恋人達の時間
「おめでとう。ロイエンタール」
”おめでとう・・・そう、めでたいことなのだ。
カイザーの信認が高く、重要な任務を与えられたのだ。カイザーは流言をお信じにならず、ロイエンタールを無条件で信じたもうた。喜ばしいことではないか。
この戦いが終わったとき、ロイエンタールがノイエラント総督府として任地に赴くことは、最初からわかって いたことではないか。
ロイエンタールなら何の心配もいらない。立派に任務を果たすだろう。
・・・俺は?
宇宙艦隊司令長官として、激務に追われるだろう。それはロイエンタールとて同じことだ。
ノイエラントはまだ安定しておらず、不穏因子がたくさんある。しかしヤツならば、如才なくまとめることができるだろう。
どう考えても、ロイエンタールの力量に合った任地である。カイザーもロイエンタールならば、とのお考えだったのだろう。俺だってそう思う。本当にそう思っている。・・・なのに。
おめでとう、と・・・なぜ心から言えないのだ”目も合わさずにおめでとうと言われたロイエンタールは、心ここにあらずといった表情の愛しい人の顔をまじまじと眺めていた。考えていることが顔に出る(少なくともロイエンタールの前では)ミッターマイヤーは、自分の心が今、顔に大きく書かれていることに気がついていなかった。ロイエンタールの前では、それだけ自然体でいられるのだ。
この時の、その表情から考えられるミッターマイヤーの気持ちは、ロイエンタールにとって、あまり動かさない表情筋を弛ますものであった。ロイエンタールとて、顔にも口にもださないが、同じ気持ちだったのである。”離れたくない・・・”
お互いにその気持ちが強いのはわかっているのだが、行くなとも行きたくないとも言えず、自然とぎこちない挨拶になってしまうのだった。
ロイエンタールは握手のあと、部屋を出ようとした。”待ってくれ、ロイエンタール。
あああ、世間ではみんなこんな時、何て言って引き留める? しかし引き留めてどうする?
でも、しかし、会えなくなる。任期なんて決まっていない。ノイエラントの住民がすべて帝国に従順したわけではないのだ。そうなるとロイエンタールの任期も自然と延びてくるだろう。
もう少し・・・もう少しだけ・・・そのどうひっくり返ってもかなわない美しい顔やキレイな金銀妖瞳を見ていたい・・・。何といって引き留める?こんな時はどうすれば・・・”必死で考えたミッターマイヤーから自然とこぼれた言葉は、
「抱いてくれ」
ロイエンタールですら、この言葉には表情こそほとんど変わらないものの、かなり驚いた。一方ミッターマイヤーは言ってしまった後になってから自分が発した言葉の意味を理解し、猛烈に赤面していった。
”何てことを言ってしまったんだ、俺はぁ!!!”
ロイエンタールは、昨夜からのミッターマイヤーの異常な素直さに正直なところ驚かされっぱなしなのである。いつもリードを取るのは自分の方であったのに、あの晩からミッターマイヤーに舵を取られ放しな気分のロイエンタールであった。
赤面し俯いたままのミッターマイヤーをしばらく眺め、自分の知っているミッターマイヤーであることを改めて確認し、あっという間にドアの鍵を閉め、硬直したミッターマイヤーをまたベッドに引きずり込んだ。横たえられたミッターマイヤーは自分の顔を手で覆ったまま、まだロイエンタールを見ようとしなかった。ロイエンタールもムリヤリ手を外そうとはしなかった。
ミッターマイヤーは、自分で「抱いて」と言い、またロイエンタールがベッドに連れてきた、ということは・・・と黙って待っていた(かなり期待した)のだが、一向に動く気配のないロイエンタールを不思議に思い、指の間から恋人の顔を確かめた。
ロイエンタールは黙ったまま、ミッターマイヤーを見つめていた。肘をついて横に寝てはいるが、特にどこに触れているわけでもなかった。その真剣な眼差しに、ミッターマイヤーはようやく自分のグレーの瞳をヘテロクロミアと合わせた。
どのくらいの時間が流れたのか、双璧は見つめ合ったままでいた。二人には今ゆっくり出来る時間はなかった。しかし、一晩飲み明かすくらいの語り合いは十分出来た。”今しかない。今しかないんだ。後から後悔してもロイエンタールはそばにはいない・・・”
そんな思いがミッターマイヤーを積極的にした。今度はしっかり目を見つめながら、「抱いてくれ」と小さくいった。ロイエンタールは素直なミッターマイヤーを見ていられるのが楽しくて幸せでしかたがなかった。
身体を重ねるのは何度目なのか。数の問題ではなく、心の問題だった。ミッターマイヤーはあの晩以来、とらわれていたしがらみを外し、自分の気持ちを正直に身体で表現してくれた。今はまさに、離ればなれになる恋人同士の心情をそのまま身体で伝えてきている。
ロイエンタールの美しい瞳を忘れないように・・・
ロイエンタールの鼓動を忘れないように・・・
ロイエンタールが自分をどのように愛していったか・・・営みの最中、ライトも消さず目を開けたまま行為に没頭し、ロイエンタールを忘れないように、そして彼が自分を忘れないように、と、その金銀妖瞳に自分のすべてをさらしていた。その金銀妖瞳はすべてを見のがすまい、と瞬きもせずに愛しい恋人を向かい合ったまま見つめ、ついに押さえきれないで言った。
「・・・おまえだけだ。ウォルフ」・・・たとえ離れていても・・・
「・・・は、・・は・・・」・・・離れたくない・・・
そんな言葉を言ってしまったら、自分は不忠の臣であり、ロイエンタールにも迷惑がかかる。
言葉のかわりに大粒の涙で訴えた。自分でも不思議なくらい、ロイエンタールの前で泣いてしまう。この男の前では、まるで駄々をこねる子どものようになってしまう・・・。「あ、あいして・・いる・・・」・・・たとえ離れていても・・・
涙混じりの声で、これだけは心を込めて言った。
ロイエンタールは”わかっている”と言わんばかりに動きを速めることで答えた。
そしてこの恋人達は最後の二人の世界へ飛んでいった。
恋人達の最後の時間としては、あまりにも短いひとときであったが、お互いがお互いにとって必要不可欠な存在であり、たとえ離れて暮らしたとしても、心だけは離れられないことを確かめ合って、帝国の双璧はノイエラントとフェザーンに別れていった。距離が何万光年と離れていても、心だけはこの世で最も近しいところに存在する。それを確かめ合った後、別れは寂しいが、悲しくはない。
いつか再びお互いのすべてを確かめ合える日が来ることを、双璧は待ち望んでいた。
1999.5.26
再アップ2000.7.7