夏休みの最後
今日のような日は、勉強好きな人間以外は焦る日、なんじゃないかと思う。ガッコ嫌いの奴も気が重くなる日に違いない。8月31日、今日で夏休みは終わりだ。
お盆を過ぎた頃から、少しずつ涼しくなってきている。しかし、暑いのは暑い。なのに、夏の休みは終わりだ。
毎年この日はどのクラブも活動しない。最後の夏休みを楽しむためか、あるいは溜まっているだろう宿題を片づける日なのか。
そんな予定のない日を、俺は桜木の部屋で迎えていた。「ルカワ、おめー宿題は?」
朝練を黙々とこなしてきた俺達は、シャワーを浴びた後だった。朝早く、まだ涼しい時間に起きて(正確には起こされて)、公園に行って来た。そのまま帰っても良かったのに、俺はまたここに来ていた。
桜木は、片手を腰にあて、牛乳パックを直接口につけながら、聞いてきた。
「…てめーは出来たのか?」
たぶんそんなはずはないと思うのだが、一応聞き返しておいた。絶対に、と言い切ってもいい。この夏ほど、俺が他人と一緒にいる時間が長かったことはなかった。この部屋に来てる、という意味だけじゃなく、バスケを通して、俺達はずっと一緒だったのだ。その俺が出来ていないのだ、俺より友人の多いコイツにやる時間があるはずがなかった。
「…いや、まぁよ… 今年こそ、真面目にやろうと思ってたんだけどな…」
もう一口牛乳をごくりと飲んで、洗面所へ行った。きっと、この話はもう終わりなんだろう。俺は、宿題のことも忘れて、冷蔵庫に近づいた。
前から気になっていたのだ。直接1リットルパックの牛乳を飲む桜木の姿が。俺は、したことがなかったから。家でそんなことをしたら、雷が落ちるだろう。
さっきしまわれたばかりの牛乳を、ひんやりとした空気が出てくる冷蔵庫から取り出して、俺はしばらく牛乳を見つめた。なんで、こんなことをしたいと思うのか、自分でもわからないが、桜木が出来ること、やっていることで、俺が知らないというのが気に入らないから、かもしれない。
これが、見た目より難しいと気が付いたときには、とんでもない状態になってしまっていた。口の中に入った量よりも、タンクトップに染み込ませた方が多いに違いない。そのまま牛乳片手にムッとしていたとき、洗濯物を干そうとしていた桜木と目があった。
「…ルカワ? おめ、何やってんだ?」
純粋に、驚いたらしい。牛乳まみれの俺の顔に。俺は、ちょっぴり情けなくて何も言えなかった。まるでイタズラが見つかったガキのように、少し下から桜木を見上げた。
しばらく見つめ合って、桜木がプッと吹きだした。
「おめー、もう一回風呂だな。タンクトップも脱げ」
何やら嬉しそうに、笑顔でそういった。バカにされた感じはない、と思う。ベランダに洗濯物を干している背中を見て気が付いたのだが、俺はまた汚れ物を出したことになるんだろうに、コイツは怒らねんだな、とぼんやりと考えた。水分を含んだ冷たいタンクトップを、どうやって脱ごうか考えていたら、桜木の方が行動は速かった。
「おめー、いつまでそのままでいる気だ?」
しょうがねぇなって感じのため息をついて俺のそばまで来た桜木は、俺の口元をタンクトップで拭いて、勢い良く俺をバンザイ状態にした。
「ほれ、風呂」
そういって手を引かれるまで、俺はずっと牛乳を持ったまま、ただ突っ立っていた。やけに、ぼんやりした日だった。
「おめーって、意外と不器用だよな? ま、キツネだからな」
楽しそうに、俺の体とタンクトップを洗っている桜木に、俺は言い返したかった。てめーは意外と世話好きだよな、と。
風呂場で余計な体力を使った俺達は、並んで昼寝した。汗をかいて目覚める頃、洗濯物も気持ち良く乾いており、マメな桜木はまた洗濯だ。
俺は、もしかして山へ芝刈りに行かなきゃなんねーんじゃ、と思うくらい、桜木は洗濯ババァだ、と思った。
2000.11.13 キリコ
見てくださいよこの日付!(笑)
書いた記憶はあったんですが、ファイルが行方不明。
ようやく発見されたときには、すでに遅し?
本に入れようと思って探したんだけどなー
ルカワん家はしつけ重視?と思って書いた記憶が…
自分でやってみた記憶もあるなー
牛乳1Lパックのラッパ飲み。
2002. 9.18 キリコ