夢の中の相思相愛

                                   
(2012年アンソロ投稿話)



 真っ暗な部屋でもロイエンタールが自分の上を動く様子がわかる。行為の間、ミッターマイヤーはほとんど目を開けない。気付かないふり、眠っているつもりでいるからだ。眠っているはずの自分が嬌声を上げるわけにもいかない。そう思うけれど、実際には声を抑えることが難しい。今日もそれほど時間をおかず、堪えがたい快楽に身を委ね、罪悪感とともに性欲を吐きだした。

 ロイエンタールとの友情がおかしな方向へ行った日をミッターマイヤーは覚えている。知り合って、あっという間に打ち解け合って。これほど馬が合う男はいないと嬉しくなった。ミッターマイヤーは友人も多いが、プライベートでじっくり話し合うほどの相手は数少なかった。けれど、ロイエンタールは自分が意識を飛ばすほど飲み明かしたり、誰にも話したことがない内容を打ち明けることができる相手となった。そしてそれはロイエンタールの方でも同じなのだと、ミッターマイヤーは後日確信し、胸が熱くなったと同時に、どこか優越感を感じたことを記憶している。

「卿は寝るときはバスローブだろう?」
 呂律の回らない口調でミッターマイヤーに問われたとき、ロイエンタールは咄嗟に意味が理解できず、ただ両目を少し開いた。
「卿はパジャマとか持ってないだろうな…それとも、裸に香水だけ…という大昔の女優のように…」
 ゆっくりと首を傾げながら考えているらしい友人に、ロイエンタールは苦笑した。
「卿は俺にどんなイメージを持っているんだ」
 ミッターマイヤーは顔を上げたが、そろそろ焦点が合わなくなってきていた。
このようなくだらない会話で楽しく呑んだ後、どちらかの官舎で一緒に眠ることも出来るようになった頃だった。部屋でゆっくり会話しながら楽しいときを過ごし、気が向いたら倒れ込む。気を遣わない相手は気楽だった。
 ミッターマイヤーはその夜、いつものように上着だけ脱いで眠りについていた。ベルトは苦しくて外すけれど、官舎で夜着という感覚はなかった。

 深夜、胸苦しいような、気持ち良いような、くすぐったい感覚で、ミッターマイヤーは目が覚めた。呑み過ぎただろうか、けれど吐きそうな苦しさではない。その圧迫感を確かめたくて、重い瞼を開き、目線だけで胸元を見た。
 そこには、真上から見ても整った顔、と瞬時に思ったロイエンタールの顔があった。ほとんど何も見えない暗い部屋で、なぜ綺麗な男だと思ったのか、ミッターマイヤーはそんなことから考えた。それよりも、ロイエンタールの左手が自分の乳首にゆっくり触れ、反対側のそれに吸い付くようにいることに突っ込みを入れるべきところだったのに。
 この時点で、ミッターマイヤーには女性経験がなかった。それでも、その行為がどういうものか十分わかる。それが愛撫で、そこはわかるけれど、友人がなぜ自分にそうしているのか、その理由を必死で考えた。そうすれば、与えられる快感に流されないでいられるかと思ったから。
 今つきあっている女性はいないはずだ。だからなのだろうか。ロイエンタールは母性を求めているのかもしれない。胸が好きな男性はそういう傾向があると聞いたことがある。ミッターマイヤーは自分が男だとわかっているし、柔らかい胸がないことも重々承知している。これは、彼の無意識の行動なのだろう。どこかで愛を求めているに違いない、そんな風に思った。そこには、驚きはあっても、嫌悪感はなかったし、友情が薄れる気配もなかった。
 目を閉じると、ロイエンタールが右から左へ行き来しているのがわかった。そうだ、俺自身というよりも、胸なのだ、乳首なのだ、とミッターマイヤーは確信した。そして、彼の大事な秘密を新たに知った気がして、気付かないふりをして、彼の好きなようにさせることにした。

 次の日の朝、ミッターマイヤーは何事もなかった態度を取った。
「呑みすぎていつ眠ったのかも、まるで覚えていない」
 ミッターマイヤーなりの気遣いのつもりだった。あのロイエンタールという男が女性の代わりに自分に触れたなど、言葉にしてはならないと思ったから。
 その一言がロイエンタールの行為を許容したということに、ミッターマイヤーは気付かなかった。

 それから間もなく、同じように酔いつぶれた夜、ミッターマイヤーはまた似た息苦しさで目が覚めた。もたらされる快楽で目覚めさせられたというのが正しいのかもしれない。胸だけではなく、自分の下半身に感じたことのない温かみに気が付いた。何をされているのか確かめる余力もなかった。これまで知らなかった絶頂感に、ミッターマイヤーは嬌声を押さえることが出来なかった。
 荒い呼吸を整えて、ミッターマイヤーは自分がどうすればいいのか考えていた。これは責めるべきことなのだろう。勝手に自分の体を好き放題されて、こちらの気持ちはどうなるのだ。では今すぐ怒って出ていくべきなのか。こんな快感を与えられて悦んでいると思われたくなかった。だから、眠って気付かないふりをするしかないと決めた。
 実際、若いミッターマイヤーはその快感を忘れることができなかった。興味津々という年代ではなかったが、理性が吹っ飛ぶこともおかしくない。相手は女性ではないし、誰も裏切ってはいないはず、迷惑もかけていないはず。ただ気持ちよいのだ。
「このテクニシャンめ…」
 ミッターマイヤーは一人の夜にふと呟いた。
 きっとロイエンタールは経験豊富で、ありとあらゆることを知り尽くしているに違いない。あのしなやかな指がなんと繊細で丁寧な動きをするものなのか。
 もう何度目かわからないことを思い出して、ミッターマイヤーは赤面した。

