mein vertrauter Freund
雪の中、空も見えない夜、珍しく酔いつぶれた親友の寝顔を見つめながら、俺は考えていた。こんなときでも、美丈夫は変わらないのだな、と感心しながら。
俺は、呑み潰れて、気付いたら知らない場所だった、ということは滅多になかった。
まだ若い俺は、次の日が勤務であっても呑み倒したりする。友人と話をしながら、例えば大きな声では言えないが仕事のことや上官について、他の友人のこと、または女性関係など、いろんな話題を持ち寄りながら、楽しいときを過ごす。
でもどこか、遠慮しているところもあったかもしれない。
あまり身分に囚われたくはないが、同じ平民出身で、最前線に送られることが多い俺たちの、恨み辛みなどの文句は共通のもので、共感出来た。しかし、聞いていて頷きながら、でもどこか「違う」と思うことがあった。不平を言うだけなら誰にでも出来る、いや大っぴらには出来ないが。このままではいけないと感じているのなら、是正する努力をしなければならないのではないだろうか。そんなことを思っても、結局は貴族である上官の前に出ると、萎縮してしまう。肉体的にも精神的にも傷つけられて、殺されてしまうくらいなら、このまま適度に順応してしまうのだろう。臆病なのではなく、これは生存本能だ。
周囲は、俺は違う、と思っている。俺だけはいつも正しくまっすぐで、自分を曲げないに違いない、と思っている。先にそう言われると、そうなのか、とも思ってしまうし、そうあり続けなければ、と努力してしまう。多少勝手とも取れる期待を裏切らないように、時々心を偽って、そうあり続ける。そして、こんな風に考える自分の醜い部分を、好きにはなれなかった。目的を持って軍人になったのに、流されかけている自分が歯がゆくてならなかった。
オスカー・フォン・ロイエンタールと出会って、いつの間にか親しくなっていって、なぜだろう、これまでと違った自分に気がついた。俺が変わったのではなく、きっとこれが、これまで出せなかった自分。こんなにも、のびのびしている。
共に空高く飛びたい。
共に歩んで行きたい。
そして、共に死んでも良い。
そう思える相手に出会えたのは、きっと自分にとって幸運。
人生の伴侶としての女性とは違う、だけれども切り離して考えられないし、どちらを選ぶことも出来ない。
ロイエンタールではない人物の、何がいけないとか、そういう話ではないが、何かが違うのだ。彼にしか感じないものがあり、彼だけから与えられる何かがあるのだろう。それが一方的ではなく、おそらく相互作用であり、相乗効果をもたらしているのは、我々の戦闘ぶりですぐにわかった。息が合う、という表現も近いが、もっと根の部分で繋がっている、そんな気がする。自惚れでなくそう感じられる相手は、彼以外存在しない。
容姿も性格も、正反対と言っても良い我々は、きっと並んで歩いていく。いやきっと歩いていけると思う。頼っているのでも頼られているのでもなければ、甘えているのでもない。足を引っ張るのでも、支え合うわけでもない。お互いを刺激し合って、より高きを目指していける。優秀な彼に置いてけぼりにされないよう、俺はこれまで以上に努力する。きっと、俺は彼のそばで羽ばたける。
ロイエンタールと呑みに行くと、俺は安心して酔いつぶれる。別に買主に腹を見せるとか、そういうつもりはないが、彼の前では醜態も平気だ。寝顔も見せ合う。どんな話題も出来る。それどころか、男である彼を受け入れることにも何の躊躇もなかった。俺は、こんなにも心を許している。彼が彼の秘密を打ち明けてくれたとき、酔った上での話でも、聞かせてくれたことが嬉しかったし、それによって俺のロイエンタール観が変わったかと聞かれれば、確かに変わったが悪い方にではない。ただ、お互いを知るためのひとつの過去であり、それに囚われている彼を救えたら、とまで考えてしまう。彼が、他の誰にも言うはずがないし、俺は死んだって口外しない。そう知っているから、彼は打ち明けてくれたに違いない。
きっと、俺は朝になったら、聞かなかった振りをするだろう。
これからの人生の中で、どんな事件があっても、誰かが間に立ちはだかっても、二人の間に物理的な距離があっても、たとえその肉体が滅びてしまったとしても、俺たちは一つだ。魂となったとき、そのことを思い出すために、俺たちは、今、一つになる。そうすれば、永遠に離れないで済むと信じて・・・。
2000.7.16 キリコ