新人花道

窓際族のようなルカワ氏…(笑)



 あ…ルカワが時計してる

 そんなとこに今頃気がついて、驚いて、見とれてる俺って…まだ社会人っぽくない。きっと。
 スーツ姿もビックリしたけど、こうやってカッターとネクタイ、ちょっとだけ暑そうに腕をまくって、俯いて書類を見ている。その姿が、あまりにもキレイ…かも。
 俺はぼんやりとしてしまっていたらしい。
「…どあほう、仕事しやがれ」
 こうして真正面に座っていても、俺の方なんて一度も見なかったくせに、なぜわかったんだろう。俺がずっと見つめていたことを。
「う、るせっ!」
 文句を言いたいけれど、それよりも自分の行動が恥ずかしくて、ちょっと強気になれない。
 バスケしてるルカワは見慣れていて、でも見飽きたって意味じゃなくて、それが自然なのだ。けれど、こういう大人びた雰囲気はまだ馴染めない。違和感があるけれど、すごく憧れるというか、カッコイーかなーなんてちょっと思ったり。
 頬杖をついたルカワは、俺に睨みを利かせる。目線を動かしては、また俺に向き直る。どうやら課長からの視線を意識しろというサインらしい。俺は、しぶしぶ仕事に戻った。

 俺達のようにバスケットをするために入った社会人には、あまり重要な仕事は回ってこない。いや、俺が新人だからかもしれないが、要するに対外的な仕事、例えば営業のような、相手に穴をあけることが出来ない仕事はない。総務課というところが、内部の人のための課らしいことが書類からわかる。定時であがる俺達は、その中でも特に仕事は任されない、気がする。ルカワが言うには、自分や俺だからかも、ということだ。別に俺はそれでもいーけど。
 何しろ、アメリカから帰ってきて、すぐにルカワは会ってくれて、俺と一緒に住んでるから。一緒に仕事して、一緒にバスケして、一緒に食べて、一緒に眠る。いーじゃねぇか、俺の人生。
 ところでこれっていつまでだろう?
 この疑問が浮かんだとき、俺は初めて「人生」という言葉を深く考えた。

「おう、ルカワ。いい天気だし、屋上行かねー?」
「…さん」
「はっ?」
「何度も言った。会社では流川さん、だ」
 先輩を呼び捨てしたり、あだ名はダメらしい。社会人ってキュークツだ。
 とにかく、俺が「流川さん」なぞ呼べるはずもなかった。
「ちっ、いいじゃねぇか、昼休みくらい」
 肩をすくめたルカワは、この議論はムダだと知っているのだ。黙ったまま屋上へ向かう。いい天気で心地よい風のある屋上は、会社の中で俺が唯一好きな場所だった。
 こうしてゆっくりとメシを食って、ちなみに弁当の中身は同じなので、他の社員と一緒には食べられない。俺が作った弁当を残さず食べるルカワの姿は、結構嬉しいものがある。腹がふくれてぼんやりし始めるところは、高校生だった頃と変わらない。
「んだか、高校みてーだなー」
 アメリカに行っていたことや、この10年間にあったこと、すべて夢だったんじゃねぇかと感じることがある。スーツをガクランに替えれば、それであの頃に戻れる気がした。
 ルカワは何も言わなかったけれど、しらっとした瞳をこちらに向ける。コイツはきっと過去を振り返ったりしないんだろう。俺のように、消してしまいたいコトなぞないのだろう。
「…このまま毎日、メシ食ってバスケして、…いつか退社とか、引退とかもすんのかな…」
「…当たり前」
「ぬ? なんで当たり前なんだ?」
「…歳を取る。でも俺はバスケはする。じーさんになっても」
 先ほどの冷たい視線と違って、もの凄く生き生きとした双眼をこちらに向ける。お日様が当たってキラキラにも見える。
 なぜいつも、10年前からずっと、自信たっぷりでいられるのだろうか。
「俺…もバスケしてー」
「すれば」
 何の迷いもなく言う。進言というよりは、好きにすればと言われている気もする。
 じゃあ、一生バスケするためにはどうすればいいのだろう。
 このままずっと一緒にいるためにはどうすれば。
「考えなきゃ…だよな…」
「?」
 会社に入って、自分の生活に慣れた頃、いろいろ見えるようになってきた。
 じーさんになってもルカワとバスケする。そのためには何をすればいいだろう。




2002.2.27 キリコ


このシリーズ(?)はだいぶ前に終わって、しかも本にしてしまった後なんですが…
突然ポンと思い浮かんだりするんですよねぇ。これはSDに限ったことではなく。
なので、ポツポツとアップする…かもしれません。頭がこんがらがりそうだ…(笑)