のろい

   

 花道は英語もろくに話せないままアメリカにやってきた。バスケットが出来るなら何とかなるだろう、と思ったことが間違いだったと、来てみて気が付いた。もちろん、安西も流川もそう忠告はしていたけれど。それでも、性格なのか、相性なのかわからないけれど、アメリカの水は自分に合った。むしろ、日本よりも遠慮なく、自分を貫こうと思う。もちろん厳しい世界だと感じてはいた。

 アメリカに来た頃、流川の様子がおかしかった。
 あまり視線を合わせないまま、部屋に案内された。狭いと聞いていた通り、二人で住むにはどうだろうというスペースで、花道は悪態をつく。けれど、流川は淡々とした反応だった。
 本当に自分が来るのが嫌だったのか、という雰囲気でもないように思う。流川の性格を全て把握しているわけではないが、完璧に嫌ならば、追い出すくらいのことをする男だと思うからだ。
 首を傾げながらも、花道には流川が照れているように見えた。それともただ困っているだけだろうか。
 あの6月に、花道が照れるしぐさが好みらしい、と思った流川が、自分に演技しているのだろうか。
 何度考えても、花道には答えを出すことができなかった。

 最初の日だけはぎこちなく、お互いに近づくことができなかった。床で寝ろ、と言われて、それだけは勘弁と小さく言い張り、しぶしぶ狭いベッドに招き入れられる。そこで初めて肩が触れ合った。それから、やっぱりギクシャクしながらも、以前のように二人で気持ち良くなることが出来た。
 それからほぼ毎晩のように互いに触れ合うけれど、流川はそれから半年ほどの間、行為中静かだった。体は盛り上がっているけれど、6月のときのように大胆ではない。もっと開けっぴろげだったと思うのに。もちろん、そんな流川が本当なのか演技を続けているのか判別できなかったので、花道はそれほど気にしていなかった。
 半年後には、流川は以前のように行為中に話したり苦笑したりするようになった。けれど、明るい中だけは「イヤダ」と言い続けていた。



