クリスマス
家を出たところまでは、いつも通りだった。
商店街を通って目的地へとのんびり歩く。左右を見回していると、どこもかしこも雪化粧とクリスマス装飾で明るい感じだ。窓に施されるサンタ一向は、プレゼントを落として空を登っている。カラフルにラッピングされたオモチャやケーキが売られ、なんとなく買わなきゃならない気もしてくる。サンタの格好をしたアルバイトも、にこやかに街頭に立っている。
今日は、クリスマスだ。今日はやけにすれ違うカップルが多い、と感じるのも、きっと気のせいではないだろう。どの恋人同士もおしゃれをして、腕を組んで、嬉しそうだ。何が嬉しいのか、なんとなくわかるようなわからないような。一緒にいるのが楽しいのか、それともクリスマスだからウキウキしているのか。
そんなたくさんのカップルの中で、見慣れた人物、でも懐かしい奴がいた。驚いて立ち止まった俺に気付いた向こうも、「よぉ」と手を挙げた。
「桜木、元気だったか?」
「…おぅ… ミッチー、デートか?」
「ふふふふふん!」
ミッチーはひじ鉄を食らわしながら、嫌な笑いをした。
「…いいな…大学生は…」
「おい桜木。大学生だから、ってカノジョがいるわけじゃねぇんだぞ?」
「…そうか?」
「俺と同じガッコの赤木は、バスケが恋人みたいなもんだ」
それは、想像がついた。ゴリがもてるもてないに関わらず、バスケ一筋は変わらないだろうと思う。
「…ミッチー、今日は練習はないのか?」
「バカヤロウ。クリスマスだぞ?」
それだけ言って、離れて待っていたカノジョの肩を抱いて、去っていった。
一つだけため息をついて、俺はまた歩き出した。
もしかしたら、噂をすれば何とやら、かもしれない。
「桜木じゃないか」
「……メガネくん…ご、ゴリ…」
「なんだ久しぶりだってのに、挨拶もろくに出来ないのか、桜木」
久々のドスの利いた低い声に、体が硬直した。頭にグーが来るかと思ったが、伸びたな、と撫でられただけだった。
「…そういえば、桜木? ボール持って、どこへ行くんだ?」
「あ、いや… ゴリ達は、練習はないのか?」
「ああ。何だかよくわからないが、クリスマスだからと午前中で終わって、先輩達はソワソワと帰ってたな。いったい何だというんだ?」
「赤木… クリスマスだから、みんな落ち着かないんだよ。そんな状態で練習したってさ…な?」
メガネくんの説明を何度聞いても理解できないらしいゴリは、ずっと首を傾げていた。ミッチーのいう通り、ゴリはカノジョよりもバスケが大事らしい。
「そうだ桜木? 俺達今からメシ食いに行こうっていってるんだけど、どう?」
優しいメガネくんが誘ってくれる。気持ちは嬉しいが、クリスマスに野郎ばかりでメシ…と頭の中で想像して、すぐに打ち消した。
「いや…俺ちょっと用があるから…嬉しいんだけどよ…」
ハハハと乾いた笑いが出てしまう。ゴリはともかく、メガネくんはクリスマスと関連づけたらしい。
「……もしかして、デートかな」
誘いを断ったのに、笑顔でからかう。いや、からかうというよりは、良かったな、と言ってくれている表情だ。俺は、肯定も否定もしていないのに。だいたいよーく考えれば、ボール持ってデートに行く奴はいないんじゃないだろうか。今日は何で卒業していったメンバーに会っちまうのかなぁと思って、広い通りに出た。さすがに偶然もここまで続かないだろう、と思ったら、…甘かった。
「あれ? 花道?」
振り返ると、何とも奇妙な取り合わせに出会った。
「リョーちん… なんでセンドーと?」
「いや俺も偶然。桜木、なんか大きくなった?」
俺より大きいセンドーが屈んで下から見上げてくる。あと数ヶ月で17歳の俺は、まだ伸びる可能性はあるらしいが、と笑った。
「リョーちん、クリスマスなのに、センドーといるからよー」
仲の良い先輩をからかう。叱ってくれて、育ててくれたリョーちんには頭が上がらないだろう。引退して、寂しかった。
「受験生にクリスマスなんかねーよ、チクショウ!」
「…センドーもベンキョウか?」
「コイツはもう決まってんだよっ!!」
リョーちんが怒って代わりに返事する。なるほど。大学からお誘いがくれば、受験しなくていいわけだ。
「あはは…」
「…それより花道? お前どこ行くんだ?」
「ボール持ってるってことは、デートじゃないんだろうね」
リョーちんの肩に腕を乗せたセンドーが、当然のように言う。デート、じゃないけれど、デート、かもしれない。でも、言いにくいかも。いや、絶対言えねーって感じだ。
「何だよ一人で練習かァ?」
「…いやっ、えっと、な、なははははは」
なぜ隠し事、とまでは言わなくても、大っぴらに出来ないときに、会いたくない面々に会ってしまうのだろうか。
「ったく、さっきは牧が女連れで歩いているしよー チクショウ!」
「宮城も春になったら頑張ればいいんだって」
センドーがニコニコ笑顔で明るく言う。
「うるせー、てめぇもこれからデートなんだろ! さっさと行っちまえ!」
ピューッと口笛を吹いて、突然去っていった。牧もデート? センドーもデート? リョーちんは不機嫌だった。
「…あーあ。チクショウ… 俺帰るわ… 花道、またな…」
「…ああ、ベンキョウ頑張れよ…」
これ以上の追求がないことにホッとしつつ、心から応援した。来年は、俺もこんな状態なのだろうか。受験…あまり考えたことなかったけれど…。
今日はクリスマス。人それぞれの過ごし方があるだろう。デートもベンキョウも、バスケもいいんじゃねぇか。特別なことは何もしないが、俺は俺で一緒に過ごしたいと思う相手がいる。一緒にしたいと思うことがある。それで、いいじゃねぇか。
約束していた場所では、すでにボールの跳ねる音が聞こえていた。
「…おせーぞ」
先にはじめていたらしいキツネが怒る。表情は変わってないが、明らかに怒っている。
「うるせー 少しでも一人で出来たじゃねぇか!」
こんな、しょうもないことでけんかする俺達は、周囲のクリスマスムードも関係なかった。それでも、一緒にいようとするあたり、二人ともおかしいに違いない。
2001.3.6 キリコ