あなたに会いたくて

 

 ドラゴンボールをご存じない方にはわかりにくいかもです。スミマセン…

 

 フェリックスが6歳になった年の夏のことだ。その頃フェリックスははるか昔のアニメーションをTVというもので見ていた。一緒に観ようと誘われたとはいえ、いつしか国務尚書であり、40歳まであと数年というこの私が、すっかりはまってしまったのは、フェリックスとエヴァとの内緒話だ。ハインリッヒにはもしかしたらばれているかもしれないが。
 その壮大なストーリーは、戦いといえばそうなのだが、なんとも不思議な世界で、地球に留まらず銀河系を超えた宇宙人との戦いにまで発展する。主人公はゴクウというのだが、小さな少年が大人に、しかも孫まで出来る長い一生の話だ。しかし、このアニメの特徴なのだろうが、この主人公、一生の間に何度も生き返っているのだ。いったい命がいくつあるのだろう、と首をかしげる。いや、物語なのだからどうでもいいのだろうが、これまでフィクションの世界にはまったことはなく、戸惑いを感じる。どうしても、実生活と結びつけ、生き返ってほしい、いや死なないでいてほしかった彼について想いを馳せて、切なく感じてしまう。だから、ゴクウが生き返るシーンを観るたびに、ヴァルハラの門番は何をしてるんだろうと舌打ちしてしまう。現実の世界で、あり得る話ではないのに。
 だから、フェリックスにもそう言い聞かせる。はじめはこのアニメにも反対していた。命はすべての人に対して、平等に一つずつしかないのだということを、口をすっぱくして教え聞かせていた。それを理解した上で、戦う、まあフェリックスの年齢ならけんか程度だろうが、相手を傷つけるということがどういうことなのか、想像しつつ観る、ということを、フェリックスに約束させていた。今のところ、フェリックスはただ主人公になりきって、見たこともない世界を旅し、いろんな友人が出来る気分を味わっているだけのようだ。
 フェリックスは、この冒険の中で願い事を叶えてくれるシェンロンという大きな龍は実在する、と力説する。このフェザーン中のどこかに、7つの玉があってそれを集めれば出てくるだろうと言う。そして、そうすれば、ファーターである私の願いが叶えられるよ、と笑顔になる。
「ファーターは願い事をひとつ叶えてくれる、と言われたら、なんてお願いする?」
 私の膝の上でアニメのエンディングを聞きながら、フェリックスは質問をしてきた。
「そうだなぁ・・・。お前は? フェリックス」
「ボク? ボクはね。うーんと・・・毎日ケーキが食べられますように、かな」
 そういって、クスクス笑う。
 大きく見開いた目の中で、彼と同じ成層圏の色をした瞳が輝いている。彼には出来なかった満面の笑顔という表情で、いつもいてくれるフェリックス。私の大切な彼の遺児。フェリックスを見ていると、彼を思い出さずにはいられないが、また同時に、フェリックスがいてくれたからこそ、私もこうしていられるのだと自分で分析できる。
 そうだ。彼が私のそばにいてくれたなら・・・。
「フェリックス。その願い事はムッターと相談したほうがいいかもな」
 笑いながらそういった私の頬にチュッとキスをしたフェリックスは、エヴァのいるキッチンに翔けて行った。まさか本当にお願いするとは思わなかったが、その真剣さが可愛いと思う。
 私ははぐらかしたが、もしも真剣に答えるとするならば、ひとつ願いたいことがある。

 切り替わった画面の音に我に返った私は、自分の考えを振り落とすかのように首を横に振った。しょせん無理なことなのだ。考えても仕方のないこと。叶わないとわかりきっている願いをわざわざ口にしても、と私は現実の世界の家族のもとへと立ち上がった。


