切り裂きジャック事件

長いです〜(汗)

「切り裂きジャック!?」
 
 高級士官クラブ「海鷲」に集まっていたミッターマイヤー元帥、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、ミュラーら上級大将らは、憲兵総監ケスラーの報告に声をそろえて驚いた。ただひとり眉をあげただけの元帥もいるが。
 ケスラーは無言で頷き、話を先に進めた。
「この1ヶ月あまり、この首都オーディンを騒がせている、女性ばかりを狙った連続殺人について調査したところ、」
「連続殺人なのか?」ここでビッテンフェルトが話をはさんだ。
「殺害の手口が一般に公表していないにもかかわらず、同じであることより模倣殺人ではないと考えられます。被害者に関しましては、1、2番目は平民の女性ですが、3番目の被害者は貴族の女性です。」
ケスラーがここまで言って止まったのを全員が理解した。貴族の女性も殺害されたということは、貴族が平民をただいたぶるための殺人ではないということだ。
「犯人の目星はついているのか?」ミッターマイヤーが尋ねた。
「いいえ。それどころか目撃証言もなく、犯人像すらつかめておりません。貴族の女性に近づける人物らしいというのが、先週起こった3番目の殺人で唯一わかったことです。
今後、パトロール隊の巡回回数を増やすなど都内の警備を強化し、むやみに夜間外出しないように呼びかけるしか、今のところ手はありません。みなさんにもぜひご協力頂きたく思います。これまでの3回の殺害により、犯人は約10日ごとに殺人を犯しています。もしこれが犯人のパターンだとすれば、ここ2、3日内に犯行を起こす可能性があります。」
「さっきの『切り裂きジャック』っていうのは、何のことなんですか?」
 全員が疑問に思っていたことをミュラーが尋ねた。
「殺害の手口を、過去の犯罪記録で検索させていたところ、19世紀末期に同じような連続殺人があったことが判明したんです。犯人ジャックは女性ばかりを狙い、殺害方法は心臓をナイフで取り出すといった方法でして。」
「ナイフでそんなに簡単に心臓を取り出せるのか?」
 ビッテンフェルトは苦虫をつぶしてような顔をした。
「彼は医学生で、心臓の部位、血管走行など熟知していたと思われます。」
「なんで女ばかりを狙うんだ?弱いからか?」ルッツが聞いた。
「彼は幼少のころ両親に捨てられ、10歳代前半である貴族に拾われ、医学を学ぶようになったんですが、その貴族の女性というのが・・・」全員がその先を固唾を飲んで待っていた。「彼に夜な夜な性の相手をさせていたそうで、彼はそのことで女性に対する憎しみを持ってしまったようなんです。」
「だからって他の女を殺すことはなかろうに。」ワーレンはもっともらしくつぶやいた。
「のちの犯罪心理学の専門家の分析によると、彼のように幼い頃に愛情を、特に母親から受けなかった場合、精神的にもろいといわれています。おそらく彼もそうだったのでしょう。女性への恨みとそのもろさの間で揺れ、そのバランスが崩れたとき、殺人に走ったのではないかとみられています。」
「それでその彼はどうやって捕まったんだ?」
「いえ、彼を逮捕することはついにできませんでした。当時の警察の分析能力は今とは比較にならないほどのものだったこともその一因と考えられます。」
「では、この時代なら同じような犯罪を犯した者は、必ず捕らえられるということか?」
 今まで黙ってグラスを傾けていたロイエンタールが初めて口を開いた。しかも皮肉をこめて、挑戦的に。
「もちろん微力を尽くすつもりです。」というケスラーの答えに、ロイエンタールは口の端を歪め、鼻で笑った。
「そうだよな、頼むぞケスラー」と皮肉屋を睨みながらミッターマイヤーはケスラーに言った。
「では私は仕事に戻ります。」
そういってケスラーは忙しそうにクラブを出ていった。
「女にとっちゃ怖い事件だよなぁ」ビッテンフェルトはグラスを一気に開けながらいった。
「別に女だけとは限らんだろう。次は男をねらってくるかもしれんぞ。」
 ワーレンは半分からかいながら、ビッテンフェルトの肩をたたいた。
「それにしても、心臓を取り出すなんて・・・女への執念みたいなのを感じますね。」
 ミュラーは誰に問うでもなくつぶやき、一人を除き、全員が同調するように頷いていた。
そんな中でロイエンタールは突然立ち上がった。ミッターマイヤーは驚きながら「どうした?」と聞いたが、一言「帰る」と素っ気なく答えただけであった。
「あいつ、最近つきあい悪くないか?」ビッテンフェルトは遠慮なく聞いてくる。ワーレン、ルッツは手振りで彼を押さえようとしたが、当然、間に合わなかった。それに対しミッターマイヤーは、そうかな、と軽く笑っただけだった。確かにここ1ヶ月あたり、彼は飲みにさそっても断ることが多くなった。特に仕事が残ってるという風にも見えないのに・・・。
