オスカー&フェリックス
 
 Alles Gute zum Geburtstag 

 

 フェリックスは寮から帰省するとき、いつも庭からのぞく我が家にホッとしていた。同級生との生活や会話も楽しかったし、また自ら選んだ軍人への路に躊躇いはなく、充実した日々を送っていた。けれど、父の待つ家に帰ると、おそらく幼子に戻るかのような安心感があり、間の空いた短い帰省をいつも楽しみしていた。

「オスカー? 何してるの、そんなところで…」
 久しぶりに見た庭は、落ち葉が舞っていて、秋らしい雰囲気ではあった。そんな庭の中で、綺麗好きの父は落ち葉を片づけるのではなく、砂場の中にいた。
「フェリックスか。帰るのは明日じゃなかったか?」
 手を止めずにスコップで砂を掘り返すロイエンタールの姿は、息子であるフェリックスにすら馴染みのないものだった。
「早く終わったから… それより何か手伝おうか?」
「疲れてるんだろう。休んでなさい」
「じゃぁ… ホウキ、取ってくる」
 父の気遣いを無視して、二人で日が暮れるまで庭掃除となった。

 夕食を父子で作るのは久しぶりで、その間フェリックスは学校のことなど、止めどなく話し続けた。隣から聞こえ続ける声に、父親は黙ったまま頷いて、ときどき小さく笑った。
 父であり、現在も軍に身を置くロイエンタールに軍人になると告げたとき、あっさりとそれを認め、意気込んでいたフェリックスはかえって拍子抜けした記憶がある。蛙の子だからといって蛙にならなくてもいいとすら、一度も口にしたことはなかった。
 ロイエンタールとすれば、父親として心配もしただろうが、それよりも本人の意思を尊重すべきという戒律を自身に設け、息子が幼い頃から意志決定をさせていた。
「心配に決まっている。けれど、止められないのも知っている」
 なぜ反対しないのかという問いに、穏やかな笑顔で父は息子に答えた。フェリックスは力一杯ロイエンタールに抱きついた。
 それから寮に入ったフェリックスは、辛いこと、授業も演習も、友人関係も、何があっても、逃げなかった。気持ちが揺らいだとき、父の言葉を思い出し、やり遂げようと努力して、後半年で、卒業予定だった。

「そういえば、なんで砂場の手入れを? あまり使ってないでしょう?」
「そうだな…」
「もしかして、毎年やってた?」
「…雪が降る前と、雪解けの後にな」
「だから…なぜ?」
 ロイエンタールは持っていたナイフとフォークを置き、じっと息子の顔を見つめた後、小さく吹き出した。
「オスカー、今俺の顔見て笑った?」
 ちょっと不機嫌になった声で抗議されると、逆に笑いは大きくなった。一通り気持ち良く笑った後、ふくれっ面の息子に向かい、咳払いをしたロイエンタールは思い出すように言った。
「フェリックス、覚えてないかもしれないが、お前は砂遊びが好きだった」
「…それで、いつも手入れしてくれてたの?」
「まあ… さすがにこの歳でするとも思えなかったが、いろいろ思い出があるからな」
「…思い出…例えば?」
 そうだなと一呼吸置いて、また話し出す前に吹き出してから、ロイエンタールは壁を見つめた。
「あれはここじゃなかったが… お前からの初めてのバースディプレゼントは泥だんごだったな」
「泥?!」
「そう、泥だ。俺のために、特別に大きくしてくれたんだぞ。あいにくと潰れてしまったがな」
 冗談めかしたからかい口調だったが、ロイエンタールにとっては忘れがたいことだった。
「あ! オスカー、今日だ!」
「…覚えてくれてたのか。ありがとう」
「どうしよう、俺何も用意してない! オスカー、明日どこか出かけない?」
「いや…気を遣わなくていい。それにちょっと体調が良くないからな…」
 帰省だけで十分だと締めくくり、父は夕食を終えた。

 

 深夜、フェリックスは隣の部屋をノックした。まだ起きていたロイエンタールは久しぶりの息子の訪問に、ちょっと驚いた顔をした。
「どうした、フェリックス? 怖い夢でも見たのか?」
 自分が小さい頃と同じ声で、同じセリフを言った。そうして、ベッドに招き入れる。その様子は、十数年経っても全く変わらなかった。
 父のそばに寄ったフェリックスは、膝の上に頭を乗せた。黙ったままでも自然と手が髪を梳く。慰めるような、励ますような、柔らかい動きに、フェリックスは目を閉じた。
「オスカー、今日は一緒に寝てもいい?」
 フェリックスの頭上から、喉だけで笑った声が聞こえた。優しい声だった。
「…どうした、フェリックス。今頃ホームシックか?」
「ううん…そうじゃないけど… ね、いいでしょう?」
 ロイエンタールはわざとらしいため息をついて、仕方ないと呟いた。
「こんなに大きくなったのにな…」
 嬉しそうな笑いとともに、長い腕がフェリックスを包んだ。
 真っ暗にされた静かな部屋で、身長も外見もよく似た父子が並んでいる。そんな姿をもし見た者がいたら、他者が入り込めない空気を感じただろう。
「オスカー?」
「ん?」
 喉だけで返事をした父の、閉じたままの薄い唇に、フェリックスは思いを込めて口付けた。

Alles Gute zum Geburtstag、Fater」
「…Danke、Felix」

 これがオスカー・フォン・ロイエンタールの最後の誕生日となった。

 

 

完全なパラレルですのでねぇ… でもこの父子、かなり好き(*^^*)

2001.10.22 キリコ