 その夜、私は長い夢を見た。
 その夢の中で、私は10歳くらいになっていた。あたりを見回しても見覚えのあるところはなく、立ち上がって歩けるところまで歩いてみる。しばらくすると、山の中だった。しかし、オーディンやフェザーンで見たことのある風景でもなく、見慣れない木々に目線をやりながら、とにかく歩いた。水音に気が付き、そちらに向かったとき、会ったことはなかったが見覚えのある少年、そうあのゴクウがいた。
 なるほど私は夢を見ているらしいと思いながら、どうせ見るのなら彼がいる世界が良かった、と残念に思う自分がいた。
 いつの間にか、私はゴクウと共に世界を旅していた。願いを叶えてくれるシェンロンを呼び出すためのドラゴンボールを一つ一つ探す。その度に、いろんなハプニングがある。いろんな人に出会う。お互いに助け合って、励ましあって、一歩一歩進んでいく。私は、物語の主人公の一人になっていた。
「ウォルフは、なんか願い事あんのか?」
 ゴクウが、フェリックスと同じ質問をする。そして、答えないのも同じだ。10歳くらいの私は、見かけは子どもでも、思考は大人のままだ。
「・・・ゴクウは?」
「ん? オラか? オラ、毎日腹いっぱい食えたらいいと思ってな」
 骨付きの肉に齧り付きながら、大声で笑う。くったくのない少年。
「でもな。それよりも、オラじっちゃんに会いてーんだ」
「じっちゃん?」
「オラを育ててくれたんだ。死んじまったけど」
「死んでしまった人に、どうやって会うんだ?」
「シェンロンにお願いして、生き返ーらせてもらうんだ!」
 なぜ、そんなにもシェンロンを信じられるのだろうか。会ったことも見たこともなければ、いや、そもそも死んだ人間を生き返らせる、という考えに疑問を持たないのだろうか。
「・・・本当に生き返らせられるのか・・・?」
 私は今でも半信半疑だ。いや、これは夢の中なのだから、どんな物語になってもかまわないのだろうが、それでも思考は日頃のままで、私は彼に会いたいと思うことも自制していた。
「ウォルフぅ。もしかして、おめーも誰か生き返らせてーんじゃねぇのか?」
 ゴクウが私の顔を覗き込む。考えが表情に出ていることを恐れて、私は顔を逸らす。ゴクウはどこまでも追ってくる。正直に打ち明けるまで、追い詰める。
 それでも、私はついに言葉にしなかった。

 夢の中なのに、幾晩も過ごしている。何度寝ても私は目覚めることが出来ない。ゴクウとの旅が終わるまで、私は起きられないのだろうか、と心配もしたが、逆に、ここまで来たら、ゴクウの願い事を見届けるまで一緒にいようとも思っていた。
 子どもでいられる私は、まさに自由だった。食べて寝て、遊んで、楽しいことばかりだ。大人ってつまらないじゃないか、と思ってしまう。悲しい思いをたくさんした。前王朝の頃の身分差別もあった。大切な彼との別れに涙が止まらなかった。あの時こうしていれば、という後悔でいっぱいだ。子どものままでいられれば、悲しみも少なかったんじゃないかと思った。けれど、ゴクウも他の登場人物もそれぞれ辛い何かを抱えており、それを出してばかりいないように心がけている。思いやりのある子どもたち。自分はそんな子どもだったろうかと振り返る。そして、自分はそんなピュアな心を持ったまま大人になれただろうか。例えばキントウンに乗れるような。
 そして、何日目かについにゴクウがシェンロンを呼び出した。

