あなたに会いたくて

 

またドラゴンボールです。ミッターマイヤーお誕生日企画な話を先に読んでやって下さい。

 

 ヴァルハラというところは、時間というものがないのか、空間もさまざまに変化するが、昼間なのか夜なのか、それどころか、昨日とか明日、来年というものがないらしい。刻々と時間が進んだり戻ったり、つまりここに来るような連中には、時間の概念は必要ない、というわけか。

 あの世、というものがあるとは思ってもみなかった。おそらくそうだ、という程度にしかわかっていないが。俺が、オスカー・フォン・ロイエンタールであることも、帝国軍人であったことも、そして事切れる瞬間も、俺は記憶しているのだ。それなのに、なぜ、この「俺」という意識が生きているのだろうか。転生、というものは信じていなかったが、消滅してしまわないのはなぜなのか。

 この世界に先に来ているはずの連中は、どうしているのだろうか。俺がここに来て、どのくらいの時間が経っているのかわからないが、ずいぶん動き回ったはずなのに、誰一人、出会わないのだ。いや、出会う、というのもおかしいのかもしれない。俺にはもう「肉体」というものを持ってはいないから。いわゆる、魂、って奴なのだろう。
 俺は、永遠に、この形で、ここで、たった一人、生きていくことになるのだろうか。
 いや、生きているわけではないが。ややこしいことだ。

 お腹が減るわけでもなく、眠たくなるわけでもなく、ただぼんやりと考えるだけの日々。
 考える? 脳がないのに? 
 日々? 時間が過ぎていっているわけでもないのに?
 それとも、俺は狂ってしまっているのだろうか…?
 そうかもしれない、と即答する。俺は、生きていたときから狂っていたに違いない。

 

 なぜ、気配というものを感じたのかはわからない。しかし、背後から強烈な殺気を感じて振り返る。いや、自分では振り返ったつもりだった。
「てやーーーーーーーーっ!!」
 自分じゃない者の声が聞こえる。魂になった者が見える。すると、相手にも俺が見えている、ということなのだろうか。
 いきなり襲いかかってきた魂を避ける。もっとも、手も足もないので殴られる心配はなかったが、ただ殺気が尋常ではない、と軍人らしく感じた。
 俺の横を文字通り通り過ぎていったその魂は、勢い良くこちらを振り返った、のだと思う。どうも、コミックのようで様にならない。
「きさまっ! 誰だ?!」
 相手が問うてきた。自身で名乗る前に問うてくる輩には、それなりにしか返答しない。それにしても、全く聞き覚えのない声だった。
「…お前こそ誰だ」
「なにっ! このベジータ様に向かって、お前だとっ?!」
 おかしな名乗り方だが、取り敢えずベジータとかいうらしい。おかしな名前だ。
「…そのベジータとやらが、こんなところで何をしている」
 自分自身がしていることもわからないくせに、一応優位に立ってみた。知らない相手の恨みをいきなり受けるわけにはいかなかった。
「……きさまこそ、まず名乗れ」
 しばらく経ってから、多少落ち着いた声で尋ねられ、生前の名を告げる。それが今の俺の名前かどうか、よくわからないが。この世界で名付けられたりするのだろうか。
「オスカー・フォン…? わけがわからない名前だな」
 表情というものはないが、考え込んでいるらしい。
 ともかく、この久しぶりの会話にしては、妙な気がしたが、人(と言えるのか)との接触は有り難かった。でも、相手が悪い気もするが。

