二人で見る夢
”みんながいる。
音楽が流れている。これは俺があいつに良く歌ってやったウォルフガングの子守歌だ。
キルヒアイスもカイザーのそばにいる。
おっと奥の方にみえるのはレンネンカンプか・・・そして対峙しているのは、ヤン提督?
よく見たら同盟軍もいるではないか。
ああ、戦いは終わったんだっけ? いつのまに? でもいいか、平和になったなら・・・
――周囲を見渡して、大切な友人の姿を探した。
・・・いた! その愛しい人を見つけたと同時に音楽が変わった。これって、なんだっけ?
ヤツが真っ白いスーツを着てこっちへ向かってくる。なんでヤツは軍服じゃないんだ?
よくみたらみんな礼服だ。何かお祝い事か・・・?
あいつだけ、なんで白いスーツ・・・近づいてくる姿をよく見るとなんとモーニングだった!
あいつ、結婚するのか? いつの間に? 誰と?(なぜ軍の礼装ではないのだ?)
そうだ、これは結婚行進曲とかいったっけ!
ではロイエンタールの結婚式なのか・・・? これは・・・。まさか!
いや、祝福しなければいけないよな・・・。ウン。・・・・・・・・。
――落ち込む暇もなく、ロイエンタールはすたすたと歩いてくる。胸には大きな百合の花がさしてある。
ロイエンタールが結婚?・・・本当に結婚するのか・・・?
いやあいつばかりを責めることはできないよな。自分にもエヴァがいる。これまであいつには俺だけだった・・・。・・・・なんて自惚れ屋なんだ、俺は。
――ロイエンタールが無表情のまま近づいてくる。
周囲の人々の祝福を受けているのにちっとも幸せそうじゃないなぁ。もっとにこやかにしろよ・・・。
―そこまで考えたとき、突然グレーの瞳から、大粒の涙が洪水のように溢れ出た。
・・・イ、イヤだ! ロイエンタール! 行かないでくれ!!!
――ロイエンタールはミッターマイヤーの方に向かって歩いてきているのであるが。
――ミッターマイヤーはいたたまれず、泣き叫んだ。
「結婚しないでくれーーーッ!」
ロイエンタールはちょうどカイザーにミッターマイヤーの様子を報告に行き、部屋に戻って来たところだった。その叫び声に対し、2つの点で驚いた。
ひとつは叫んだこと、もう1つはその内容である。”また夢見が悪かったのか・・・? それにしては叫んだ内容が・・・?”
とりあえず、急いでミッターマイヤーの元へ駆け寄った。
ミッターマイヤーは深夜と同じように、起きあがって壁を見つめ、肩で呼吸していた。
そして、また今度ははっきりとそれとわかる涙のあとがあった。”とりあえず苦しそうではないな・・・顔色も良いし・・・”
そう考えたロイエンタールはミッターマイヤーがこちらに気がつくまで黙って見ていた。
ミッターマイヤーは今自分が見たのは夢であるらしいことをぼんやりと理解した。そしてなぜかとても安心したのだった。
”・・・なんで素直に喜んでやれないんだ・・・俺は・・・”
ふと自己嫌悪に陥りかけたとき、部屋の中に人の気配がした。
顔を上げると夜中に見た優しいヘテロクロミアがこちらを見つめていた。
ミッターマイヤーは先ほどの夢の罪悪感からか、目を合わすことができなかった。
黙ったままロイエンタールはミッターマイヤーに近づいてくる。
”ダメだ! これは夢の続きなのか!”
別にロイエンタールはモーニングを着ているわけでないのに、その歩き方に夢と現実をオーバーラップさせていた。
”俺・・・、さっき叫んだかな? 聞かれてしまったかな?”