”ん?1ヶ月・・・? ” 頭をフッとよぎった疑問をミッターマイヤーは振り払った。
 それから3日後、上級大将以上の将官に緊急会議の連絡が入った。4人目の犠牲者がでたのである。
 即位してまだ間もないの皇帝の前に上級大将以上の者がそろった。ラインハルトはそれぞれの顔を見ながら、
「卿らもすでに聞いているだろうが、昨夜再び事件が起こった。詳しいことはケスラーから報告してもらうが、今回は目撃証言があった。ケスラー。」
 ケスラーは皇帝の指示により昨夜の事件について説明し始めた。
「昨夜、23区においてアンネロッテ・ベッケン、25歳が心臓を取り出され殺害されました。死因は大量出血による失血死です。遺体の状態から考えると、例の連続殺人犯による犯行と考えられます。被害者は仕事を終え、友人と飲みに行った後、夜中に最近知り合った男と待ち合わせていると友人に話しています。深夜、女性の悲鳴が聞こえたと近所の者が言っていますが、それが被害者のものかはっきりしません。しかし被害者が殺害されたほぼ直後と思われる頃、たまたま通りかかった酔っぱらい2人が走り去る犯人と思われる人物の後ろ姿を目撃しました。」ここまで一気に話し、一息ついたためラインハルトが後をついだ。
「その目撃証言によると、犯人は長身の男、黒髪であったということだ。」
「犯行現場は明るかったんですか?酔っぱらいということでしたが、その目撃証言に信憑性はあるのでしょうか?」ミッターマイヤーがまず質問した。大将たちも頷いた。
「昨夜は月明かりもあり、ある程度はみわたせたと思われます。また、酔っぱらいと表現しましたが、アルコールが入っていた、くらいの酒量だったと本人たちは言っています。背格好や走り方などより男というのは間違いなさそうですが、黒髪ということになると、黒っぽかったというだけで、実際は帽子でもかぶっていた可能性もないわけではありません。」
「結局男ということがわかっただけか・・・」ビッテンフェルトがまた遠慮なく言う。
ケスラーは、ビッテンフェルトの言を特に気にするようでもなく、黙ってやや俯いた。全員がケスラーを見つめ、無言の催促の視線を感じて、なぜかためらいがちに話しを続けた。
「・・・実は、昨夜の犯行で犯人は初めて凶器を現場に残していたのです。」全員に驚愕の表情がはりついた。約1名はその皮の下でのみであって、はたからみると全く驚いているようには見えなかった。 ケスラーは全員を見渡しながら続けた。
「ナイフは実に凝ったデザインの非実用的なもので、骨董品とまでは申せませんが、かなり貴族的なナイフといえるでしょう。今のところ出所はわかっておりません。そしてそのナイフには『R』というイニシャルと思しきものが刻印されていました。」
「そのナイフは間違いなく犯行に使用されたものなのか?そんな骨董品のような物で、簡単に人を傷つけることができるのか?」ミッターマイヤーがせっついた。
「被害者の傷口と一致しました。またナイフに付着していた血液が被害者のものと判明しましたので。」
「指紋はあったのか?」ルッツが冷静さを取り戻して聞いた。
「いいえ。おそらく手袋でもはめていたのでしょう。あとはこのナイフの出所を探り当て、ここから犯人に結びつかないか調べます。」
ラインハルトはきつい口調で、
「犯行はやはり約10日おきに行われている。今度の犯行も日取りの予想はつく。しかし犯行場所、被害者ともに共通点はない。今のところ無差別ともいえる。もう犯人に次の機会など与えないようにしなければならない。その対策を卿らにも考えてほしいと思い、今日集まってもらった。意見はないか?」
 話し合いの時間は長かったが、結局ケスラーがこれまで十分と思われるほど配置していた警備を倍に増やし、都民への注意を喚起しておくことで話は終わった。
 退室後、ロイエンタールとミッターマイヤーは肩を並べて歩いていた。
「それにしても、どうやってケスラーのあの包囲網をくぐって殺人を犯し、逃げ失せたんだろうな。」ミッターマイヤーは疑問に思っていたことを口にした。
「さぁな。」
「憲兵隊に手落ちがあったとは思えん。ケスラーの警備や包囲網はその都度変えられている。警備範囲の予想でもついたのだろうか。」
「我々は知っているではないか、その警備範囲とやらを。」ロイエンタールは前を向いたまま、素っ気なく言った。
「俺たちが知ってたって・・・。」そこまでいってミッターマイヤーは立ち止まった。ロイエンタールは前を歩いていく。ミッターマイヤーはその後ろ姿を驚きの目で見ながら、立ち止まった。
”犯人は長身の黒髪。長身の男は多い。黒髪だってたくさんいる。あの包囲網をくぐり抜けた。包囲網を知っていたのか? なぜ? 上級大将以上の者なら知っている。憲兵隊は各部隊の隊長以外には寸前まで知らされない。なぜ犯人は知っていた?それとも偶然逃げおおせたのか?そして骨董品のようなナイフ。貴族の物? 『R』の文字。『R』?
まさか・・・ !?
