あたたかい背中

 

 高校を卒業したばかりの春。
 おおっぴらにウソをついて良いらしいその日。
 満開の桜の下で、桜木がこう曰った。

「オレ、たんじょーびなんだ」

 これまで知らずにいた。知らなくても、バスケットはできたから。
 もうすぐアメリカに旅立つ俺には、関係なかったから。
「…だから?」
 だから、何だというのか。お祝いとか、奢れとか、続くのだろうか。

「一緒にいろ」

 なんって云った?

「いいか、今日はエイプリルフールだ」

 では、ウソをついているのだろうか。

「オメーんこと、追っかけたかったけど、オレにはムリだから」
「……ムリ?」
「幸いジツリョクで日本に大学に行ける。別にアメリカなんかなくても、オレは強くなる」

 うぬぼれんな。

「ぜってー、テメーを倒してやるからな!」

 ぬかしてろ、どあほう。

 悪態を付きながら、俺の後をついて歩く。
 うっとうしいならば消えればいいのに。
 キライなら、顔を合わせなければいい。
 もうすぐそうなるのだから。

「だから、今日は一緒にいろ」

 言葉が繋がらなくて、意味がわからなくなる。

「何もしなくていいから、今日はオレといなさい」

 命令形なのに、桜木の握り拳は震えている。
 何でこんなセリフに一生懸命になっているのだろうか。

「……なんで?」

 意外にも、乾いた穏やかな声が出た。

「オメーんこと、スキだからだよ」

 目を見開くと、目線を逸らしやがった。

「…いいか、今日はエイプリルフールだからな」

 それは、桜木の予防線なのだろうか。
 数十分間をあけて、いや実際は2、3分なのかもしれないが、俺は答えた。

「ウソじゃねぇなら…いいぜ」

 これは、誰のセリフだろうか。


 誕生日はケーキとか、歌とか、小さいころはあった気がする。
 何してほしい、と聞いてやってるのに、ただそばにいろという。
 おめでとう、とか云わされるかと思ったのに。
 だから、ただぼんやりと背中を合わせた。
 何もしゃべらなかったけど、気まずくもなく、意外にも穏やかな時間となった。
 桜木の背中は、暖かかった。

 「来年のオレ様の誕生日には帰ってくるように」

 相変わらず命令形なのに、小さな声は自信なげにも聞こえる。
 俺は言葉が出てこなくて、その暖かい背中からズルズルと滑り落ちた。

 

4月1日 誕生日おめでとう!! 花道!

2004. 4. 2 キリコ