夏休みの摩訶不思議
バスケットマンだから、と自然と口にしていた。そんなに格好いいモンじゃねぇと思いつつ、結構ハマってるなと気が付いたのは、いつ頃だったろうか。
自分の行動が他人に大きく影響するスポーツは、あまりしたことがない。スポーツ全体、真剣にしたことはなかったと思う。個人競技でないバスケットでは、俺の勝手はゲームを大きく左右する。
まだ、わからないことだらけだ。
インターハイ出場が決まって、自分もきっと出場出来て、けれど合宿にはムリヤリ不参加で、単独練習なんて寂しかったけれど。頑張った一週間を、誰かに自慢したい。言いふらして歩きたい。「ほれみろ」と毒づきたい相手がいる気がする。これはナイショだが、この桜木花道が、こんなにも努力したのは、たぶん初めてだったから。夏休みの朝早く、俺は一人でシュートの練習をする。シュートが好きなのに、他の基礎練習もしてしまうのは、ゴリや彩子さんの雷がコワくて、身体が覚えてしまっていたからか。やらなきゃ、なんか変、って身体になっちまったようだ。けれど、俺に出来ることは、まだ少ない、らしい。
何万本と打ったシュート。かなりこなしたつもりなのに、まだ完全には身に付かない。天才のはずなのに、おかしい。
ボールを片手に首をゴキゴキ鳴らす。早朝でもうだるような暑さに、たくさんの汗が飛んだ。ジャンプシュートが決まらないと、つい得意な角度ばかりやってしまう。どこからでも出来るようになりたいのに、イラついて一層入らない。
そして、バスケ部員でなくても洋平達がいてくれた一週間と、たった一人の今とでは、ひやかす人もいない分、自分で気持ちをコントロールしなければならないことに気が付いた。
膝をグッとして、肘の角度を意識する。まっすぐ高く上がるボールにウットリする。けれど、リングにゴンって音が響いた。自分では、どこが悪かったのか、今ひとつわからないから、余計ムッとする。「ひじ」
突然小さな呟きが聞こえて、空耳かと思いながら、けれど肘に注意する。決まらないけれど、さっきよりはマシ? そんな気がして、もう一度同じ位置からやってみる。けれど、相変わらずだ。
「違うっつってんだろ」
さっきよりは、はっきりと聞こえた声。記憶の中の誰かの声ではなく、それは現実だったらしい。振り返ると、ちょっと離れたところに、無表情なガキがいた。
俺は驚いた顔をしていたと思う。けれど、あっちはニコリともしない。変なガキだと思いつつ、あんなチビがシュートに詳しいとも思えず、やっぱり空耳だということに思考が落ち着いた。
またリングに向かい、俺は得意な角度に移った。「だーーーーーっ!」
何度めかのうなり声。自分で聞き飽きている。けれど、これが呻らずにいられようか。
そして、また小さな声が冷たく響いた。「シロウトだな、あんた」
幻じゃなかったガキが、さっきと変わらぬ場所、変わらない表情で言う。あんた呼ばわりにさすがにムカついて、初めて声をかけた。
「ウルセー! ガキは黙ってろ!」
言ってしまってから大人げないとも思ったが、このムカつきは、口調だけでなく、言い方や表情までもがよく似ているアイツを思い出させるから、尚倍増するんだ。
ガキ呼ばわりが気に入らなかったのか、今度はガキがムッとしたのがはっきりわかった。無表情に見えるけれど、実はわかりやすいアイツを、また思い出してしまう。ツカツカと向かってくるガキは、俺のそばでスピードを上げ、俺の手の中にあったボールが、いつの間にか奪われていた。
「あれ?」
俺を通り越したガキの方を向くと、「ふふん」って顔でドリブルをしてやがる。このヤロウと思いつつ、そのドリブルが低くて速くて、移動も正確なのが、今の俺にはわかる。コイツはシロウトじゃない、のかもしれない。
負けたくなくて、奪い返そうとする。相手も嬉しそうにボールを走らせる。何倍もの大きさや長さを持つ俺の腕を、スルリと抜けていく。完全に手玉に取られていた。また、アイツを思い出した。
転けようがボールに追いつかなかろうが、諦めない俺に、ガキんちょは大人っぽい笑顔を浮かべた。ニヤって感じにも見えるし、やっぱりふふんってエラそうだ。
あまりにも似ていて、ムカついても、俺はどこか楽しんでいた。二人で夢中になった。何時間も過ぎていたことに気付かなかった。
ただのジャンプシュートが、まるで試合中かのように、そんな練習が出来たと思う。シュートが決まらない度に、ボソッと呟くその言葉は、教えてやるって感じじゃなくて、バカにされてる気もしたが、俺は比較的素直に従った。少しずつ、コツが掴めていったから。
いい加減ダメだと思ったら、ガキの方がコートに寝転がっている。俺も近くに同じようになる。首だけ向けて見たその横顔は、キツネのようで、真っ黒い髪がつやつや光っていた。
ここまで、何もかも似てるヤツっているんだなぁと、興味本位で名を聞こうと思ったとき、遠くから女の子の声が聞こえた。「かえでー?」
探す風だった呼びかけが、足音も同時に止まった。そして、「かえで!」とするどくフェンス越しに呼んでいる。俺は、聞き慣れないけど良く知っているその名に驚いて、ガキの方を向いた。
いつの間にか立っていたガキは、「ちっ」と舌打ちして、お迎えに叫び返す。「ウルセー姉ちゃん。いちいち迎えに来んじゃねぇ」
「なんですってー! ほっといたらいつまでも帰ってこないじゃない! 今日もこんな遠くまで来て!」
距離を保ったままの姉弟げんか(だと思う)にア然として、とにかく確認したい気持ちが先走った。
弟思いの姉と、文句を言いながら姉に従って帰ろうとした弟の動きを見て、俺は小さな背中に呼びかけた。「オイ… おめー、カエデってのか?」
振り返ったとき、真っ黒い髪がサラッと流れる。その表情は、まぎれもなくアイツ、な気がした。
「…流川楓だ」
それだけ言って、俺の名も聞かずに走り去った。合流した姉と、また口げんかしている声が遠くなり、そしてまたシーンとしたコートに、たった一人になる。
長い時間、俺は一人で呆然としていた。
2001.5.12 キリコ