「切り裂きジャックは母親の愛情を受けなかったのです。」ケスラーの言葉が頭の中でこだまする。
・・・まさか・・・!?”
 振り返って、立ち止まって自分を見つめたまま考え事をしている親友を不思議に思い、ロイエンタールも立ち止まり、「どうした?」と声をかけた。
”そんなはずはない、ロイエンタールが殺人なんて・・・”と、この疑惑を頭から振り落とすかのように首を横に振り、「なんでもない」と笑顔になった。
”ロイエンタールを疑うなんて俺はどうかしている・・・。”
「飲みに行くか?」最近では珍しくロイエンタールから誘ってきた。親友に満面の笑みを返しながら疑ってしまった後ろめたさを払うように大きな声で「ヤー」とこたえていた。
 それからちょうど10日後のことだった。ケスラーら憲兵隊の努力にもかかわらず、5番目の殺人事件が起こった。その夜は雨が降っていた。再び御前会議が開かれ、提督たちもそろったが、ロイエンタールが珍しく欠席していた。
 ラインハルトは苛立っていた。
「ケスラー。これで被害者は5人になったぞ。憲兵隊は何をしている。」
 それでも語気を荒げないでいった。
「昨夜の被害者の女性は、小型のナイフを握りしめておりました。犯行に使用された物ではないことは、検視の結果より明らかです。そこで考えられるのは、被害者が犯人に抵抗した時に、護身用に所持していたナイフを取り出し、犯人を傷つけた、あるいは傷つけようとしたものではないかと考えられます。残念ながら昨夜の雨により、血液なども洗い流されてしまっており、犯人の特定には結局結びつきませんでした。」
 その後皇帝の苛立った声を中心に会議は進められたが、ミッターマイヤーの思考は別のところへ飛んでいた。
”みなは気づいているだろうか・・・? いや、ロイエンタールの両親との確執を知っているのは俺一人だ。奴はなぜ欠席している? 昨日特に体調が悪いようには見えなかった。何か事故でも・・・? いやそれなら全員に連絡がくるだろう。ではなぜだ?
まさか・・・まさか、目立ったところに怪我でも・・・なんで怪我を負った・・・?
まさか!”
 ミッターマイヤーは先日の疑問が再びわき上がっていたが、前回のように簡単にその疑惑は振り払えなかった。
”そうだ、奴に会えばわかる。突然風邪気を帯びたのかもしれない。そうだ。そうだよな・・・”
 会議のあと、他の仕事もそこそこに、ミッターマイヤーは執務室を飛び出し、ロイエンタールの家へと急いだ。ドアが開くのももどかしく、執事の取り次ぎも無視して、ロイエンタールの部屋に飛び込んだ。しかし彼はいなかった。
 執事が追いついてきて「旦那様は昨日から別荘にいっておられます。」と息をつきながら教えてくれた。
 別荘の場所を聞き、また飛び出していった。
 別荘は郊外にあった。
 そこは年老いた別荘管理人がいるだけらしく、彼が案内してくれた。
 部屋は暗かったが、ベッドの上に気配を感じ、「ロイエンタール?」と呼んでみた。
返事がないので顔をのぞき込むと、奴はやや早い呼吸をしながら眠っていた。
「熱があるのか?」管理人に聞いてみた。
管理人はややためらってから話し始めた。
「・・・夕べ遅くに一人でおいでになりました。腕に怪我を負われておいでで、手当のあとぐったりとするように寝てしまわれました。ひどく雨に打たれてしまったようで・・・びしょぬれでございました。今朝からお熱がひどく・・・」
「なぜ大本営に連絡しなかったのだ?」
「はい、旦那様が誰にも話すな、とおっしゃられたもので・・・」
「俺には良いのか・・・?」
「・・・ミッターマイヤー閣下のことは以前から存じ上げておりましたし、・・・あの・・うわごと何度も呼んでらっしゃったので・・・私の一存でそうさせていただきました。どうぞ閣下からお医者様に診ていただくよう説得なさって下さい。」
「医者は呼んでないのか?」驚いて聞いた。
「はい、とにかく休んでればよいから、とおっしゃられ・・・」
 その後、「旦那様をお願いします。」とつぶやき、一礼して彼は出ていった。
 ロイエンタールは話の途中から起きていたらしい。
「よけいなことを・・・」静かにいった。
「ロイエンタール、気分はどうだ?」
「あぁ、ちょっと熱がな。」大きく息をはきながら言った。
「・・・なぜ医者に診せない?」やや咎める口調で言いながら、そばにあった椅子を引き寄せた。ロイエンタールは黙ったまま、瞼も開けようとはしなかった。
 しばらくの沈黙をミッターマイヤーの方から破った。
「卿は何か俺に隠してないか・・・?」静かに聞いてみた。
「・・・」あいかわらず黙ったままので、続けて質問した。
「昨夜はどこにいたんだ?その怪我はどうしたんだ?」
「何のために聞いている」返答とも質問ともとれる口調でやっと口を開いた。
「夕べ、5番目の殺人事件が起きた」返事はない。「犯人は被害者が持っていた小型ナイフで傷を負っている可能性がある。卿は昨日どこで何をしていた?」
 反応すらない。
「正直に話してくれ。卿は、卿は・・・、夕べどこでその怪我を負ったんだ? なんで雨に濡れて滅多に来ない別荘なんかに・・・」と、そこまで話して顔を上げ、やっと気がついた。ロイエンタールはまた眠りに落ちたようだった。額に触れてみると、かなり熱い。
”なんで医者を呼ばない・・・? 報告でもされてはまずい傷なのか? やはり・・・やはり卿なのか? 否定してくれないのか・・・? ロイエンタール。
 ミッターマイヤーはロイエンタールの胸の上に頭をのせ、彼の心音を聞いていた。脈は早いが規則正しく打っている。
 自然と涙があふれてきて、ミッターマイヤーは自分で驚いた。
”このままロイエンタールを失うのか・・・?
