上で腰が抜けそうだった。
 長旅のはずがあっという間に到着し、ずっと呆然としていたことに気付いた。
 もう慣れ親しんだ街の空気を嗅いで、ミッターマイヤーは泣きそうな顔をした。

 

 


今年中には終わら…ないだろうなー
むーん 短いですな。
関係ない話(?)ですが、
来年「ドクター2」を発刊したいと思っています。
予定は未定、な予定ですが(笑)


2003.12.1 キリコ

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