ミッターマイヤーは、どうしても気になった。
「・・・ロイエンタール、俺、何か言ってなかったか?」
「・・・今、この部屋に来たばかりだからな、俺は」
聞かれてなかったらしいと安心したミッターマイヤーは、ようやく落ち着きを取り戻してきた。ベッドの縁に腰掛ける友人の顔をようやくまじまじと見つめ、心の中で”ゴメン”と言い、努めて明るく、
「おはよう、ロ、オスカー。」
もう何度目かもわからないほどの『あいさつ』を交わした。
「どうだ。気分は? よく眠れたか?」
「ああ、なんかいい夢・・・(途中から悪い夢になったが・・・あ〜、また自己嫌悪・・・)を見て、スッキリした。な、なんか、お、俺シャワー浴びてこようかな。汗かいちゃってるし・・・」
もう一度軽くキスをかわし、ミッターマイヤーは軽々とバスルームへ飛んでいった。
”・・・? とりあえず、元気になったようだから、ま、追求はあとで、にするか”
体力が回復したミッターマイヤーの食欲は通常通りであり、顔色も良し、とロイエンタールはその無表情の顔の下で観察していた。一方、ミッターマイヤーは、罪悪感は拭いきれないものの、そんな考えをこの優しいヘテロクロミアにばれなくて良かったという安心感から、食欲を満たすことに専念していた。
「カイザーから、とりあえずもうしばらくゆっくり休んでいろ、という伝言だった」
「ひょうは(そうか)、あひははいはー(ありがたいなー)」
そんな頬ばったまま話すしぐさや無邪気さは、とても三十路を過ぎたご亭主には見えないのだが、ロイエンタールはそんなところも自分にないものであり、羨ましくもあり、愛しくもあった。宇宙空間では、朝も夜もわからない。
頼りは時計であり、ミッターマイヤーも寝起きなので、「おはよう」といったが、実はフェザーン時刻では今は夕方なのだ。何かを基準にしなければ、軍としての機能が働かない。カイザーは朝まで休めと言ったのだ。
ソファに移り、食後のコーヒーを飲む頃(今は戦闘中であり、疲労後でもあるので酒はひかえた)には、ミッターマイヤーは夢の罪悪感など忘れて、すっかりくつろいでいた。
「朝になったら、ベイオウルフに帰らねばな。」
ロイエンタールのおかげで今が戦闘中であったことを忘れてぐっすり休むことができた。
”なのに俺ってロイエンタールに何にもしてやれないなぁ・・・あげくに結婚するなだと?”
再び思い出したことにより、自己嫌悪に陥りかけたその時、
「なぜ結婚してはいけない?」
ミッターマイヤーは飲みかけたコーヒーを吹き出した。かろうじてカップは落とさなかったが。顔面蒼白で固まる・・・今のミッターマイヤーを表現するとしたら、こんなもんかな、などとロイエンタールは考えながら、ミッターマイヤーの顔を見ずにのんびりコーヒーを飲んでいた。はっきりいってロイエンタールはこの瞬間を待っていた。ミッターマイヤーがくつろいで安心しているときに陥れる。
”ふっ、我ながら度しがたいな”
わざわざ愛しい人を追いつめるようなことをロイエンタールという性分の人間はやってしまう。好きな子をいじめてしまう子どものようだということをロイエンタール自身はわかっていない。固まったミッターマイヤーはそのままロイエンタールに引きずられてベッドに連れて行かれた。ミッターマイヤーはパニックに陥っていた。罪悪感を心の中で感じながらも、自分一人の気持ちとして告白するつもりはなかったのに・・・
”ん? 告白?・・・ということは俺は随分前からこんな考えでいたということか・・・”
横たえられたまま、呆然と天井をみつめたまま、何の反応も見せなくなったので、ロイエンタールはちょっと心配になった。
ミッターマイヤーはグレーの瞳を閉じ、両手を胸の上に合わせ、小さくつぶやいた。
「今日は好きにしてくれ。ロイエンタール。」「?」
ロイエンタールとしては、過程をとばして結果だ生まれたような、そんな気分になった。この過程が楽しいのに・・・、と。
「どうしたんだ? ウォルフ。お前らしくないんじゃないか?」
ミッターマイヤーは目を開けずにいた。ロイエンタールは覆い被さるように見えないグレーの瞳を見つめていた。しばらくその体制のまま、どちらも何もいわなかったが、まぶたが震えだし、ロイエンタールは驚いた。
「・・・イヤならやめてお・・」
「ちがうんだっ!」
大きな声ではなかったが、制するような声にロイエンタールはまた驚いた。いつものロイエンタールなら、ミッターマイヤーの考えそうなことはわかりそうだが、今日はとんとわからないロイエンタールであった。「『お前らしくない』なんて言ったって、オスカー! 俺はお前が思っているような人間じゃないんだ!」
いつまでも開こうとしない瞳にロイエンタールは優しくキスを落とした。目尻からは涙が流れ始めた。
「俺ってヤツは・・・俺は・・・」
震える声で最後まで言わずに、ミッターマイヤーはロイエンタールの首にしがみついた。そして今まで口にしたことのないことを言った。