 暗い空に大きな龍、その真っ赤な瞳は威嚇しているようにも見え、フェリックスとTVで見た印象とは違っていた。もっとも、私の夢の中なので、私の記憶能力に関係しているのだろうが、それにしても怖いと思った。
「願い事はなんだ」
 低い龍の声が頭に響く。本当に、叶えてくれるのだろうか。
 目の前にいるゴクウが、喉をならした。発する言葉を選んでいるのだろうか。龍がたずねてからしばらく黙ったままだ。改めて龍が口を開こうとした瞬間、ゴクウが私を振り返った。
「おめーの願いを言え」
「えっ?」
 まさかの言葉に私は二の句が次げなかった。私の願い?
「ちゃんと言わねーと、シェンロンには伝わらねーぞ。おっきい声で叫ぶんだ! 
 さぁウォルフ!!」
 叫べと言われても、大きな声でと言われても、私はその言葉そのものを回避してきたのだ。決して口にしてはいけない、誰にも知られてはいけない、いや存在しないかのように、皆が口を閉ざしているのに言えなかった。気を遣って、誰もが私に話さない彼のこと。双璧と呼ばれていた私たちが、片割れになった私を哀れんでくれる周囲の目。確かに、そんなものよりも、私は彼の思い出話をしたかった。あんなにも、大切な彼。あんなにも愛していた彼。それは思い出というよりは、はるかに鮮明に頭の中に存在する。しかし、彼に会いたいのだ。会って、大バカ野郎と言ってやりたい。私一人を残して逝ったその罰に。
「・・・会いたい・・・」
「ウォルフ?」
 私はゴクウを押しのけていた。
「オスカー・フォン・ロイエンタールに会いたい」
 もしかしたら、もっと具体的に叫べば良かったのかもしれない。

 この一言の後、シェンロンは消えながら「願いは叶えてやった」と呟いた。
 しかし、私の周囲は真っ暗で、そばにいたゴクウすらいなくなってしまった。
 これは、どういうことなのだろうか。

「目が覚める、のかな」
 心の底から願っていることを言葉にした途端、やはり叶わなくて現実に引き戻されるのだろうか。私はもしかしたら、彼に会うことを端から諦めているのかもしれない。そう願ってはいけない、と強く思う自分がいるのだ。
「そうだ。こんなこと、願ってはいけないのだ。私にはその権利がないに違いない」
 夢の中にも会いにきてくれない彼は、きっとすっかり愛想を尽かしてしまったのだ。
 ただ一人、私だけが引きずっている、それだけなのだ。きっと自分は思った以上に女々しいに違いない。

「諦める前に、最大限に努力したか?」
 大人のゴクウがふっと目の前に現れる。ゴクウの過去が走馬灯のように周囲に映し出され、彼の努力が私にも見える。いつも、限界まで挑戦するゴクウ。大人になっても勇気いっぱいのゴクウ。
「・・・私には、その勇気がない・・・」
「なぜだ? なぜ、やってないことをこうだ、と決め付けて、諦めてしまう?」
「・・・きっと、彼は私に会いたがってはいない」
 だから、シェンロンにもこの願いは叶えられなかったのだろう、と思う。
「シェンロンに叶えられない願いはねーぞ。奴は生き返ってる」
「でも俺の前にいないじゃないか!」
 思わず、私は怒鳴っていた。ゴクウに当たっても仕方がないのに、私なぞ放っておけばいいのに、ゴクウは私をしつこく説得し続けた。
「ウォルフ。もしもそのオスカーって奴が生き返ったなら、死んだ場所で生き返ーるんだ」
「え・・・」
 私は、ようやく顔を上げた。そういえば、アニメの中にもそんなシーンがあった気がする。もしも、この夢の中で、ゴクウの言うとおりならば、彼はノイエ・ラントに違いない。そこまで考えて、また私は俯いてしまった。
「・・・駄目だ。今から24時間以内に宇宙の端まで行けない・・・」
 生き返っていられる時間は、確か24時間ではなかっただろうか。いや、これは一時帰省、であっただろうか。ともかく、フェザーンからノイエ・ラントまで相当時間がかかる。その間、任務を放り出してはいけない。
「またすぐに諦める。オラの特技を忘れちまったか?」
 そういってニヤリと笑うゴクウは、いたずらっ子のようで、大人なのに子どものようだ。その笑顔は、私が考え過ぎで大人の思考から抜け出しきれないことを教えてくれる。
 ゴクウが出てくるこの世界は、今、私の夢の中なのだ。ならば、この世界のルールはこの私だ。
「ゴクウ! 瞬間移動してくれるか?」
「オーライ!」
 私に肩につかまるようにいったゴクウは、人差し指を額にあてて、彼の名を何度も呟いた。そして突然、
「あ・・・」
 といい、顔を上げた。
「な、なんだ? どうした?」
「その、ノイエなんとかって、どっちの方向?」
 私は、おそらくそうだと思われる方向を指し、ため息をついてもう一度ゴクウにつかまった。
「あんなウォルフ。オラの瞬間移動は、相手の『気』をつかんで飛ぶんだ。オラ、ソイツの気を知らねーから、おめーが心ん中でしっかり考えてくれよ?」
「・・・わかった」
 ゴクウが先ほどと同じ体制をとった瞬間から、私は心の中で何度も何度も彼を呼んだ。彼に会いたい、という気持ちだけに意識を集中した。今、私はゴクウもシェンロンも信じきっていた。真剣に願って、口にすれば、きっと叶う夢をみて。


