奇 跡 

 

 それから約一年後、二人は別のチームに移籍した。二人一緒に声をかけられたので、花道は「よっしゃ!」と何度も叫んだ。二人でいれば怖いものはない。花道は心から思った。
 あれから何度か花道は「スキ」と言い続けている。ときには、ずっと好きだったと言い替えたりもする。けれど、流川は無反応だったし、あれ以来花道に何も言わなかった。
 その後、試合出場時間が長く、しかも圧勝した夜、二人はいつも以上に興奮してベッドにいた。
 流川はバッグスタイルでしか花道を受け入れないと決めているらしく、花道は諦めつつも、ときどき正常位に持ち込もうとしていた。結局はいつも同じだったけれど。
 受け入れている流川がずいぶん声を出すな、と思ってはいた。ほとんど真っ暗な中では、声が頼りだ。聞いたこともないような高い喘ぎ声に、花道はかなり驚いた。同時に下半身が強く締め付けられ、花道は突然射精した。
 いつも声を抑えようとする流川が作戦を変えたのだろうか。
 花道は首を傾げながら、いつも通り後かたづけをしようとした。シーツの上に敷いたバスタオルを、流川が勢い良く端へ寄せた。いつもはただグッタリして、花道任せなのに。そのタオルで、花道は流川のアナルを押さえることにしていた。その日もいつもと同じ動きをするところだった。
「あれ…?」
 声に出さずに花道は驚いた。タオルが汚れている。これは汗ではない。
 花道は確認したくてベッドサイドのライトをつけた。すでにうつ伏せになっていた流川が、素早くライトを消す。また花道がつけても、すぐに流川が消す。
 その何度かのやりとりで、その汚れも見えた。
 流川が射精したのだ。花道を受け入れたまま。
「うわぁ…」
 初めてのことで、花道はとてつもなく嬉しかった。流川の体が慣れてきたのか、花道のテクニックが上がったのか、花道には判断はできない。もしかしたら、単に高揚していたせいかもしれない。それでも、花道は心から誇らしく思った。
 ではなぜ流川が不機嫌そうにしているのか。花道にはわからなかった。明らかに背中が怒っている。それでも起きあがるほどの気力はないのだろう。
 花道は流川の体をひっくり返した。すぐに流川が両腕で自分の顔を隠した。
 思ったよりもすんなり上を向かせることができた。花道は太もも付近に座り込み、流川を見下ろした。
「あの……ルカワ? 痛かった…?」
 まず聞くべきことはこれだと花道は思う。すぐに流川が首を横に振った気配がした。
 ではなぜそんな雰囲気なのだろう。
「あ……じゃあ…気持ちヨカッタ…?」
 その質問のあと、流川の手のひらが握り拳を作ったのが見えた。
「オレ…オメーもちゃんとその……イッて…嬉しいんだけど…」
 流川は違うのだろうか。
 ボソボソと何かを呟いているのが聞こえて、花道は上体を倒した。耳を口元に近づけて、その言葉を拾った。
「こんな…オレじゃねぇ………ケツでイクなんて…」
 まとめるとこういうことらしい。花道は驚いて上体を起こした。花道にとってとても嬉しかったことだけれど、流川はそうではないらしい。確かに花道の手はずっと流川の腰に当てていたし、流川も枕を掴んでいたはずだ。何も触れずに射精してしまうのは、そんなにも不愉快なのだろうか。
「えっと…その…ルカワ……オレは嬉しいってば…」
「……うるせー…どあほう」
「その…オメーのせーっていうより、オレ様のテクニックがあればとーぜんというか…」
 花道は思いついたまま言葉を並べた。心がこもっていないせいか、流川は無反応だった。
「あ、うん。そう。オレがオメーを改造したわけだ」
 そう言いながら、花道はまたライトをつけた。流川の腕が少し動いて、冷たい瞳が見えた。今度は流川はライトを消さなかった。
「…テメーのせい…だ。オレをこんな風にしやがって…」
「う……うんごめん」
 未だに流川は不服そうだ。花道は話を続けた。
「こんなルカワ…ダレも知らない…オレだけ。だからだいじょーぶ。カエルもオレしか見てない」
 そう言葉にしてみて、花道は感動して天井を見上げた。本当に誰も知らないのだ。以前にも思ったけれど、世界中で自分だけが知る流川がいる。ものすごく貴重に感じた。何としても手放したくないと強く思った。
「オレ…どんなルカワだってスキだ。オレが改造したんだから、オレが責任とるから…」
「……責任とれ……どあほう」
「うん……けど…」
 責任とはどうとるものなのか。これが男女ならばこうだろうということを花道は思いついた。
