ROOTS



       ◇ ◇ ◇


 同窓会会場の隅っこで、大の大人が頭を寄せ合う。その中心には、ただでさえ目立つ少年がにこやかに座っていた。
「マイケルという名は、楓がつけた」
 一同は一瞬でその答えを見つけた。誰もが彼らしいと笑った。
「あいつの憧れの人だもんな」
「…神様だろ」
「…日本にはミドルネームってのはないんだけど、何か意味があるのか?」
 ジュニアは、ファーストネームではない名で呼ばれているから。
「さあ…俺の場合、ニックネームだと思ってもらえたら…「マイケル」には意味がありすぎて、簡単に呼びかけられなかったんじゃないかな…楓は」
「うーん…「ミスター」とか「ゴッド」とか付けそうだよな」
 ジュニアも小さく笑った。
「…「ジュニア」はアナベルがつけたので、その意味は天国で聞かないと…」
 大人たちは、けなげな言葉にしんみりした。彼も、彼の父も、重い過去があることを思い出したから。ジュニアにはその雰囲気がわかった。
「あ、でも、花道がいましたから…いつでも明るかった…」
「ジュニア、これまでの人生はわかった。お前が流川の息子だと認めよう。けどな…」
「…お前に認められたってしょーがないだろう、三井」
「まあ赤木…それよりもジュニアの話を聞こうよ…」
 自分の目線より少し高い位置での会話は、ジュニアがこれまで聞いていたものに近い。本物を見て、ジュニアはワクワクした。あの父と花道は、この中でどんな存在だったのだろうか。
「ただ…なんで桜木の野郎が流川ンとこに行ったのかがわかんねーんだけど?」
 意外にも鈍感な三井の質問は、周囲が敢えて触れないようにしていたものだった。そのあたりは、ジュニアが曖昧に話したから。
「三井さん…それは花道に聞いてください。たぶんもうすぐ来ると思うよ」


 バスケットボール部の同窓会だけあって、庭に一つのゴールが用意された。せいぜい3 on 3しか出来ないが、ボールとリングを見て興奮しない彼らではなかった。
「おい、誰もやってないな」
「ダンナ、久々にどうです?」
 宮城がすぐに呼応する。誰もが気になっていたものだから。
「ジュニア、お前も来いよ」
「……先輩方からどうぞ」
「ちっ 現役だと思ってイバるなよ」
 ジュニアはほとんど三井と会話していた。三井が気遣っていたからだろう。
 あのインターハイメンバーのプレーは、20年近く経っていても他の連中より優れているものがある。ジュニアは冷静に観察した。体が覚えているのもある。ボールへの神経が、太いのかもしれない。けれど、体力だけはどうしようもないらしい。短いプレーの間にも、彼らは息を荒くしていた。全員がもう30歳半ばなのだから。
「ジュニア、オメーも入れ」
「……手を抜きませんよ」
 しばらく考えたふりをして、ジュニアは着慣れないジャケットを脱いだ。彼とて、これを見て興奮しないわけがなかった。
 全員、バッシュ持参という、バスケット部らしい同窓会であった。
 最初の3秒で、彼らは歓声を上げた。動きが、まるで違うのだ。
 ジュニアが父の同年代と組み、その対戦相手が最も若い卒業生だったにもかかわらず、である。低く鋭いドリブルと、静かに飛んで正確にリングに入れる。まるでお手本のようだった。
 観客は、これがアメリカか、とすぐに思った。自分も、と前向きに刺激された人と、やっぱりアメリカには敵わない、とすぐに諦める人と、反応はさまざまだった。
 遠目で観ていた晴子は、ジュニアの動きの中に、確かに流川と花道を見た。顔や雰囲気が似ているとは思わなかったが、彼らの影響があることを確信した。高校時代、流川を見つめていたことを思い出し、晴子は懐かしい涙を流した。