 奴の傷がばれただけで犯人とは断定できないだろう。だが、憲兵隊に目をつけられて逃げられるはずはない。そうだ。殺人犯なら庇うわけにはいかない。しかし捕まったらロイエンタールはどうなる?5人の女性を殺害したら、どんな弁護もきかず、死刑か・・・。いや元帥なら死刑にならないかもしれないが、それにしたって、俺はこいつを失ってしまうだろう。ロイエンタールがいなくなる・・・?”
 考えたこともなかった想像にミッターマイヤーは、事態の深刻さを認識しながら、頭のどこかではロイエンタールを失いたくない、という気持ちが強くあることに気がついた。俺は・・・いやしかし殺人犯だぞ・・・。ロイが殺人犯じゃなければ・・・。ロイに止めさせることができたら・・・。そうだ少なくともこれ以上殺人を重ねさせるわけにはいかない。”
 ミッターマイヤーは顔を上げ、ロイエンタールの顔をのぞき込み、小さく頷いた。
 まるで自分に言い聞かせるように。

 それから8日後の夕方、カイザーの元を辞したミッターマイヤーは、入れ違いで呼ばれたケスラーに会った。ケスラーは誰の目から見ても疲れている。目が血走っている。無理もない。5人もの被害者が出ている中、犯人の目星すらついていないのである。
”・・・本当についていないのだろうか。ロイエンタールはあの後、次の日には何事もなかったような顔をして出勤してきた。カイザーの元へ無断欠勤をわびにはいっていたようだが。”
 ミッターマイヤーはつい、尋ねてしまった。
「犯人の目星はついたのか?」言ってしまってからミッターマイヤーは後悔した。
 ケスラーは黙って首を振った。
「ですが、おそらく明日と思われる犯行を阻止することに全力をあげたいと考えております。」
「そうだな、俺も協力するよ。」
”この俺がどう協力するっていうんだ。犯人を知っていながら、ケスラーが無能呼ばわりされるのを黙ってみているだけのくせに・・・。”
 ミッターマイヤーが強烈な自己嫌悪に陥りかけたとき、ケスラーは一礼してカイザーの執務室へ入っていった。
”そうだ。俺は協力する。次の殺人を起こさせない。だから許してくれ、ケスラー。”
 ひそかにミッターマイヤーはロイエンタールの別荘の管理人と連絡を取り合っていた。彼はロイエンタールの幼い頃を知っており、先日の急な訪問がどういった意味を持つのか、うすうす感じたらしく、帰り際にミッターマイヤーに相談したのだった。
 殺人が起こる可能性が高いその日がやってきた。
 ミッターマイヤーはロイエンタールを飲みに誘った。返事はあまりすすまないといったものだった。
「何か予定でもあるのか?」
「・・・いや」
「なら良いではないか。久しぶりだし・・・」ここから声を落としていった。「傷は治ったのだろう?」
ロイエンタールは実は不思議に思っていた。
”あの日、高熱にうなされながらもミッターマイヤーと話したことは覚えている。この傷のことをしつこく問いただしてきた。俺は答えていない。なのにあれからミッターマイヤーはそれ以上聞いてこなかった。いったいどう納得してるのだろう?・・・それとも今日これから問いただすつもりか・・・。”
 ロイエンタールは大きくため息をついた。
「で、どこに行くんだ?」
「先日の卿の別荘はどうだ? 静かで誰にも邪魔されんだろう?」
ロイエンタールはあっさり承諾した。
”よし。ここまでは俺の考えた通りにすすんだ。
エヴァには帰らないと伝えてある。戸締まりを厳重にし、絶対に外出しないようにいって。
それから・・・”
 別荘の管理人は軽食を用意してくれていた。ロイエンタールが連絡したからであるが、実はミッターマイヤーとも事前に約束してあったのだ。
 上着を脱ぎ、お互いリラックス状態でいつものように飲み始めた。そう見えたと思われるが、実はミッターマイヤーは緊張で固まっていた。
「実はなロイエンタール。今日はいいワインが手に入ったんだ。だから卿と飲もうと思って・・・」自分にはいいわけとしか聞こえなかった。
「卿のワイン倉にあるような逸品ではないが、珍しいんだぞ」
「ほう、どこで手に入れた?」
「・・・もらいものさ」ミッターマイヤーは目を合わせることが出来ず、黙ってワインをグラスに注いだ。
 軽くグラスを合わせ、カチンという音を合図に飲み始めた。
”俺が飲んじゃいけない。即効性なのだ。”
 少し飲んだだけでロイエンタールはおかしい、といった目をミッターマイヤーに向けて、見つめていた。やがてそれは凄みを増して、真っ向から睨み付けた。
「どういうことだ、ミッター・・マ・・・」
 どさり、とソファに崩れ落ちた。ミッターマイヤーは立ち上がって、それ以上落ちないように体を支えた。