 花道がアメリカに来て2年と少し過ぎた4月1日に、花道は自分を振り返った。
 一度引っ越しをしていた。流川の移籍に、花道も強引に付いていった。流川のそばにいて、同じチームにいないと落ち着かない。不安などではなく、流川とプレーし、流川を倒すことを目標にし続けているからだ。当の流川がどう考えているのか、花道にはわからない。ただため息をついて、結局は花道の押しかけを受け入れている。部屋は、1DKが1LDKになっただけで、ベッドもいつでも1つだけだった。
 その年の誕生日に、花道は20歳になる。もう10歳代ではないと思うと、なぜか大人になった気がした。日本からは、成人式の写真などが送られてきていた。そういう区切りの時期なのかと思った。
 その日、試合も練習もなく、外は雨が降っていた。仕方なく、二人でいろいろなバスケットのビデオを見続けていた。それほど広くもないリビングに、二人で座れるような大きめのソファを置いていた。それにじっくり腰を落ち着けて、ときどき話し合いながら観戦し、また勉強していた。
「ちょっとトイレ」
 花道はトイレに行くことを毎回報告する。それを流川が呆れていることも知っているけれど、クセになっていた。
 花道が席を立っている間、流川は見終わったビデオを巻き戻していた。
「ルカワ、コーヒー飲む?」
「…飲む」
 テレビの方を向いたまま、流川は全く振り返らない。素っ気ない返事をした流川の背中を、花道はじっと見つめながらコーヒーを入れた。ビデオを入れ替えに流川が立ち上がる。その姿も、花道はじっと見ていた。
 花道が差し出したコーヒーを、流川はコップを見つめて受け取る。こういうことは多いが、流川はありがとうと言ったこともない。逆のときも、花道も無言のまま受け取る。一緒に暮らし始めた頃は、小さなことでもすべて喧嘩していた。それぞれのやり方で生きてきた二人が一緒に生活をするには、譲歩や妥協が必要だが、二人とも最もそれが出来ない相手同士だった。それでも、それも半年ほどで落ち着いてきた。思えば、流川が以前のように大胆になったのも、その頃だった。
 今でも、喧嘩をしてもどちらも謝らないが、夜には仲良く互いに触れ合う。花道は自分が悪いと思いながらゴメンが言えないときは、流川の髭を当たることにしていた。
 花道はコーヒーを飲み干して、隣でまだ飲んでいる流川を見つめた。おそらく視線に気が付いていても、流川は試合から目を逸らさなかった。花道は背もたれに右腕を伸ばして、流川に少し近づいた。
 軽く頬にキスをすると、あからさまに嫌そうな顔になる。まだ昼間だし、バスケットのビデオを観ているのだ。そんな反応が来ることは想像の範囲内だった。
 それでも顔や首に唇を寄せると、コーヒーを置いた流川の手のひらが花道の顔を押した。うっとうしいという合図だが、本気で嫌がるときはおそらく足が出てくるだろう。流川の気持ちが言葉ではなくてもずいぶんわかるようになったと思う。
 唇に触れるだけのキスをすると、大きなため息をつかれた。
「…イヤダ」
 はっきりと言う。花道のキスの嵐がどういう意図か伝わっているからだと気分が良くなった。
「今日は誕生日だから」
 花道の言葉に、流川は片眉を上げた。それがどうした、という表情だった。
 流川の返事を待たず、花道はその腰に手を回した。もう一度キスをして、反対側の腕で頬を抑える。ゆっくりとソファに押し倒すと、また盛大なため息をつかれた。それでも流川がリモコンでビデオを止めたので、了解されたのだと受け取った。
 こうして見える中で流川を抱くのは、あの6月に1回しただけだった。明るい中を嫌がる割りには、体を隠そうとはしていなかった。喘ぐような声も、抑えていないと思う。花道は射精感を抑えようと、一度動きを止めた。
 再開のない花道を不思議に思い、流川はゆっくりと目を開けた。すぐに花道の視線に気が付いて、じっと見られていたのだと不服に思う。今更恥ずかしがる必要はないと自分でも思う。けれど、喘がされていると思うと、なんとなく負けた気がするのだ。
「…なに見てる…」
 キッと強い目線を送っても、花道は全く動じていなかった。
「なあルカワ…そのままじっと目を開けたまま……な?」
「……なんで」
「…誕生日だから」
「……意味わかんねー」
 冷たくそう言いながらも、流川は目を閉じなかった。
 じっと互いの視線を合わせたまま、花道が動き出す。体が揺すられると、自然と目と目を合わせることを意識しないと難しいと感じた。
「テメー、洋モノの真似か?」
 流川が首を傾げながら笑う。その表情が昔見たような婉然としたもので、花道は興奮した。
「…ち、チガウ…」
 アメリカのアダルトビデオでは、お互いがじっと見つめ合っているものが多いように流川には思えたから。
「…オーイェーは言わねーからな」
「…る、ルカワ……ちょっと黙ってて…」
 花道も少し懐かしさを感じて笑った。
 流川の強くも優しくもない視線を見つめ返しながら、花道は胸がドキドキした。やはりこの男は綺麗なんだなと思う。顔が好み、というわけではないけれど、視覚的にも興奮した。
 限界が近づいて、流川に体を近づける。両腕を放り出していた流川がゆっくりと花道の両頬を包み、かなり近いところで笑顔を見せた。
「…はなみち」
 囁くような小さな声で、流川ははっきりと言った。その瞬間、花道は爆発した。
 荒い呼吸を整えていると、流川がまたクスッと笑いながら続けた。
「やっぱりテメーはこーいうのが好きなんだな」
 馬鹿にした笑いではなかったけれど、花道は汗が出る思いだった。そして、呼吸が落ち着いても、ドキドキが収まらないことに気が付いた。
「ルカワ…その…なんでトツゼン…」
「……まあ…誕生日らしいから…」
 これまで一緒にいても、誕生日のお祝いを言ったこともなければパーティもない。それでも、他の誰とも過ごさず、二人きりでいた。ただそれだけだった。
 花道は、顔を上げて流川をじっと見た。
 あまり何も言葉にしない二人だけれど、目と目を合わせているといろいろ伝わってくる気がした。
 好奇心だけではない。
 呪いのせいでもない。
 いい加減、自分たちの奥深くにある気持ちを認めてあげてもよいのではないだろうか。
 花道は久しぶりに流川の右眉あたりの傷を一度撫でた。
「ルカワ……その…オレと…」
 まだ流川の中に自身を収めたまま、花道は次の言葉を口にすることができなかった。一般的には、こういうときはああいうのだ。わかっているけれど、自分たちには合わない気がした。
「その…か、家族にならねーか…」
 一瞬驚いた表情をした流川が、戸惑うように視線を逸らす。顔を上げても、また花道の顎か首辺りに視線を固定し、花道の目を見なかった。
 ああこれは、空港に着いたあたりの流川だ。演技ではなく、本当に照れていたのだ、と花道は合点がいき、胸がキュウと音を立てた。
 返事に困っていたらしい流川が目を閉じて小さく笑った。
「…どあほう…」
 とても弱々しい声を出しながら、流川は両腕を花道の背中に回した。それだけで、花道の胸は温まった。これまでにも何度もそう感じたことがあった。
 「イヤダ」と言わなかったことを了解と解釈し、花道は流川を力強く抱きしめた。

 


おしまい   

2014.10.24 キリコ

  
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あとがき…
あー楽しかった(笑)