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 久しぶりの日本に、流川は満足した。全日本候補に挙がって合宿に参加したことも、ただ一人会いたかった人物に会えたことも。帰りの飛行機の中、流川は全く退屈しなかった。眠ることも忘れ、何度も思い返してしまった。

 流川がアメリカにいる間も、花道の噂は定期的に聞いていた。自ら望んだわけではないが、赤木兄妹のマメな手紙で、その動向を知った。実は彼らが花道にも流川のことを知らせようとしても、花道が聞こうとしなかったことまでは、流川は知らなかった。筆無精の流川は、年に一度年賀状だけ兄妹連名で送っており、日本に戻ってすぐ、安西だけではなく、二人にも挨拶に訪れていた。

 湘北高校卒業後に花道が企業のバスケットボール部に入ったと聞いたとき、流川はかなり苛ついた。ずっとバスケットを続けていて、バスケットで生活していく。そのこと自体は十分評価できることかもしれない。けれど、流川は心のどこかで花道に期待していたらしい。もっと上を目指して、何より自分を倒しに来るのだろうと。
 それでも、そんな男のために日本に帰る気はなかった。自分は自分で前へ突き進むことで忙しかった。

 全日本に喚ばれて、嬉しさと少しの戸惑いがあった。こちらでの生活を止めることに不安があった。それでも長くは悩まず、流川は日本に戻ってきた。


 花道が同じく全日本に喚ばれていることを、流川はすでに知っていた。花道がいてもいなくても、流川は全日本に参加しただろう。けれど、ほんの少し気持ちが浮き足立ったのは事実だった。
 会って、話をするだろうか。喧嘩をする年齢ではないけれど、言い合いはあるのか。すぐに流川はきっと何もないだろうと打ち消した。再会が気恥ずかしいと思うのは、これが初めてだった。けれど、後ろ暗いところは何もないと思っている。
 流川は花道より、自分の気持ちを認めるのが早かったから。

 合宿中、全く話すことは出来なかった。花道があからさまに避けていると感じた。そうなると、自分も素直に歩み寄ることは出来ない。このままアメリカへ帰るのだろうと思っていた。昔のことを忘れたいと思っているのだろうか。気の迷いだとでも考えているのか。恥じているとすると、流川は哀しく思う。自分たちにやましいところは何もないと、流川は堂々としていた。
 花道の呼び出しを、流川は聞き漏らさなかった。それだけアンテナを張っていたように思う。じっとではないが、流川は花道を見ていたから。
 花道からアクションがあったため、流川の気持ちは落ち着いた。花道はいろんな意味で自分を気にしているはずだ。その時間が部屋で二人きりだと、流川にはわかったから。たとえキスはなくても、それなりに真剣な話題が出来るかも知れないと思った。
 結局、花道は長い時間俯いたままで、自分も何も言わなかったけれど。
 30分間、一言も話さなかった。
 それでも、流川には十分に思えた。
 自分から近づけなかった自分。アメリカに戻る前に、もう一度だけ勇気を出してみようと決めた。

 どれほど緊張して、手のひらに汗をかいていたか、花道は知るまいと思う。知られたくないので、それでいいのだけれど。自分が緊張することがあることに、流川は驚いた。
 言葉少なくても、花道はずっと流川に付いて歩いていた。この沈黙を何とかしなければと思うけれど、元々おしゃべりな方ではない。やっぱり言葉よりも、視線や体で表現する方がわかりやすく、また伝わりやすかった。

 花道のキスは乱暴に思える。そんなにがむしゃらに突き進んでこなくても、流川は逃げたりしないのに。
 高校のとき、初めて花道にそうされたときは、驚いて殴ってしまった。言い訳に腹が立った。
 けれど、仕返しを考えるとなぜだか楽しく感じて、ずっと機会を狙っていた。それが、1日だった。
 花道がそれ以上してこなければ、流川もそこまでで終わったかもしれない。
 唇は、これまで言葉や喧嘩で取り合っていた気持ちとは全然違うものを、伝えてきた。
 きっと自分の唇も、自分で認められない気持ちを伝えてしまっていたのだろうと思う。
 

 昨夜からの大量のキスを思い出して、流川は暗い飛行機の中でクスリと笑ってしまう。肩や背中を大きな手のひらで抱きしめられ、不思議な安心感を感じた。耳が熱くなって、手のひらで隠す。下半身が怪しい熱を持ってしまい、慌てて深呼吸した。
 3年経っても、お互い変わらなかったらしい。
 ただバスケットに関してだけは不満が残るので、それを流川なりに伝えられたことにホッとした。
 自分という存在が花道にとって起爆剤になることを、流川は再確認した。もうすぐお別れというときの花道の顔が、とても明るくなった気がした。
 次に会ったとき、自分は花道に抱かれるのだろうか。
 抱き方を知っているのだろうか。
 いろいろ想像してしまい、また心を静めるために違うことを考えた。
「おそい!」
 アメリカに挑戦するのが遅すぎると流川は怒る。自分とともに羽ばたいて欲しいと、流川は花道に期待していた。
 できれば、バスケだけではなく、ずっと共に歩んでいけるように願った。

   

2012.12.30 キリコ
  
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あとがき