 それからロイエンタールの体を自分の背中に背負い、引きずるようにベッドに運んだ。
「始めっからベッドで飲んでいたら楽だったのに・・・」息をつめながら、俺はひとりごちた。ロイエンタールの衣服をゆるめてやる。必死に運んできたためか、スラックスにワインがこぼれていたことに気がつかなかった。予定にはなかったが、シャワーを浴び、服の洗濯を管理人に頼み、後はまかせて帰るよう指示した。
 二人きりで残され、ミッターマイヤーはしばらく美しい友人の寝顔を見つめていた。
そして静かにベッドに上がり、ロイエンタールの頭を自分の心臓の上に乗せるように腕枕をした。
「重いな」わざと声を出して笑ってみた。規則正しい寝息を立てて眠る友人をだました罪悪感をぬぐい去るように。
”ロイエンタール。
ロイエンタール、すまない。しかしこれで今日卿は人を殺せない。そうだろう?
俺は止めたかったのだ。だまして済まなかった。
もしも卿が目覚めて、人を殺めたいと思ってしまうなら・・・その時は俺を殺せ。
な、ロイエンタール。そして俺で最後にしろ。
明日の朝、卿が冷静だったら、一緒にケスラーのところへ行こう。”
 静かな夜だった。ミッターマイヤーはその静けさに耐えられず、眠る友人に話しかけた。
「それにしても卿と知り合って何年になるかなぁ。最初は合わない奴かなって思っちまったんだぞ。だって卿と俺とは共通点なんてないんじゃないかと思うくらい、いろんな面で違ったじゃないか。そうだろ?」合わないと思った友人の顔をのぞき込んだ。
「今ではお前と俺とで『双璧』なんて呼ばれて・・・。俺が卿にかなうところなんて、俺には見いだせないのに、卿と同等に並べてもらって。俺は卿に追いつこうと必死だったんだぞ。」
 焦点の合わない目で天井を見つめていた。
 当たり前だが返事はない。
 自分で眠らせておいて・・・侮蔑を感じ、これ以上自分を正当化することができなかった。
「俺は卑怯だな、ロイエンタール。卿に力で及ばないからって薬を使うなんて・・・。
だが、これ以上殺人を犯してほしくなかったんだ。考えに考え抜いた方法なんだ。俺は先日ここで卿に会った後、卿が自首してくれるのを期待していた・・・。」
”本当にそうか?
もしそう思っていたなら、俺はもっとお前を問いつめて、非難して、ケスラーに話していただろう。
俺は結局のところどうしたかったんだ? 今日の殺人を防いだとしてもロイエンタールが捕まらない限り、殺人は起こり続けるかもしれない。ロイエンタールが捕まらない? どうして? 俺はさっき朝になったら自首をすすめるつもりでいたのではなかったのか・・・?”
 美しいその殺人者は、ミッターマイヤーの考えなど関係なしと深い眠りについている。
 今、金銀妖瞳は何を見ているのだろう。
 その顔をじっと見つめているうちにまた涙があふれてきた。
”俺はずいぶん泣き虫だったようだな、ロイエンタール。お前が俺を泣かしてるんだぞ。”
 ロイエンタールの頭を抱きながら、ミッターマイヤーはしばらく静かに泣いていた。
 どうやらそのまま眠っていたらしい。
 しかし目が覚めても、隣りで眠る美しい捕らわれ人はまだ眠りから覚めていなかった。
「おはよう、ロイエンタール」そういってロイエンタールの額にキスをする。
「でも、まだ朝じゃないから、もっと眠っていろよ。」
 もう一度眠りにつこうか考えたが、妙に目がさえてしまって眠れそうにない。
”それにしても、腕がしびれて感覚がないな。”
 それでも動くつもりはなかった。ロイエンタールの頭を胸に抱え、その頭に話しかけた。
「ロイエンタール、俺はな。卿がずっと心配だった。俺がこんなことをいうのもおこがましいが、本当だ。いつもあぶなっかしいとハラハラさせてくれやがって」
 そういいながら、開いている右手でロイエンタールの髪を梳いてやった。
 そのまましばらく指に髪をからませながら、じっと寝顔を見つめていた。
 ロイエンタールが小さく呻いた。ミッターマイヤーはびっくりして、手を離したが、ロイエンタールは目覚めたのではないようだ。
「この体制、眠りにくいか?」しばらく考えた後、
「そうだ! 俺が子守歌を歌ってやる。ぐっすり眠れていい夢が見られるぞ!」
ロイエンタールが起きているときなら、決してできなかったであろうことを思いついた。そしてひょっとしてロイエンタールは子守歌を歌ってもらったことがないのではないかと思ったからだ。
「そうだなぁ・・・俺もうる覚えなんだが・・・。
  
  ”眠れよい子よ〜、岩や牧場に〜。
   とりやひつじも〜みんなねむるよ
   月は窓から〜銀の光を〜
   そそぐこの夜〜眠れよい子よ〜”

ウホン。どうだ、ロイエンタール。俺もなかなかうまいだろ?
