カリフォルニア滞在記  <花道> 

 

 これまでよりは、肌が触れ合う気がする。たぶん俺だけじゃなく、流川も意識してるんだろう。何しろ、そばにいるのにデキないのだ。それが雰囲気でわかったから…だから、ついにガマンが切れて、いつドアが開くかわからない状況なのに、俺は流川の背中に張り付いた。驚いたようだけど、俺の腕を振り払わないから。逆に、手を俺の腕に乗せてきたんだから。…絶対気にしてる。けれど、環境が許さないのだ。
「…せっかく持ってきたのに…」
 バスケットボールももちろん持ってきたけれど。今回は、別のモノも持ってきた。それだけが目的じゃないけれど、流川に迷惑をかけるわけにはいかないと気づいたから。前は、それでバレてしまったのだから、と後から気がついたんだけど。
 首だけで振り返った流川は、しばらく俺の顔を見ていた。それで、自分の考えを口に出してしまったことを知った。呆れられるかと、ちょっと頬がアツクなった。何しろ、余計な準備だった気もしてきていた頃だから。
 ところが、流川はまたあちらを向いて俯いた。その口元は、間違いなく笑っていた。嘲笑ってんじゃなく、カワイク笑っていたのだ。
「る…ルカワ?」
 けれど顔を上げたときは、いつもの無表情っぽい顔で、おやと思った瞬間に、またドアが開いて俺たちは慌てた。

「なんてーか、プライバシーなんかねぇじゃねーか」
 ところはバスルーム。こちらに5個、あちらに5個、のシャワーの個室。個室といっても、薄い壁一枚であり、アメリカのトイレっぽく、背も低い。つまり、隣の流川の顔はしっかり見えるのだ。
「オメー、フロとか入りたくなんねーの?」
 素朴な疑問。毎日立ちっぱなしのシャワーは、俺には性が合わない。そういえば、流川の高校も寮もそうだった。
「…慣れた」
「あっそ」
 どっちにしても、ぬるいフロしか入れないヤツである。まぁ…これは関係ねーかな。
 お互いがそろって頭を洗っていた。泡だらけにしようと俺はしつこくシャンプーをつける。ずっと後で知るのだが、水の性質が違うから泡立ちが悪いらしい。
「桜木」
 水の音の間に、小さな声が聞こえた。
 俺は、石けんが入りそうで、目を瞑って俯いていた。呼びかけに顔を上げたけれど、目は開けられなかった。
 流川は俺の顔を引っ張って、昨日触れ合えなかった唇を軽く当ててきた。
 驚いて目を開く。同時にしみてきて、呻いてしまった。だから、ちっとも濃密なキスにならなかった。
「…どあほう」
 その言葉は、きっと俺が期待したもの。
 そして、その先ほどのリプレイも、俺が望んだもの。目が開けられないのが残念だったが、いつもよりしっとりしたその唇を、俺は堪能した。
 いっそここで、と思った矢先、また人の出入りの音がする。
 ホントに落ち着かねーとこだよな…

「じゃあ…おやすみ」
 今日もマジメに、なんというかプラトニックなこの一週間。俺は空いている2段ベッドの上で寝ていた。だから、いつものようにマジメに上にあがろうとした。
 ところが、流川がTシャツを引っ張る。
「あんだ?」
「下に来い」
「…まだ寝ねーの?」
 ベッドに座る流川を見下ろす。昨日から、微妙な余韻が漂っていて、俺は冷静になるのに必死だった。だから、意味ありげな顔は困る。ひじょーに困るのだ。
「今日は…大丈夫」
「…何が」
 はっきりしない物言いと、浮かんできた期待に俺の顔には笑顔がのぼる。
「…もしかして…」
 解禁、なんて下品な言い方かもしれないけれど、これまでオアズケをくらっていたのだ。先走っても仕方ないと思う。俺は、返事も聞かない間に舞い上がりつつあった。
「ルームメイト、帰ってこねぇの?」
 流川の前に座って、下から見上げた。小さな声での問いかけに、流川が何とも新鮮な反応を見せた。顔を背けて、照れやがったのだ。…と思う。
 そういえば、フロ帰り、コイツはどこかへ行っていた。もしかして、頼みに行ってくれたのだろうか。そう思ったら、心臓がバクバクだった。
「…持って…来たんだろ」
「あ………ああ」
 シュウーーーーンと音を立てそうなくらい、そんな準備をした俺を恥じ入った。けれど、次の言葉で簡単に浮上する。
「こっちでもらいに行く相手いねーし、どこに売ってるかもわかんねー…かったから…」
 流川が。あの流川がだ。キツネの分際のくせに。
 珍しく一生懸命しゃべる流川の口をふさいで、俺たちは久しぶりにアツク結ばれる。その努力を精一杯した。


 短い夏休みを目一杯一緒に過ごし、俺は暑い日本に戻ってきた。
 あんま変わらねぇなとか、会えて嬉しいとか、いろいろ考えながら荷物を部屋に広げる。次はいつだろうと考え始めて、ほんのちょっと、寂しくて切なかった。
 しかし、海辺を散歩したことを思い出して、俺は勢い良く立ち上がった。

―オメーみたいにぼんやりしてるヤツは、ヤベー。
  死にたくなかったら、一人でフラつくんじゃねぇぞ。
  もうちょっとマメに返事を寄こしやがれ

 なぁんて、大慌てでハガキを出した。お金がないから速達にはしないけど。
 それにしても、今までの中で、これが最長… 
 最後の最後は本音の弱音。最初は本気の心配だったのに。

―どあほう

 バカの一つ覚えみたいに、これしか言ってこない。カーーッ! ムカつく!

 しかし…いろいろ障害はあるけれど、結構楽しく遠距離恋愛やってる気がする。
  

 

 カリフォルニアの陽気な雰囲気の中、明るい話を目指しました! 
高校生とも社会人とも違う二人。書いてて楽しかったです。
 

2002.7.12 キリコ