ウソとホント
短パン姿の流川の足にバンドエードがあったから、マネージャーらしく目がいった。そうでなくても、流川の姿を自然と目で追っている春子である。昨日はなかったことも、脳の中で記憶していた。
「流川くん、足ケガしたの?」
休憩で座っている相手をのぞき込むように話しかける。近づくだけで高鳴る胸を意識しないようにするのは、もうすでに習慣になっていた。
珍しく声をかけてきた春子に、流川はまっすぐに目を上げる。見上げられたことはほとんどない、と春子が緊張していたことに、気づくような流川ではなかった。
「…自転車で転けた」
「…大きなケガにならなくて良かったね」
小さな笑顔を向けて春子は立ち去った。
春子が振り返ったすぐそばに、いっそう大きな柱があって驚いた。
「けっ やっぱどんくせー奴。ま、キツネが自転車なんてナマイキなんだよ」
ほんの少しギクシャクとしていたことに、気づいた者はいない。流川以外には。
高笑いする横で、春子が諫めるように声をかけていた。
胃のあたりがまたムカッとしたのを流川は感じた。
「テメーのせいだっつの」
帰ろうと、自分の自転車にカギを差し込む。こんなところでグチっても、誰も聞いていない。たとえ誰かがいても、何の脈絡もない呟きにしか聞こえなかっただろう。花道以外には。
「…俺か?」
昨日と同じ場所で同じようなタイミングで声をかけられて、流川はさすがに驚いた。
「足のケガ、俺のせいか?」
自転車を出しながら、流川は返事をしなかった。出来なかったのだ。
「…自転車で転けたんだろ、あの後」
「………テメーのせいだ」
「……」
「テメーが、ウソついたから」
まっすぐに目を向ける流川をまともに見返せず、花道は俯いた。
「…1年に一度しかねーんだよ」
小さな声に流川は眉を寄せた。
しばらくどちらも黙っていると、風が桜の花びらを運んでくる。二人がしゃべらないと、そこに誰もいないかのように、静かだった。
「……別にウソつかなくていーんじゃねぇの」
「…は?」
「俺は、ウソつかない」
「……」
「でも昨日はウソついた」
花道は顔を上げた。流川がウソや冗談を言う姿を想像してみた。
「いつ…どんな?」
「ウソ…というか、間違い。昨日、テメーにだ」
「……どれ?」
「俺は誕生日じゃねぇから、おめでとうと言っても教えねー」
この一言で、流川が誕生日についてはウソではないと思ったことが、花道にはわかった。
次の日まで花道は考えたけれど、はっきりしない。エイプリルフールに交わした会話の中で、流川はほとんど「だから」を連発していた。
「……ってことは、やっぱ「何とも思ってない」ってヤツかな…」
今日もまだ桜は咲いていて、部活の後、木の下をのんびりと歩いていた。改めて口に出してみると、妙に胸がドキドキする。そうだったらいいなという期待と、そんなわけはないという打ち消しを、同時に胸に宿した。
今日は、流川に話しかけなかった。
「そー」
「えっ」
花道が振り返ったときには、自転車に乗った流川が通り過ぎていた。
「オ、オイ、何とも思ってなくはない、ということか?」
「…そー」
「じゃあ…どう思ってんだ?」
少しずつ距離を作る相手に、大きな声で呼びかける。必死な声に、流川はまた自転車を止めた。
「…うっとーしぃとか、暑苦しいとか、自惚れ屋とか…いろいろ」
「なっ…」
花道が肩を落としたのも無理はない。期待しすぎたと反省した。
他人の感情まで気が回らない流川でも、花道がガクリとしたのがわかる。滅多に見れない真っ赤な後頭部に問いかけた。
「…キライがウソ…って何だ」
「………そのままだよ」
「…キライじゃねぇってことか」
振り返って聞いてくる相手に、花道はゆっくりと歩きながら近づいた。
「……そう、だけど、ちょっと違うような…」
「ハッキリしねぇ奴だな…。言いたいことがあるなら、ウソじゃなくホントを言え」
俯いたままの花道に、イラついた声を出す。
「…ハッキリ言っても…わかんねーかも」
「俺は、どっちでもいー」
走り出そうとする相手を、エイプリルフールの日のように止める。
花道は、真っ赤な顔になった。その花道の表情に、流川は口の端だけで笑った。
「…チクショ…マジメに言えってのか。いや、だけど…」
「テメーが言ったら、俺も教えてやる」
花道は大きな深呼吸をひとつして、キッと顔を上げた。
「…ス………キなんだよ、結構。キライなはずなんだけどよ…」
予想していた通りの言葉が出てきて、流川は気分が浮上したのを感じた。
そして、約束は破らない流川だった。
「気になる」
「…は?」
あまりにもサラリとした言に、花道は自分の耳を疑った。
「もう言った」
「オ、オイもうちょっとはっきり言えよ」
「…今度のエイプリルフールなら」
「それって1年後じゃねぇか!」
「そー」
流川は花道に負けるものがあると思ったことはなかった。けれど、今日ほど精神的に優位に立つのは初めてだと、珍しく会話を楽しんでいた。
うふー 続けない方が良い場合もあるんですよねぇ。でも書いちゃいました…
2002.4.7 キリコ