この子守歌は俺の母親がよく歌ってくれたんだ。なんでもウォルフガングという作曲家の名前がついてるんだ。『モーツァルトの子守歌』だったかな。とにかくこの歌を一番よく覚えているんだ。他にも知ってるぞ。
コホン。 
     ”眠れー眠れー母の胸にー
      眠れー眠れー母の手にー”
・・・・・・?
     ”ラーララララララーラーラーラララララー
      眠れー眠れー 母の手にー・・・?”

いや覚えてないわけじゃないぞ !!! ちょっとど忘れしたかっただけだ!」
も しもロイエンタールが起きていたら、皮肉を込めて唇の端をあげていたかもしれないと思い、あせった。
”ばかばかしい。俺が照れてどうする。”
「今日は俺はお前の母親の代わりになれたら、と思って。
いや母親の愛情というものの代わりはできるものではないな。でもな、オスカー。俺はお前を大事に思っている。お前を失いたくない。俺は母親になったことはないから母親が子供にささげる愛情というものは、想像でしかないが、・・・オスカー。今お前は確かに俺に愛されているぞ。いやっ恋愛の愛じゃなくて、愛情の愛だぞ。」
”何をあせって弁解してるんだ、俺は。そんな勘違いするわけないじゃないか。ましてロイエンタールは眠っている。”
「だから殺人なんかやめてくれ。な、オスカー。」
 ロイエンタールの額に再びキスをする。母親が子供におやすみなさいというように。
「おやすみ、オスカー。朝までずっとこのままでいよう。な、オスカー。」
 
 浅い眠りの後、慌てたようなノックの音で目が覚めた。
「・・・? 朝か。」
 再びせっつくノックの音に、重い体を起こした。ロイエンタールはまだ眠っている。
 ドアを開けると管理人の慌てた顔がいきなり飛び込んできた。
「閣下!あ、あの旦那様は・・・。あの、昨夜は・・・ハァ」
「落ち着いたらどうだ?ロイエンタールならまだ眠っているが・・・?」
 息をきらした管理人はかなり慌てているようだ。
「昨日はずっとここにお二人ともいらしたのですか?」
「ああ・・・」
「あぁ、なんてことでしょう・・・」管理人はうずくまってしまった。
「おい、いったいどうしたんだ?何かあったのか?」
 俺は、突然立ち上がった管理人に廊下に引っぱり出された。
 管理人はこっそり耳打ちしてきた「じ、実は、昨夜殺人事件が起こりまして・・・」
「なにぃ!?」思わず大声を出してしまった。ずいぶん冷静さを失っていたと後から思い出して笑った。「しーーーっ」管理人の方が落ち着いてきた。
「それが、例の連続殺人犯だそうで、犯人は亡くなったそうです。あたしは、てっきり旦那様が・・・と思いこんでましたので。旦那様がお亡くなりになったのかと・・・」
 ミッターマイヤーは頭が混乱してきた。
「それは本当のことか?」
「はい・・・、朝からそのニュースで持ちきりで。ここにはビジフォンもありませんので、なんの情報も入ってきませんでしょう? それで飛んできたわけでして。旦那様はご無事なんですね。」
ますます頭の中に?マークがわいてきた。
「? ん? 犯人が死んだ・・・? あの連続殺人犯が? ではロイエンタールは・・・。」
 二人で顔を見合わせたまま、止まってしまった。
 昨夜のことはミッターマイヤーと管理人がどちらもロイエンタールが犯人だと思いこんでいたことがわかり、相談して諮ったことだった。しかし・・・。
「どうやら俺たちは勘違いしていたらしいな・・・」
 ミッターマイヤーはあまりのことに気が抜けて座り込んでしまった。勝手に勘違いしていた自分にあきれるとともに、ロイエンタールを失わなかったという安堵感もあり、大きなため息をついた。
「閣下・・・?」
「あぁすまなかったな。いろいろ。お前の主人を疑ってしまって・・・」
「それは・・・あたしも同罪でして・・・。旦那様に申し訳が立たないです。」
しょんぼりする管理人に笑って、「大丈夫だ。これからもロイエンタールを頼む。それからまた走らせるようだが、もう少し詳しい情報が知りたいんだが、頼めるか?」
