感謝の日

 
 
誕生日というものが、なぜ祝われるものなのか、ずっとわからなかった。
 祝福されたことのない自分には、ただ自分がこの世に降り立った日としか思えない。
 プレゼントやその日を一緒に過ごしたがる女達も面倒だと思っていた。
 この親友殿に出会うまでは。

「どこへ行くのだ、ミッターマイヤー」
 エアカーに乗せられて、けれど行き先は告げられていない。
 せっかくの誕生日、と思えるようになって数年。この親友殿は、勤務以外では自分を優先してくれる。愛する妻よりも。そういう大事な日になっていた。
 オーディンの季節を感じるのは、それほど頻繁にあることではない。黙ったままの親友殿から聞き出すのを諦めて、窓の景色を見続けた。
「秋…だな」
「…そうだな。そろそろ紅葉の季節だ。卿はいい時期に産まれたな」
 やっと口を開いたミッターマイヤーは、やはり誕生日とわかって一緒に過ごしてくれようとしている。滅多にない休みをゆっくりと過ごすのでもなく、街へ食事に行くのでもない。朝から飲みに行くわけもなく、どんどん郊外に出る車を、少し不思議に思った。
「もうすぐだぞ」
 そう呟かれて、思い至った。そういえば、最近彼は自分の両親の墓所を聞いてこなかっただろうか。そして、すぐにたくさんの白い墓石が視界に広がった。
「…ミッターマイヤー?」
 柔らかいグレーの眼差しを向けられ、ロイエンタールは形の良い眉を少し寄せた。

 トランクから出してきた綺麗な花束を、ミッターマイヤーは大事そうに抱えて歩く。
「俺は花のことは、実はよくわからないんだ」
 妻に選んでもらったと正直に話す。そんな飾らない姿を気持ちよく思える。
「ロイエンタール…ここ…だよな?」
「…ああ…」
 ほとんど訪れたことのない場所は、何度来ても何の感慨も浮かばない。ただの石だと思っているからか、それとも自分を否定し続けられた過去を思い出してしまうからか。
 表情を変えないまま、ロイエンタールは苦い唾液を飲んだ。
 親友のそんな変化に気づく様子もなく、ミッターマイヤーは花束を丁寧に供えた。
「なあ、俺、挨拶してもいいかな」
「あ…ああ…」
 彼らしくない返事しか出てこない。けれど、ミッターマイヤーは構わずに墓石に向き直った。
「お父上、お母上。初めまして。ウォルフガング・ミッターマイヤーです」
 自己紹介が始まって、さすがのロイエンタールも驚いた。真面目な顔で話し続ける親友の顔をのぞき込み、何をしているか尋ねたいのを堪えた。
「あなた達の息子、オスカーの親友…悪友かもしれませんが」
 はっきりと耳に入ってきた言葉と、軽く繋がれた左手に、少し戸惑った。
 ミッターマイヤーはロイエンタールを見上げ、爽やかな笑顔を浮かべた。
「彼をこの世に生み出してくれて、ありがとうございます」
 さすがのロイエンタールも両目を見開いた。
「…ミッターマイヤー…?」
「あのな、ロイエンタール」
「…何だ?」
 手を繋いだまま、ミッターマイヤーはまた彼の両親の方へ向き直った。
「エヴァが言っていたんだが……誕生日、俺のや卿の、エヴァのも、誰のでも、その子が生まれた日に最も大変だったのは、お母さんなんだ」
「……」
「昔は’カンオケに片足が入る’とも言われるくらいだったって」
「…棺おけ…」
「今でも、命がけなんだって。出産って」
「……それで?」
「…今日、10月26日に、きっと卿も頑張っただろうけど、一番頑張ったのはお母さんなんだ。そして、お父さんともだ」
 ロイエンタールは、純粋に驚きながら聞いていた。
 そんな風に考えたことなど、なかったから。
「だからな。俺はご両親に感謝して、それから卿に’おめでとう’を言おうと思う」
 親友の体を自分の方に向け、ミッターマイヤーはまっすぐにヘテロクロミアを見つめた。
「誕生日、おめでとう。ロイエンタール」
 この世に存在することを、これほど祝ってくれる人に出会えたことを、ロイエンタールは心から感謝した。そして、その存在を生み出した両親に、ほんの少しだけ感謝することが出来た。この親友と巡り会えたことを、大神に深く感謝した。
 言葉にできなかった感謝を、親友にたくさん込めた。
「ありがとう…ミッターマイヤー」
 ロイエンタールは、親友の温かい手を握り返した。

 

 


 
何年か前に、某所のロイエンタールの誕生日サイトにお送りした話(のリメイク)です。
当時書いたものが残ってないんですもの…(シーン)
ですので、「このネタ観たことある」と思われる方もいらさるかも。
こんな時期になってしまいましたが、
ロイエンタール、誕生日おめでとうございます。
生まれてくれて、本当にありがとう!!!

2006.1.19 キリコ