―――遅いじゃないか、ミッターマイヤー


 窓辺に立つ彼が振り返る。一度しか足を踏み入れていないけれど良く覚えている執務室は、眩しい夕日にオレンジ色に染まっていた。久しぶりに見る金銀妖瞳は、フェリックスと同じ成層圏の色と黒曜石で、優しい色に光っていた。こんなにも、穏やかな彼を見るのは本当に久しぶりだ。私が大好きだった表情の一つだ。もう忘れられたのかと思った、という彼に、私は必死で弁解する。勇気のなかった私について、説明して詫びる。その度に、彼はクスッと小さく笑う。私を、一切責めようとしない彼。愛する彼を殺した私なのに。
「すまなかった、ロイエンタール」
 ああそうだ。私はこうしてずっと謝りたかったんだ。
 彼が、許しを請うのは俺の方だと、この上なく優しい口付けをくれる。
 目を瞑った私は、温かい彼の唇を自分のそれに感じながら、いつの間にか涙を流していた。
 


なぜ裸なのかなんて聞かないで下さい(笑)

 



「ウォルフ? あなた!」
 揺さぶられて目を開けると、そこには見慣れた天井があり、肩に触れている手は白く柔らかく、妻のものだとすぐにわかった。心配そうに覗き込む優しい顔を見つめながら、私は首を傾げた。
「どうしたんだい? そんな顔して」
「どうしたって・・・。あなたこそどうなさったの? どんな夢をご覧になってらしたの?」
 エヴァの手がゆっくりと私の頬に触れる。拭うような仕種に私は眉を寄せた。何を拭っているのか、気になった私も手を伸ばす。そこには他に間違いようのない水気があった。
 私は、泣いていたのだ。

 俯いて、堪え切れない涙を流しつづける私に、エヴァは優しく問い掛ける。
「悲しい夢でしたの?」
「いや・・・」
 たとえ夢の中であっても、ゴクウやシェンロンの力を借りた結果だとしても、もしかしたら独り善がりの終末部分であったのかもしれないけれど、しかし、私は彼に会えて、嬉しかったのだ。謝りたくて、でも言えなくて、夢の中で許してくれた彼は、私の想像の中の人物かもしれないが、それくらい彼のことを知っていたのだと自負するならば、彼は本当に許してくれる人だろう。こんなにも、彼についてよく理解していたつもりだったのに、私は何を恐れて引っ込んでいたのだろう。少しの勇気を出せたことで、気持ちが大きく変化した。
「いや、幸せな夢だったよ、エヴァ。ロイエンタールが笑っていたんだ」
 彼が私の前からいなくなって、初めてその名を口にすることが出来た。私の涙腺は、防波堤でも造らなければならないくらい、嬉し涙で溢れかえっていた。

 

 

 

 

久々にあとがき(別名:言い訳)なぞ書いてみましょうかね(笑)
ドラゴンボール、大好きなんです。特にベジータが!!(笑) まぁそれは置いておくとして、ドラゴンボールに出会わなかったら、きっと銀河英雄伝説に、双璧に出会うことはなかったと思われます。それくらい、私の中では重要な物語なんです。もちろん全巻持ってますよ(笑) こういうの、ダブルパロって言うんですかね。不愉快に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は愛を持ってやっていることなので、大目に見てやって下さいませ。いや苦情は勘弁して下さい(汗)
ミッターマイヤーお誕生日オメデトウ企画でした〜(ど、どこがやねん・・・(><))

2000.8.30 キリコ