「は、はい。では急いで行って参ります。では改めて旦那様をよろしくお願いします。」
 管理人が出ていった後、俺はそのまま動けなかった。
”ロイエンタール。
お前は・・・。いや俺はとんでもない勘違いをしていたようだ・・・。
なんて奴だ。親友を勝手に疑ってしまって・・・なんて情けない。”
 ロイエンタールはまだ眠っていた。
 眠っているロイエンタールにミッターマイヤーは土下座した。
「すまない、ロイエンタール。お前を疑ってしまって・・・。あげくに薬を使って眠らせて・・・俺は情けない奴だ。もう親友なんて呼べないな・・・。」
 あまりの情けなさに、自分にあきれて涙がでてきた。
「ロイエンタール、ほんとに俺、どうやって償えばいい?何でもする。何でも言ってくれ!」
「・・・その言葉、本当だな?」
「えっ・・・?」あまりに驚きに変な声がでた。
 顔を上げると金銀妖瞳がこちらを見ていた。
「ロイエンタール、俺・・・」
「もう、オスカーと呼んでくれないのか?」口の端でニヤリと笑った。
 しばらくその意味を理解できず、キョトンとしてしまった。やっとその意味が脳天に達したとき、耳の裏まで全部真っ赤になったことも自覚した。
「な、なんで?どこから起きていた?」
「よい子守歌だな、ウォルフ。卿の歌声はまさに子守歌だったぞ」ニヤリ顔のままじっと
見つめられ、ますます冷静さを失っていった。
「それにしてもひどいよな。連続殺人犯? この俺が?・・・女如きを殺して自分の人生を無駄にするほど俺は落ちぶれちゃいないぞ」
 ロイエンタールは怒っているという感じではなかった。それでもやはり罪悪感が抜けず、
金銀妖瞳を正視できなかった。
「俺は・・・」
「確かに親友とはもう呼べないな。」
 怒ってないかも、とちょっと期待したところにきつい一言が降ってきた。いや自分でもそう思っていたし、ロイエンタールがそう思うのも仕方のないことだった。
 俯いてままのミッターマイヤーをいきなりベッドに引きずり込んだ。
「えっ・・・?」
「何でもしてくれるんだろう?」
「・・・あぁ俺に出来ることなら、何でもする。償いをさせてくれ、ロイエンタール」
「オスカーだ。」
 また顔が赤くなっていくのがわかる。”なんで俺、ドキドキしてるんだ?”
「おはようのキスを」
 ちょっと目を見張ったが、おやすみのキスと同じように額にキスした。ロイエンタールの金銀妖瞳が睨んでくる。”?・・・何か足りなかったか・・・?” 
「あ。おはよう、オ、オスカー。」つとめて明るく言った。
 まだロイエンタールは憮然としている。
「・・・卿の言うとおり、俺は母親からあいさつのキスをもらったことなどなかった。しかし恋人同士のあいさつがそんなものなのか?」
 ミッターマイヤーには何がいいたいのか、わからなかった。ロイエンタールが自分の独り言を聞いていたと思っただけで頭がパニックになったからだ。
”ん?・・・恋人?”
 そんなミッターマイヤーをみて業を煮やしたロイエンタールは、見本だと言わんばかりに、
「おはよう、ウォルフ。」 といっていきなりキスしてきた。しかも唇に。
「なっ!?」 絶句というのはこういうことだろう。
「おはようのあいさつは?ウォルフ。」
 ミッターマイヤーは、もうずっと真っ赤っかな状態で、ようやく抗議した。
「い、今したじゃないか!」
「今のは俺のあいさつだ。卿にはこれから毎日おはようのあいさつをしてもらう。」
 再び絶句した。毎朝会うわけでもあるまいに。まさか・・・
「もちろん総督府でだ。俺は一向にかまわんぞ。それとも毎朝俺の官舎にあいさつしに来るか?」
 ロイエンタールは読心術の心得でもあるのだろうか?
 ロイエンタールにしてみれば、ミッターマイヤーの表情を見ていれば、考えていることくらい容易に想像がつくのである。それだけ表情豊かなのをミッターマイヤー自身は気づいていない。
「おはようのあいさつは?」
 ミッターマイヤーは覚悟を決めた。”ウォルフガング・ミッターマイヤーに二言はない!”
