Loyalty

 


 私は、親友の死を見届けてきた。
 正確には、遺体を確認したとでも言おうか。
 私が殺したのだ。

 なぜ、親友の我々が、闘わなければならなかったのだろうか。

 

 

『あのお方・・・』
 
 ロイエンタールがそう呼ぶのはこの世でたった一人だけ。
 ゼーアドラーで向かい合ってグラスを傾けながら、雑談の合間にカイザー、当時のミューゼル大将の話になった。
 彼がそう呼ぶとき、その美しい金銀妖瞳はどこも映し出してはいない。横を向き、少し天を仰ぐように、しかし遠くを見つめるその瞳は、見慣れた私ですらうっとりするほど、澄んで純粋で、またひたむきとも見えた。
 彼は”あのお方”に忠誠を誓っていたのだ。

 思えば、自身が招いたあの一件で、私たちはカイザーとキルヒアイスと懇意になることが出来た。なぜあのとき、ロイエンタールが彼に助けを請うたのか、はっきりとは知らない。しかし、適切な人選であったし、えらそうな言い方ではあるが、助かったのは事実だ。
 目の前で見たカイザーは、ただ美しい貴族のお坊ちゃんなのかと思ったが、それだけではなかった。
 まだ二十歳にもならない若き大将から、驚くべきというか、恐るべきとも言える言葉が紡ぎ出されたとき、私ばかりでなく、滅多に驚かないロイエンタールまで目を丸くしていた。
 貴族であるロイエンタールも平民の私も、貴族社会を良しとしなくても、そこまで考えを持ったことはなかった。少なくとも私はなかった。
 無表情なまま、熱くなるでもなく淡々と自分たちの目指すところを語ってくれたミューゼル大将を見つめるロイエンタールの、表情は無かったが、その眼差しは熱かった。

 

『あのお方なら大丈夫』

 ロイエンタールが他人を認めること、また認めてそれを口にするのは滅多にない。
 穏やかな表情で、彼はそう言った。
 彼を信じている、といえばいいのだろうか。絶大なる信頼、の方が正しいかもしれない。
 この世がひっくり返りでもしない限り、”あのお方”が負けるとは思ってもいなかったようだ。

 

 

 長い戦いの末、カイザーになられたあのお方に、我々はまっすぐに忠誠を誓っていた。
 私はカイザーにはかなわない。
 はるかに若いカイザーだが、人の上に立つ度量や存在感、素質とでも言おうか、カイザーの神々しさは誰もが認めるところだろう。
 私はまぶしく見つめ、惚れ惚れとしてカイザーに遣え、カイザーが望まれる通りにしようと自分を磨き、努力した。
 キルヒアイスが亡くなってからのカイザーは、一気に10年ほど老けたようにも見えた。まるで張りつめた糸のように、細くそれでも鋭く、しかしもろいようにも見受けられた。

『カイザーは病などに倒れるお方ではない』

 ロイエンタールは、カイザーはそんなことにも負けない、とはっきりと言った。
 それまで私がどれだけカイザーのご病状を気にし、話しても黙っていたのに、最後に一言、そう言った。
 心の中では心配していたのだろう、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
 どんなことがあっても、彼はカイザーに、彼の前でカイザーであり続けることを望んでいたのかもしれない。

 

 

 カイザーは、自分の半身とも思っている大切な人をもぎ取られる気持ちをご存じだったはずだ。

 ロイエンタールと私は、帝国の双璧と呼ばれ、私たちは比較されることが多かったと思う。
 私はロイエンタールには及ばない。
 だが、彼ほど私と息のあった人物はいない。
 生まれも育ちも大きく異なり、友人といっても意見の食い違いや、言い争いもあったが、それは正直にぶつかり合えたからだと思っているし、尊敬し、認め合っていたからだと思っている。
 何も語らずとも、通じるものが確かにあった。
 私は、双璧と呼ばれることを嬉しく思っていたし、ロイエンタールと少しでも肩を並べようと努力し、そしてそのことを誇りに思っている。

 片翼になった今、私はどう呼ばれるのだろう。

 

 

『カイザーを頼む』

 彼はそう言った。
 それが、彼の口から聞いた最後の言葉だった。
 『元気で』や、もっと反旗を翻した者としての言葉、であっても不思議ではなかったのに。
 彼はそう言ったのだ。
 出征そのものが死ぬ覚悟であったことは、私にもわかっていた。
 彼は、自分の死後もカイザーの心配をするつもりらしい。

 私はカイザーに嫉妬しているのかもしれない。

 あの彼が・・・、あのロイエンタールが認め、膝を屈しただた一人の人物。
 尊敬しているニュアンスをそのまま含んだ尊敬語が彼のテノールとして発せられたとき、私は胸の真ん中あたりが締め付けられた気分だった。

『マイン・カイザー』

 彼のそのテノールは、他の誰よりも美しく、私にはそこに忠誠心以上のものが含まれていたようにしか聞こえなかった。
 これからヴァルハラに向かおうとしている人物が、最後の最後まで心配した人物に、私は嫉妬している。

 

 

「卿は死ぬな」

 冬の窓の外にアイスブルーをやりながら、カイザーはそう言った。
 キルヒアイス、ロイエンタールがおそばからいなくなり、私にだけ生き残り続けろとおっしゃった。
 カイザーも、ロイエンタールも、お互いを意識しすぎ合い、何かのすれ違いでこんな結果になってしまった。
 なぜ私がその役を引き受けなければならなかったのだろうか。
 カイザーと彼との間に、私などが入れようもないのに。

 私は私の大切なものを失った。

 カイザーは、私がロイエンタールにやられていたら、ご自身で戦われるおつもりだったろう。
 ロイエンタールと戦えるのは、ご自身か私だとカイザーは言った。
 私は、忠誠心のために、ロイエンタールの殺したことになるのだろうか。
 カイザーの代わりに? カイザーの命令によって? 
 果たしてカイザーに、彼が殺せたのだろうか。
 また逆に、ロイエンタールにカイザーが殺せたのだろうか。
 いや・・・、彼はカイザーに倒されることを望んでいたのかもしれない。
 おそらくは、憧れて、尊敬して、そして逆に嫉妬も含まれていたのかもしれないロイエンタールのカイザーへの想いは、その本人に消されることを本望としていたとしか、私には思えない。
 

 永遠に解けない謎を胸に秘めながら、私はこれからカイザーのそばで生きていかなければならない。

 

 ロイエンタール

 聞こえているか、ロイエンタール

 お前に会いたいよ・・・

 

 
 カイザーの元を辞した私は、いろんな想いから瞼が熱くなった。
 しかし、こんなところで涙を流すわけにはいかない。かりにも宇宙艦隊司令長官なのだから。

 光の入る眩しい廊下に、明るい声が響いていた。
 大切な親友の面影を宿した小さな存在。
 私はそこに、彼を見ていたのかもしれない。

 この笑顔を絶やすことだけは決してしない。
 私と、私の大切な彼の子ども。
 私たちと、同じような思いをせずに済む未来を、この子のために創らなければならない。

 そのために、私はカイザーにお仕えする。
 私の忠誠心は、今そこにある。
 

 

 

 




2000.1.30 キリコ
2000.7.7 再アップ