 表向きはごく一般的な親友同士で、一緒に訓練することもあれば外で呑むときもある。くだらない会話に笑い合ったり、ときには必要な討論を交わすこともある。深夜の関係は自分たちでさえ信じられないことだった。
 そんなロイエンタールの態度をミッターマイヤーは少しずつ疑問を抱くようになった。本当に女性の代わりなのだろうか。ただ寂しいのだろうか。それとも実は自分のことを欲しいと思っているのだろうか。
 考えても答えは出ない。かといって、確認することもできないでいた。もう何年も続いていて、今更だったから。
 では自分はどうだろうか。
「ロイエンタールが好きかどうか」
 それもわからない。親友なのだ。大切に思っているし、心から信頼している。けれど、それが愛かと聞かれれば首を傾げる。ミッターマイヤーが愛しているのはこれからプロポーズしようとしているエヴァンゼリンだから。
「潮時…だよな」
 そんな結論がふっと浮かんだ。
 若気の至りなのだ。自分は結婚したいと思っている。それはロイエンタールではない。彼とはこれからもずっと一緒に戦いたい。戦場であれほど心強い相手はいない。
 別れ話などいらないのだ。元々、何も始まってなかったのだから。
「祝福してくれるよな……ロイエンタール」
 ミッターマイヤーはいつもと違った口調で呟いた。

 ミッターマイヤーの結婚式に、ロイエンタールは目立つ形で参列した。嬉しくもあり、花婿より際だっていた彼に笑ってみたり。二人の姿を見てもらうことで、終わりだということが伝わるだろうと思った。
 実際、それからは呑む機会自体が減ったが、例え呑みつぶれてもロイエンタールの官舎に泊まることはなかった。家庭を持つと優先順位が変わり、また妻以外の誰かと触れ合うことはできないと、ミッターマイヤーは心の中で言い訳した。ロイエンタールは何も言ってこなかったし、決してしつこく誘ってくることもなかった。彼の女性関係の噂が飛び回るのは以前と変わらなかったし、ミッターマイヤーは本当にこれで別れられたのだと感じた。
「別れた?」
 その単語が浮かんだことに驚いた。

 結婚してのち、戦場に出てもう駄目だと命を諦めたとき、妻に心から詫びた。その背中にはロイエンタールがいて、涙が出そうになるくらい安心した。やはり自分たちは戦友なのだと強く思った。
 戦友と感じたはずなのに、その後、ミッターマイヤーの中で何かの音が崩れた気がした。
 愛ではない。もしかしたら快楽を求めているのかもしれない。穏やかで幸せな結婚生活を送っているのに、ロイエンタールの求めに応じていた自分が忘れられなかった。
 きっとあの男は魔王に違いない。

 ロイエンタールの手が自分に触れたとき、ミッターマイヤーはビクッと反射する自分を止めることが出来なかった。以前のように寝たふりをしているつもりだけれど、自分でもはっきりわかる心臓の音をどうすることも出来なかった。期待している、と全身で話している気がして初めて恥ずかしいと思った。
 ロイエンタールがなぜ自分にそうするのか、今でもやはり聞くことはできない。この秘密の行為は、あくまでも気付かない振りをしなければならないのだ。例え、嬌声が出ても、ミッターマイヤーが動くことはない。時には彼にしがみつきたくなる自分が不思議に思えた。
 浮気ではないと思っているし、以前は裏切りになると控えていたことなのに。それでもどうしても拭えない罪悪感を持て余していた。
 そんな戸惑いも、自分自身が温かい口腔に包まれたとき、吹っ飛んでしまう。結局、魔王の魔力に打ち勝つことはできないのか。自分はこんなにも意思が弱かっただろうか。妻を残して死ぬと感じたときは心から謝罪したのに、今はそんな気持ちも浮かんでこない。冷たい人間だったのか。それとも平気で浮気が出来る男だったのだろうか。
「ミッターマイヤー…」
 薄暗い中でのこの行為中、ロイエンタールがミッターマイヤーに話しかけたのは初めてだった。その指が自分の頬を撫でることに気付き、ほんの少し瞼を開けた。
 ゆっくりと目尻から流れたものの存在に、ミッターマイヤーは動揺した。
 それでも動くことが出来ない彼に、ロイエンタールは初めてキスをした。
「これは…夢だ…ウォルフ」
 耳元で囁かれ、すぐに安心した自分がいた。けれど、本当にそれでいいのだろうか。ミッターマイヤーには納得がいかなかった。それなのに、抗えない自分がここにいる。
 夢ならば覚めないでほしい、とすぐに感じたのはどういうことだろうか。
 いっそのこと大胆になってみてもよいのかもしれない。
 これは、ただの夢で、夢はいつか覚めてしまうのだから。
「ロイエンタール…」
 魔王の名を呟いて、ミッターマイヤーは初めてその両腕を彼の背中に回した。
 そして、朝になったら「何も覚えていない」と呟くのだ。

 

2012年5月プチオンリー「双璧愛撃つ!2」
双璧アンソロジーに参加させていただきました。
正直なところ……よくわからない話です…(えー)

昨年とコメント同じだ………

2013.5.25.up  キリコ 銀英トップへ戻る