はっぴばーすでぃ
「ロイエンタール、目を瞑ってくれよ」
ミッターマイヤーは、親友の誕生日お祝いのディナーの後、とっておきのワインを飲みながら、そんなことを言い出した。ロイエンタールは、首を傾げながらも、黙ったまま言われた通りにした。唐突なことを言い出すのには慣れていたし、この世でこれ以上見つからないくらい、信用のおける大切な人だったから。
「両手も出して?」
次の要求も、なんとなく先がわかっておかしくなる。毎年必ず祝ってくれる親友は、もちろん必ず何かプレゼントをくれる。逆にミッターマイヤー自身の誕生日には、「あれがほしい」「ここへ連れて行け」などの具体的要求があり、ロイエンタールは有り難く、精一杯の気持ちを込めて、誕生日を祝ってきた。もっとも、ミッターマイヤーが結婚してからは、当日以外、になるが。プレゼント、というものに、というよりは物に執着しないロイエンタールは、あまり興味を示したことはなかったが、ミッターマイヤーからのプレゼントだけは特別で、もちろんその日は決して予定は入れないようにしていた。毎年、誰にも遠慮せずに、ミッターマイヤーを独占出来る日だ、と気が付いたのは、何回目の誕生日だっただろうか、と考えながら、ロイエンタールは両手を差し出した。
拡げた手のひらの上に乗せられて、その軽さに驚きながらヘテロクロミアを登場させる。目線を落としてその物を見る。不思議に思って顔を上げると、すぐそばに親友の顔があった。
それは、手紙のようで、でもその割りには中身が分厚く、その封筒には何も書かれていなかった。ミッターマイヤーは、小さく笑って先を促し、ロイエンタールも黙ったまま封を開けた。
何枚もの束になったその紙は、1枚1枚丁寧に直筆で書かれていた。滅多に見ることの出来ない、ミッターマイヤーの字だった。コピーではなく、全て手書きだとすぐに気づき、手の込んだことを、とロイエンタールは驚く。そして、そこに書かれた内容に、より一層驚いた。
ウォルフくん お願いします。
その一行だけ、だった。すべてのカードが、それだけだった。
「…ミッターマイヤー?」
その意味がわからず、素直に親友に尋ねる。ミッターマイヤーは戸惑った親友の顔に、苦笑した。
「俺のレンタル券だ、ロイエンタール」
ますます眉を寄せるロイエンタールの額に、ミッターマイヤーは後ろから軽く口付けた。
「…お前、俺が結婚してから遠慮してるだろ? もっと俺を誘ってくれよ、ロイエンタール。お前と一緒にいたい夜もあるんだぞ」
清々しい笑顔であっさりと大胆なことを言ってのけた親友に、ロイエンタールは少しだけ呆れた。それでも次の瞬間には、嬉しさが飽和状態になり、滅多にならない笑顔と呼べる顔になった。
「……今日からでも有効か?」
すぐにでも使いたい気もするし、券がなくなるのも少し嫌だと思いながら、ロイエンタールは遠慮がちに申し出た。
ミッターマイヤーの笑みが、楽しそうなものから妖艶なものに変わり、親友の耳元で囁いた。
「毎年この日はこの券がいらない日なんだぞ?」
この日、10月26日だけは無条件でお前だけに、と言われてロイエンタールは舞い上がりそうになる。呪われたこの日が、待ち遠しい日となる。
ロイエンタールは、黙ったまま目を閉じ、「ダンケ」と声に出さずに呟いた。
重たいページでごめんなさいです(;;)
2000.10.26 キリコ