 思いっきり目をつぶったまま、ほんの一瞬唇が触れた。
「おはよう、オスカー」これでいいか、といわんばかりに睨んでみた。
 ロイエンタールは笑っている。ミッターマイヤーでも滅多に見ることがないいい笑顔だった。
 本当は心の中で最初はこんなもんか、と考えていたロイエンタールであった。
 後日、ロイエンタールに改めて尋ねた。怪我の原因をである。
「前に話しただろう。俺の命をねらった女。あの女に俺を殺してみろ、と酔った勢いで言った。あの女から別にナイフを取り上げていたわけではなかったからな。だが油断したな。
それとも俺が落ちぶれたのだろうか。どちらにしても、女に切られたなんていったら、また卿の説教が始まるではないか。」
「卿はまだその女と別れてなかったのか!感心しないといっただろう。」
 そらみろ、と言わんばかりにミッターマイヤーはロイエンタールの胸をポンと叩いた。
「それで、そのまま執事には怪我についても黙って別荘に行ったのは良かったんだが、途中でランドカーがおかしくなってな。戻るよりは別荘の方が近かったからな。」
「なんで医者を呼ばなかった? 化膿でもしたらどうするつもりだったんだ!」
ロイエンタールは黙ってしまった。”医者に診せたら原因を聞かれ、あの女はどうなることやら・・・。いやあいつがどうなろうと俺の知ったことではないか。”
「もう全快したから良いではないか。それよりミッターマイヤー。」
「なんだ?」
「今日の朝のあいさつは、まだだぞ」
「くっ」
 めいっぱい悔しそうな顔をして睨み付けたが、ロイエンタールにはなんの効果もなかった。
 全く毎朝毎朝、これからもずっとご丁寧に俺の執務室に現れるつもりじゃないだろうな、とミッターマイヤーが心の中で疑問に思った瞬間、
「もちろん、そのつもりだ。本来ならおやすみのあいさつも加えたいところなんだぞ。なんなら・・・」
「いや、いい。朝だけで充分だよなぁ、ウン」
 ロイエンタールには絶対に読心術の心得があるに違いない!と思いながら今日も律儀にキスを送るミッターマイヤーであった。
 ・・・だって卿は俺を愛してると言ってくれたではないか。
 ロイエンタールはその言葉を思い出す度、胸が熱くなり、かつてない幸福感に包まれるのであった。

 一方、連続殺人の事後処理に追われていたケスラーが、犯人をとらえる寸前に死なせてしまい、その時に負った怪我のために入院している部下に面会を求められ、病院まで足を運んできた。
「こんなところまで来ていただいて申し訳ありません。憲兵総監閣下。」
「いや、大事な話だそうじゃないか、話してみてくれ。犯人についてか?」
「・・・はい。」
 わざわざ呼びつけた割には、まだ迷っているらしかった。こんな時あせらせては部下が萎縮してしまうであろうことをケスラーは充分理解していたため、黙って待っていた。
 やがてゆっくりと話し始めた。
「あの時、犯人を捕らえようとして、ライトをもったまま、奴に飛びかかったんです。」
 そのことはすでに報告を受けていたが、ケスラーは黙って先を促した。
「あの、実は犯人の顔は見えなかった・・・と報告したんですが、実は、あのぉ・・・」
 ケスラーは驚いた。虚偽の報告がどのような罪にあたるのかわかっているのだろうか。
「あの嘘の報告について・・・小官なりに考えたことなんです。ですが、今日憲兵総監にお話しして、もし小官の判断が間違っているようなら、罪はつぐないます。ですが・・・」
「話してみてくれ」ケスラーはここでやっと口を開いた。
「犯人の顔が、・・・あのどう見てもロイエンタール閣下だったのです。」
予期しなかった答に冷静沈着なケスラーは少なからず驚いた。
「犯人がロイエンタール元帥だと、卿はいうのか・・・?」
「いえ、小官は雰囲気の話をしているのであって・・・。それにあの犯人の目は両目とも
ブルーでした。ただ、本当に雰囲気というか背格好というか似ておりました。でも犯人はその後逃げ込んだ自分の隠れ家で爆死しましたし・・・。顔を見たのは小官だけで・・・ひょっとして動転していたのかも、との考えをありましたので。」
 ケスラーは考えていた。
「いや卿の判断は正しかったと私も思う。卿に罪は問わない。だが・・・」
「決して口外致しません。お約束します。」
 ケスラーは頷いて、病室をでた。
 犯人は帝国貴族、かつてリップシュタット戦役の時にブラウンシュバイク候につき、ラインハルトが権力を握ってからは、お情けの下付金で生活していたと思われる。だが結局犯人の特定には至らなかった。また犯人が逃げ込んだ隠れ家が、キュンメル事件の時の地球教の跡地だった。
”やはり、これも地球教の陰謀なのだろうか?ではなぜカイザーのお命でなく、ロイエンタール元帥になりすまし、殺人を犯したのか・・・。
 しかも連続殺人である。なぜ憲兵隊の包囲網から逃れられたのか。地球教と憲兵隊がどこかで通じているなど考えたくはないが・・・。
 ケスラーは地球教を壊滅状態に陥れたと思っていただけに、苦々しくも思った。地球教はまだこの帝国を何らかの形で貶めようとしていると思われた。今回の犯人のことが表沙汰になっては騒ぎになってしまうだろう。
”それにしても地球教が我が帝国を、ローエングラム王朝を解体させたいことはわかった。しかしなぜロイエンタール元帥なのだ? まさか、地球教はロイエンタール元帥を貶める策略を練っていたのか。しかし被害者は出てしまったが、元帥は無事でいらっしゃる。とりあえず帝国に平和はもどったと考えて、今は良いだろう”
 ケスラーですら予測できなかった。地球教のロイエンタール元帥への陰謀はこれからが本番だったということを。
 その日までのつかの間の幸せの時を帝国の双璧は味わっていた。

 



マジでこれが生まれて初めての小説らしきモノです(汗)
1999.4.25 
 再アップ2000.7.7 
  
「クルト」へ行く?