unser Sohn  ウォルフパパ編


 広いベッドで寝返りを打ち、すっかり馴染んでしまった温もりを探してしまう。だけど今日はベッドの半分の主は夜の仕事だ。
 どれだけ寝返りを打っても、愛しい人にぶつからない。しまいには端まで来て落ちそうになったところで俺は立ち上がった。
 時計を見ると、まさに深夜であり、おかしな時間に目が覚めたと心の中で舌打ちした。もしも、寝返りの時点で目指す温もりがあったなら、俺は起きなくても済んだのに、と自分のことを棚上げにしてみたり。

 俺たちの仕事は週休二日とか、アフターファイブとは縁がない。休みと思っていても呼び出されることもある。
 それでも、俺たちは辞められないし、辞めようとも思わない。
 お互い支え合い、生き甲斐とし、認め合っている。

 一人、かわいそうと思うのは、恋人の子ども、今は俺たちの子どもと家庭内で公言しているフェリックスだ。
 遊んでやる時間が少ないし、約束をキャンセルすることもしばしばだ。
 俺たちなりに一生懸命だが、フェリックスが本当に心から満足しているかどうかはわからない。
 フェリックスは、その生い立ちから、多少我慢することを覚えてしまっていたから…
 今月やっと五歳になる予定の、まだ小さな子どもなのに…


 目が冴えてしまった俺は、フェリックスの部屋をそっとのぞいてみた。
広い家の中の広いベッドルーム、広いベッドで、以前ならたった一人で恋人を待っていた。恋人になる前は、俺は狭いアパートメントで一人だった。今のように深夜に目が覚めても、部屋の中には一人分の気配しかなく、年に何度か寂しいと思ったことがあった。
オスカーと暮らすようになって、二人でいる温かさを知り、一人でいても待っていれば帰ってくるという信頼があるから、一人の晩も耐えられるが、それでも一人でいたくないときもある。二人でいる心地よさを知ってしまったから、一人が尚辛いと感じてしまうのだ。
 今、この広い部屋の中に、もう一つ間違いなく息づいている存在を感じ、俺は安堵のため息を洩らしてしまった。
 上を向いて、バラ色の唇をほんの少し開いたまま規則正しい呼吸音をさせているその顔を、間近でじっと見つめてしまう。父親よりは明るいブラウンの柔らかい髪や睫毛を見ると、造りは小さくても同じ人間なんだ、と小児科医らしくないことを考えてしまう。もっと小さな彼を見ていたこともあった。写真の中でしか会えないときもあった。
 それでも、彼はいつでもフェリックスだ。これまでも。これからも。
 彼が息づいているのを、こんなにも嬉しく思い、同時に心細さを半減してもらっている。
 小さな子どもに頼っているのだろうか。
 フェリックスも愛しいと思っているし、大切だが、オスカーの代わりというわけではない。ただ、今この家の中に、俺だけではないと認識出来るのが俺は嬉しいのだ。

 廊下からの明かりが漏れたせいだろうか、フェリックスが「う…ん」と呟きながら寝返りを打った。
 起こしてしまうつもりはなかったので、俺は慌てて部屋に戻ろうとした。その背中に、小さな声が聞こえた。
「…ウォルフ?」
寝起きの低めの掠れた声は、まるで父親のようで、俺はちょっと驚いた。フェリックスがわざわざ似せる、という余裕はなかったはずだ。普段の声はオスカーよりかなり高いが、やはり遺伝子のなせる技だろうか。
 そういえば、俺も俺の父親と声が似ている。いや大人になって似てしまった。フェリックスもいずれ、オスカーと同じ声になるのだろうか。

「起こしたか。ごめんよ、フェリックス」
「…眠れないの?」
 枕元に近づいて謝った俺を、眠そうな眼で見上げながら、怒るよりも俺を気遣ってくれた。
 優しい思いやりのあるフェリックス。
 眠れないのではなかったが、フェリックスが心配で、などというと、いっちょまえのプライドを持っている彼のことだ。不愉快に感じるだろうと思い、俺は聞かれたことを肯定した。
「ああ、ちょっとな。でももう戻るよ。おやすみフェリックス」
 そう言ってお休みのキスを贈ろうとした俺に、フェリックスはニッコリ笑って言った。
「しょうがないなぁ。一緒に寝てやるよ」
 ときどき、フェリックスはまるで大人のような口調になる。これはオスカーからなのか、それともシェーンコップの言葉遣いか…
 今更「大丈夫」ということも出来ず、俺は苦笑しながらフェリックスの小さなベッドに入り込んだ。そうなのだ。子ども用のベッドは幅があっても長さが足りない。少し足下が窮屈に感じながらも、フェリックスの温もりや、子ども独特の匂いや雰囲気に、俺は深い安堵感を覚えた。
 まるでそこが定位置かのように、俺の腕の中にすっぽりと入り込み、俺の背中に腕を回し、裾をギュッと掴んでくる。
 そんな仕草に、俺は胸が高鳴る。
 幸せというか、温かく穏やかというか、オスカーといるドキドキとは違うドキドキ感でいっぱいになり、瞼が熱くなる感じだ。

結局は、添い寝してもらう予定の俺にしがみつき、時々はこうして一緒に寝たいらしいフェリックス。
 強がったり大人ぶったりしても、やはり彼はまだ子どもなのだ。
 わがままいっぱいのように見えて、実は寂しがり屋な彼。

 今は本当に俺の子だと思っている。
 血の繋がりなんか、越えられる。
 こんなにもお前を愛してる。フェリックス。

 今日も元気でいてくれて、ありがとう。



 オスカーが夜勤明けで帰ってきたとき、俺が俺たちのベッドにいないと不機嫌になる。
 狭いんだから、とか、甘やかすな、とかってふくれっ面して怒るけど…
 息子の添い寝のどこが悪いんだ。
 どっちが添い寝されてるかはわからないけどさ。俺、とっても癒された気分になるから…

 …もしかして、息子にやきもち?



 俺にフェリックスのことをどうこう言うけれど、お前は大人の悪の道を早々と教えすぎだ! オスカーッ!!
まだ五歳になってない息子と晩酌なんて…なんてなんて…

「ずるいぞ! オスカー!!」

…これもやきもち?

 

 

 ドクタートップ  unser Sohn オスカーパパ編