初めてのちゅう

 

 春休みのまっただ中、花道は走りに出かけた。
 桜が咲きそうな空気を感じて、そんな中ランニングをしている自分を不思議に思う。一年前、高校に入学するときには想像もしなかった一年間だった。
 花道は、高校2年生になる。

 自分が遠出してるなと気づいたとき、もしかして無意識にここに来ているのかもとも思った。けれど、すぐに偶然だと否定する。
 ボールのバウンドする音の先に、見慣れた黒髪があった。

 ギャラリーがいるのもいつものことで、大半は女の子、または小中学生の男子たち。それらの視線に全く気づかないかのように、流川は黙々と練習する。
「おいキツネ」
 そうやって声をかけるのは何度目だろう。
 流川はちらりと花道を見て、また自分の世界に戻ってしまう。自分が相手にされていないと感じると、とてつもなく腹が立つ。けれど、これもいつものことだった。
 花道は勝手に流川のコートに入る。なかなかボールを奪うことは出来ないけれど、それでも必死で攻防する。喧嘩ではないけれど、こういう向かい方が最近しっくりくるようになった。花道はそう思っている。
 決着など始めからわかっていても、花道は流川の前に何度も立ちはだかった。
「むっ…」
 という流川の呟きが出たら、花道は少し嬉しくなる。

 休憩もなしにどのくらいし続けていたのか、周囲は暗くなり始め、観客もほとんどいなくなった。花道も気づかないくらい集中していたらしい。
「…クソ…あちーな…」
 花道の独り言に、流川も心の中で同意した。
「あー…腹減ったな…」
 流川はボールを拭きながら、首を振ることで同意した。
「…ラーメン?」
「……おごり?」
「ふざけんなよ」
「…ちっ」
 毎回同じ会話だった。
 けれど、これで何度目か二人ともわからなかった。

 そういえばなぜだろう。
 流川はぼんやりと思う。
 なぜ花道はここまでやってくるのか。
 なぜ自分たちは一緒にラーメンなぞ食べているのか。
 その前に、なぜ一緒にバスケットをしなければならないのか。
 そしてなぜ、自分はそれを断らないのか。

 

「おいルカワ…今日あたり桜咲き始めるかな」
「…知らねー」
 花道は流川の自転車を押しながら、辺りをキョロキョロする。
 汗をかいた体には、春の冷え込みが一層冷たく感じ始めた。
 もう帰ろう、と思うのに、自分は花道に黙ってついて歩いている。
「お…あっち!」
 よくわからないかけ声とともに、花道は走り出す。流川は自分の自転車を追うつもりで、その後に続いた。
「おお…ほっせーけど、確かに桜だよな?」
 おそらく数年前に植えられたばかりの桜の木。10本近く並んでいるが、まだ寂しげで、花見に来ようという人たちもいない。
 流川にもたいした感慨はなかった。見上げたまま立ち止まると、少し寒気がした。
「…さみー…」
「ぬっ? てめーはナンジャクだな、キツネ君」
 流川はムッとする。花道の異常な体力はこんなところでも発揮されているのだろうか。
「帰る」
「まあまあ」
 花道は単身歩き出した流川の背中を引っ張った。
「…桜っつーのはよ」
「……桜がなんだってんだ…」
 流川が振り向いたとき、花道の顔が驚くほど近くにあった。電灯の影になり、花道の表情は見えなかった。
「…桜木?」
 恐怖心とか嫌悪感よりも、驚愕の気持ちでいっぱいだった。
 ぶつかるように触れられた唇だけ、一瞬外気から逃れた。
 離れていく顔の横に、真っ赤な耳が見えた。その肩の向こうに桜の花が見えた。
「さ、さ、桜っつーのは……人を惑わすって……」
 だから何だというのだろう。
 流川は困惑して、ただ眉を寄せた。

 5分ほど経って、流川はやっと口を開いた。その前に、拳骨で力一杯花道の頬を殴る。
 花道には予想の範囲のことで、身構えることもしなかった。
 なぜしたのか説明できないけれど、したことを後悔しているわけではなかった。
 殴られるとは思っていた。
 けれど、流川が怒っているのは別のことらしい。
「てめー……自分の落とし前を花のせーにしやがるのか!」
 怒鳴る流川は珍しい、と尻餅を付きながら、思った。
「……はっ?」
「桜の木がなんだってんだ!」
 キッときつい目で睨んで、流川は自転車に乗っていってしまった。
 花道は頬に手を当てながら、今の言葉を反芻する。
「…あれ…?」
 キスしたことには怒らないのだろうか。
 いやそもそも、なぜ自分は流川にキスをしたのだろうか。

 今日で16歳になる花道の、これが記念すべきファーストキスだった。 
  

 

 

読み切りにしようか、続けてみようか…
という迷いが出てる文章だ…
と自分で思います(言い訳かな/笑)

2007.2.11 キリコ