 その日から高校生活が始まるまでの休み中、流川楓と桜木花道を探しに出かけた。過去へ、である。
 ジュニアは、自分を抱きしめながら花道を呼ぶ流川を知っていた。彼が来てから、以前より生き生きしてると思った。オーウェン一家の不幸を知って、花道はすぐに飛んできた。それがどれくらい大変なことか、今のジュニアにはわかる。
 二人を反対する気が毛頭ないところが、マイペースな流川と大胆なアナベルに似ていた。そんなジュニアは、流川と花道の繋がりの深さを知りたかったのだ。どうやって巡り会って、どんな人生を歩んでいたのか。
 そして、それは自分のルーツを探す旅にもなる。
 二人ともが詳しく話さないのではなく、花道は誇大表現が多すぎるため、今ひとつ信憑性が足りない。辛辣な考えだが、ジュニアは客観的に見た彼らを知りたかったのだ。
 それぞれ、仕事と家庭で忙しい皆が、ジュニアに可能な限りの時間と情報を伝えようとする。それは、次世代への教訓も含まれていたかもしれないし、バスケットプレイヤーとして期待するところが大きかったのだろう。

「あいつらは入学したときからケンカばかりでね…」
 木暮が穏やかに言うと、赤木と三井が彼を挟んで力強く頷く。どうもこの三人はセットらしい、とジュニアは思う。お互いに言い合いながら、笑ったり怒ったり、すぐに脱線した。流川と花道が入学した頃、最高学年だった彼らの印象は、これと、
「すごかったよ、あいつらは」
 この二言に尽きるらしい。そればかりだった。
「お前、なんでこんなにあいつらのこと知りたがるんだ?」
 ジュニアはまた笑顔を浮かべたまま答えなかった。必要以上に話さないところは、彼らの知る後輩のようだと思った。先日の同窓会では、終わり頃に二人で静かに現れ、騒がれる中でジュニアを引っ張って帰った。ほとんど誰も、まともに口を利いていない。遠くから、流川が頭を下げただけだった。そんな風に並んだ姿を見ても、やはり流川の息子と認めるのは難しいことだった。三人並んで帰る後ろ姿に、「デカイ家族だ」と三井は笑った。
 それから、流川と花道に深く関わったと思われる人々に、会える限り話を聞いた。他校の元生徒たちも紹介してもらった。一様に驚かれ、同じようにマジマジと見つめられ、簡素な一言でまとめると「手強かった」と正直に言う。
 ジュニアは、それほど否定的な意見を聞かなかった。
「楓も花道も…うまかった…?」
 技術的なことだけでなく、誰もが彼らをペアで説明しようとする。そのことが、ジュニアにはおもしろかった。ずいぶん長い間、コンビだったのだと心から感心した。


「俺が話したって言うなよ? 男の秘密ってヤツだからな」
 洋平がジュニアに話したのは、花道の昔、流川と花道の高校時代の日常が主だった。まずケンカから始まったこと、花道のライバル視や流川の構い方、花道が試合中にケガをしたときの流川の反応や、復帰してからの密かな喜び様。それからは湘北高校バスケット部を率いて、またインターハイに出場し、そのコンビ振りは有名だったこと。
「ありゃ流川がアメリカ行く前だったんだろうな。あの面倒くさがりが雨に濡れて花道ン家に来てたぜ。すれ違った俺なんかに気付かないくらい、なんか意気込んでたなァ…」
 ジュニアにはわかりにくい表現もあったが、洋平の言いたいことはわかった気がした。
「ジュニア、アイツらはずいぶん昔からお互いしか見えてねぇ。俺は、流川がオメーの母ちゃんと結婚したってときは驚いた。花道以外の人間に…目を向けることがあったのかってな」
 小さく笑う洋平に、ジュニアもぎこちなく笑った。
「けどな…母ちゃんには悪ぃけど…俺が見る限り、流川は以前と変わっちゃいねぇ」
 洋平は遠くを見ていた。
 近くにあったブランコに乗り、ジュニアはしばらく黙っていた。
「……洋平さん、俺、いつかアメリカの高校に行く。バスケットをするんだ」
「…そっか」
 二カッと浮かべた笑顔は、洋平の高校時代と変わらなかった。
「子どもの自立は、早いものさ。あっという間に追い越していく」
「…俺、楓を越えられるかな…」
「…お前が思う一番になればいいんじゃねぇの」
 洋平は、まるで将来にするだろう会話の予行練習をしている気分だった。
「俺もそんなガラじゃねぇんだけどな」
「…洋平、ありがとう。話してくれて、ありがとう」
「……おぅ」
 二人は握った拳を小さく当て合った。




2003.10.5発行
2009.10.28UP
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