「あの…ルカワずっと一緒にいよう」
「………ずっと?」
「そ、そう。永遠ってヤツだ」
 流川の両腕が少し緩んで、先ほどよりは柔らかい瞳が現れた。
「それはプロポーズのつもりなのか」
「……へ?……あ…そ、そーかな…」
「…テメーはそーやって女を口説くのか」
「……くどく…」
 どちらかというと、花道は流川を説得しようと試みていた。これが口説いているように見えるだろうか。
「口説くってのは…スキとかアイシテルとか…そーいうんじゃ…」
「セックスの最中の戯言なんかオレは信じねー…」
「…たわごと…」
 もしかして、花道がこれまでずっと「スキ」と言っていた言葉もそう思われていたのだろうか。花道としてはピロートークのつもりだったけれど。
「えっと……オレはとにかく流川が前からスキで……ずっと一緒にいるって決めたんだ」
「……テメーがそう決めても、別のチームになるかもしれねーだろ」
「うーん…できるだけ避ける」
 流川が両手を下ろして、冷たい目線で花道を睨んだ。
「また離れたら……テメーはまた他のダレかを抱くんだろ」
 花道はギョッとして目を見開いた。流川は視線を逸らさないままだ。うまく言葉が出てこなくて、首を大きく横に振った。離れていた間のことをお互い話したことはない。もしかして流川が嫉妬しているのだろうか。
「あの……ないないない…オレはルカワだけ…絶対にだ」
「……絶対なんかあるもんか」
「えー……じゃあ…神様に誓う」
「…誓ってどーする」
「結婚しよう…ルカワ」
 流川が小さく笑ったので、花道はムッとする。おかしな状況ではあるけれど、花道は真剣に言ったのに。
「セックスの最中の戯言は信じない…ってさっき言った…それに結婚してても浮気はあるだろ」
 花道はこの会話に疲れてきていた。こんなに絡む流川を見たことがない。いつもクールな表情をしているくせに、こんなにもたくさんのことを考えていたらしい。
「黙ってオレについてこい!」
 花道は流川の両手を自分の手で握りしめ、流川の胸あたりに置いた。
 少し目を見開いた流川を見つめながら、花道は真剣な口調を心がけた。
「あの…言わなくてもいーと思ってたんだけど…日本出るとき、母ちゃんに「孫は諦めてくれ」って言ってきた。そしたら…一度叩かれたけど…もしかして流川くん?だって」
 流川の目が一層見開いた。
「去年オメーと同じチームになれたって洋平たちに連絡したら、「ルカワと仲良くやってるか?」って」
 花道は力の抜けた流川の足の間に体を入れた。
「オレ…みんなにちゃんと言う。ゴリや…湘北のみんなに…オレのルカワだって…」
 見下ろした流川の表情が能面のように固まった。瞬きと同時に耳の方へ伝う涙が見えた。
 やはり流川でも泣くことがあるのだ。これは感動の涙と思って良いのだろうか。
 花道は流川の両脚をひろげて、自身を流川に挿入した。
「ヤメロ…ヤダ…」
「お、オレしか見てねーから……どんなルカワだって…オレ…その…」
 また両腕で顔を隠そうとした流川を止めた。見られないように顔を横へ倒すと、涙の筋が変わった。
「ルカワ……スキだぞ…なんていうか…アイシテルって感じだ」
 口元がほんのり笑顔になって、流川が吹き出した。
「なんだそりゃ…」
 捕まれていた両腕を強引に外し、流川は花道の首に両腕を巻き付けた。頬と頬が触れあって、お互いが涙を流していることに気が付いた。
 今日は記念日でもなんでもない。けれど、ときにはこうやって真面目に打ち明け合うことも必要だったと花道は反省した。もっとも、素直になれない相手なので、難しいのだ。
「スキだぞ…ルカワ」
「……わかった……オレも桜木だけ一生大事にする」
「…そ、それってプロポーズ?」
「………どあほう」
 お互いの肩をギュッと抱きしめ合って、しばらくじっとしていた。
 この出会いに感謝した。
 想い人に想われたこの奇跡にも。 

 

2015. 7. 10 キリコ
  
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最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
書きたいことがうまく表現できなくて、うまく進みませんでした。
脳内妄想のときは、それはそれは楽しく動いてくれるんですがw
胸キュン流川と、花道に甘える流川を書きたかったんだと思います。

花流…スキだなぁホント楽しいです(*^_^*)