 ベジータは、サイヤ人の王子だという。
「…惑星ベジータ? 聞いたことないな…」
 お互い座り込んで(いるのだと思う)話してみると、どうにも共通点は見つかりそうになく、生きていた頃の時代も宇宙空間も、全く違うことだけがわかった。
「ふんっ! それをいうなら、オーディンとかフェザ…とか、宇宙を制覇しつつあった俺でも知らん」
 もしかして、こいつは負けず嫌いなのだろうか。いちいち突っかかってくる。
「銀河系だぞ? 知らないのか? …本当に宇宙を制覇しつつあったのか?」
「何だと! 俺が嘘を付いたとでもいうのか!」
 こんなことでムキになる辺り、若いのかと思ったら、俺よりも年上だという。意外だ。だが、宇宙を手に入れる、という希望、いや野望は、俺にも理解出来る。いや、出来た。ベジータのいっていることが本当なら、スケールがだいぶ違うようだが…。
「…ところで、お前はいつからここにいるんだ?」
「…わからん。だが、きさまよりは先だ」
 この際、どっちが先でも構わないが。
「ずっと、このままなのか? もう死なない、というのも変か、このまま生きる、というのも変か」
「きさま、聞いてるのか、自分に問うているのか」
「…まぁ、どっちもだ」
「……ピッコロがいっていた」
 たぶん俯いたベジータは、先ほどまでとは違った低い小さな声で話し出した。
「悪行を重ね過ぎた俺は、生き返ることがもう出来ない。魂を洗浄され、転生を待つのだと」
「……悪行? 生き返る? 待てよ、ここは地獄なのか?」
「そうだ。知らなかったのか? きさまも生前俺と同じだったんだろうが」
「俺が? 俺は軍人で…、帝都を守るために…」
 言いながら、俺は本当にそうだったろうか、と、すぐに疑問が浮かんでくる。
「守るため、…か。それでも人殺しには変わりない」
「……お前、守りたいものがあったのか…?」
 どうも、自己中のマイペース人間(?)に見えるのだが、そんなこいつでも何かあったのだろうか。守りたい、と思ったものが。
「……きさまは?」
「質問しているのは、俺だ」
「…きさま、家族は?」
「……いない、と思う」
「なんだその返事は。…まぁいい。教えてほしいというのなら、話してやる。
 家族など、必要ないと思っていた俺に、偶然、というとブルマが怒るな… ともかく子どもが出来てしまった。トランクス、という息子がいる。俺は、ブルマもトランクスも、それからカカロットにも、死んでほしくなかった」
 突然、知らない名前が次々出てきたが、なんとなくわかった。ブルマという女と恋愛、という柄にも見えないが、そしてトランクスが産まれた。何が偶然だ、今でも想っているようなのに。
 俺は、ベジータの呟きの間、3人のことを思い出していた。
「俺が死んだ後、どうしているのか知らない。呼ばれないところをみると、いなくなって清々しているのかもな…」
「……呼ばれる?」
「…知らないのか? 思いを強く残した相手に思い出されたり、名前を呼ばれたら、そいつの夢の中にいけるときがある」
「…夢の中に? お前はいったことはあるのか?」
「……一度だけな…ブルマはな…」
「トランクス、というのが、お前の息子だろう?」
「ああ…でも俺はずっと修行させてばかりだし、たった一度しか抱いてやっていない」
 8歳にはなろうかという息子を、たった一度? と一瞬眉をひそめたが、俺も同じだったかもと思った。
「…俺は、一度も抱かず終いだったな…」
 夕焼けの中で、母親に抱かれた姿を思い出す。俺が知っている息子は、それだけだ。
「…名は?」
「……俺は付けてない」
 話せば長くなりそうだったし、それほど名のことは気にしていなかった。ただ、自分の分身が存在していることは、心配といえばそうだった。
「……オスカー、きっとお前は後悔する」
 やけに神妙に言われ、ドキリとした。そうなのだろうか。ベジータは、後悔しているのだろうか。俺には、今ひとつ想像出来ない感覚だった。
 どちらにしても、俺が会いたいと思うその人のことで、頭がいっぱいになった。
「…強く思い出されたり、名前を呼ばれたら、か……」
「…ふん。きさまには、そんな相手はいないようだな」
 全くコロコロ雰囲気が変わる奴で、おとなしめになったかと思ったら、またすぐに偉そうにする。単純でガキのようだ。それにしても、ベジータの言うとおり、俺には俺の死後、呼んでくれる、または思い出してくれる人もいなかった、ということなのだろうか。今まで気付かなかっただけなのだろうか。あの、愛しい人に、俺は忘れられてしまったのだろうか…。
「…呼ばれたとき、どうやってわかったんだ?」
「……気が付いたら、そいつのそばにいた。それだけだ」
「……」
 ふーん、と頷こうとした瞬間、視界が全く変わってしまった。

 
 これは、俺の記憶なのだろうか。
 ノイエ・ラント総督に与えられた執務室の眩しい夕焼けは好きだった。一人でデスクに向かっていると、少し穏やかな気持ちになる。この景色を見せたい、と思う相手がいたから。
 そうだ、俺はここで待っていた。
 振り返ると、そこには会いたかったただ一人の人物と、見慣れないおかしな男がいた。しかし次の瞬間には、その男は消えてしまった。
 懐かしい蜂蜜色の髪を目の前にして、あの時も、呟いた言葉を繰り返す。

 ―――遅いじゃないか、ミッターマイヤー

 これは、俺の願望なのか、彼の夢の中なのか。
 会いたかった、と涙を流す。すまなかったと眉を寄せて詫びる。俺は、そんなお前に会いたかったのではないのに。頼むから、笑顔を見せてほしい。
 触れたかった唇に、そっと触れてみると、確かな感触に心が躍る。ノイエ・ラントに来てから、ずっと会っていなかった。久しぶりの、そして最後の面会は、スクリーン上だった。
 フェリックスも元気だぞ、と言う。一瞬何のことかわからなかったが、すぐに気付く。
 息子のことも含め、それから二度と生き返らない俺から、精一杯の感謝の気持ちを、俺の笑顔に乗せる。俺が微笑むと、ミッターマイヤー、お前も笑ってくれる。
 ずっと、言いたかった。ありがとう、ウォルフ。

 
 暗転、というのだろうか。眩しいほどの夕日も、愛しい人もいなくなった。
「…会えたか?」
 すっかり聞き慣れたその声に、ハッとする。そうか、こちらが今の俺の世界か。
「……ああ。フェリックスというのだ」
 ベジータは、少し鼻で笑ったが、不肖の父親同士、何かわかるものがあった気がする。
「そいつが大きくなったら、きっと会える」
 そうだろうか。ウォルフなら、俺のことを話してくれるかもしれない。いつか、会うときがくるだろうか、あの成層圏の色の瞳に。
「…お前も、トランクスに会えるさ…」
 素直にそう慰めているつもりなのに、ベジータは盛大に「ふん!」とそっぽを向いた(のだと思う)。
 おかしな世界だが、仕方がない。
 俺は、いつかこの世界で誰かに会ったら、ベジータに教わったことを、自分が体験したことを、教えてやろうと思う。転生を待つ俺達の、ささやかな希望となるように。
 俺にしてはずいぶん人に気を遣うようになったな、とミッターマイヤーが笑っている気がする。

 

 

 


このベジータは、魔人ブウとの戦いに自身を犠牲にしたあとのベジータです。あのシーンには号泣したんすよ(;;) ご存じない方のために、ちょっとだけ。悟空のように「地球を救った」とかばかりだと、天国へ行けて肉体もあるのですが、悪行を重ねたベジータは魂だけになって洗浄され、生まれ変わる予定、だったのだそうで。そんな地獄へ、愛しいロイエンタールを追いやる私って奴は…(><) まぁ大好きな二人を出会わせたかったんです。
それにしても、どこがお誕生日話やねん…

2000.10.23 キリコ