「抱いてくれ・・・」
そのあとはもう言葉がなくても通じる世界であり、二人は二人にしか行けない世界へ飛んでいった。ロイエンタールの、普段のあの冷笑を浮かべるしか知られていない形の良い唇は、とても優しいのをミッターマイヤーは知っている。その金銀妖瞳が切なく見つめることを知っている。
ミッターマイヤーの快活なグレーの瞳が、薄紫に染まるのをロイエンタールは知っている。号令を出すあの疾風ウォルフからは想像もつかない甘い声を知っている。ロイエンタールはミッターマイヤーに、ミッターマイヤーはロイエンタールに溺れ沈んでいく。
お互いの手を取った時にしか、飛んでいけないところがある。
”俺は独占欲が強かったらしい。ゴメン。オスカー。でも今は俺だけのオスカー・・・”
気の遠くなるような優しいロイエンタールの手に漂いながら、ミッターマイヤーは沈んでいく。今までも大切だと思っていたが、あの夢を見て、何があっても失いたくない、そしてこの腕に他の人を抱いてほしくない、という気持ちがやっとわかったのである。これまでエヴァンゼリンや周囲の目を気にしていて、どこか一歩引いていたミッターマイヤーであったが、それが今なくなり、本能の赴くままにその身をまかせていた。ロイエンタールはミッターマイヤーが変わったことは感じていたが、どこがどうとは説明できなかった。しかしそれは身体の反応から伝わってきており、いつになくお互い激しくなっていった。
幸せの絶頂を迎えようとしたとき、ミッターマイヤーは耳元でささやくロイエンタールが自分を呼ぶ声を聞いて朧気な思考で思い出していた。”あれはオスカーの声だったのか・・・”
夢の中で聞いた子守歌である。何度も聞かせ、覚えたものを、ミッターマイヤーに歌っていたのである。ウォルフガングが良い夢を見ることができるように、と。自分はこんなにも愛されている。大事にされていると信じられた時、グレーの瞳から大粒の涙がこぼれ、身体も心も本物の幸せの絶頂を迎えた。
ロイエンタールも愛しい人の名を呼びながら、その中で果てた。その喜びの涙を唇ですくいながら。
お互い、精神も身体も疲れていたためか、しばらくぐっすり眠った。しかし、昨夜から寝ていたミッターマイヤーに比べ、ロイエンタールはミッターマイヤーのそばで看病してくれていたのである。その疲れは歴然としていた。ミッターマイヤーが目覚め、その見えない金銀妖瞳にキスを落としてもロイエンタールは目覚めなかった。その美しい寝顔を見ながら、
「お前の寝顔を見るのは何回目かなぁ。こうして一緒に眠ることがあっても、たいてい俺より後に寝て、俺より先に起きているだろう?・・・でも今でも一見寝ているようで、実は起きていたりするんだよな。」
ミッターマイヤーは笑いながら一人ごちだ。
”今日は起きていて、聞いてくれ・・・”
「オスカー、俺がお前に結婚してほしくないっていったら、厚かましいかな。そうだよなぁ。俺は結婚してるのに。お前にだけ・・・。俺は結局そんな男なんだ、オスカー。独占欲が強くってわがままで・・・イヤ、お前もたいがいわがままだと思うけどな」
笑いながら同意を求めたが、全く反応はなかった。
ミッターマイヤーは、こちら側に顔を向けて眠っている愛しい人の耳元でささやいてみた。
「俺のオスカー・・・」ようやく大きな腕が優しく壊れ物のを扱うように抱いてきた。
”やっぱり起きてたな” ミッターマイヤーはちょっと優越感に浸り、その身を預けた。
そして耳元で、低いテノールが囁いた。
「俺はわがままじゃない」ちょっといい雰囲気だったのをぶちこわしにされた気分であったが、抱かれるままにまかせていた。
「ウォルフ、いったいどんな夢を見たんだ? 俺が結婚だなんて話はいったいどこから出てきたんだ?」
しぶしぶミッターマイヤーは最初から話した。
平和な時だったこと、ロイエンタールがモーニングを着ていて、結婚行進曲が流れていたこと、みんなが祝福していたこと、そして・・・
「俺は卿の方へ歩いていったのだろう?」
「ウン。でも・・・」
「卿はどんな格好をしていたんだ?」
「さあ? ・・・!」
グレーの瞳がこれ以上はムリだといわんばかりに開いた。
「それでは、お前は俺と結婚・・・しよう・・・して・・・ん・・・」
言葉の終わりの方は、当たり前だといわんばかりの優しいキスに呑み込まれながらであった。
キスの嵐が舞い落ちて来て、ミッターマイヤーは再び幸せの時を迎えようとしていた。「俺が結婚したいと思う相手はお前だけだ。ウォルフ。」
最高のプロポーズを受けながら、そして、その小柄な身体いっぱいでそのプロポーズに答えながら、二人はまた二人だけの世界へ飛んでいった。ミッターマイヤーがそう望むからそんな夢を見る。ロイエンタールが望むから、ミッターマイヤーに夢を見させることができる。
1999.5.20
再アップ2000.7.7