球技大会というものは、15歳から18歳というまだ成長期である男女の運動を促すためにもある。それよりも、チームごとに戦うことにより、協調性やリーダーシップ、逆に闘争心というものを身をもって体験する大切な機会である。少なくとも企画側、つまり教師達はそう考えているだろう。
クラブ活動が比較的活発な湘北高校では、春・秋それぞれに開催されるこの球技大会は、それなりに盛り上がりを見せる。運動に慣れない文化系部員や帰宅部生徒たちも、有無を言わせぬチーム作りで参加させられる。この日は、学校全体に熱いムードが漂うのだ。バレーボール、バスケットボール、ドッジボールという3つの種目のうち、部員が参加してはならないというルール以外は何もない。クラスごとに、適当に、あるいは意図して決められる。2年生のとあるクラスで、公平になるようにとくじ引きで決められた種目分けは、誰もが失敗だったと心から思ったところだった。
「あ、俺、ドッジボールだ。ちっ バスケットマンとしては残念だが、しかし俺がバスケに出場してしまっては他のクラスがカワイソウだからなァ」
小さなくじカードを手に、桜木花道は立ち上がった。それを聞いた委員は黒板に名前を書いていく。そして誰もが心の中で一様に「ゲッ」と呟いた。『桜木花道』の少し前に『流川楓』の名前があったからである。
前で座っていた担任はため息をつきながらも、どうしようもないことを悟っていた。問題児二人を引き離したいのは山々だったが、理由がないのである。教師というのは、常に公平に、感情で動いてはならないのである。そして、天敵と同じ種目に出るとわかっても、花道も流川も「フン」としか言わなかったため、ほんの少し安心してしまったのだ。
球技大会の当日は、6月にしては清々しい日となった。3年生の選手宣誓と、校長の短い激励の後、熱い戦いが繰り広げられた。リーグ戦であり、ほとんど常にどこかと戦うこととなるこの日、昼食間近になるとキレる輩が出てくるのはムリからぬことと言えた。
「おい、2年生なんかに負けられっかよ」
「そうだな、ナメられたくないしな」
「あっちのデカイ二人、アイツらさえヤッちまえば何とかなりそうと思わねぇ?」
「アイツらバスケ部員だろ? ジャンプは出来ても低い球は苦手そうだよな?」
「じゃさ、まずはアイツらを集中的に狙うって作戦で行こう」
今度こそ勝とうという言葉は飲み込んだ。このクラスのドッジボールチームは、これまでの試合が全滅だったのだ。その上後輩なぞに負けられない、そんな気持ちで燃え上がっていた。
一方、さっそく目を付けられた二人は、これまでの試合ではとにかく近づかず、特に何のトラブルも起こしていなかった。ただこちらは今度の対戦相手と違い、ここまで全勝だったため、そういう意味で熱くなっていた。
「オメーら、今度もやるぞ!」
「おお、桜木、さっきみたいの、またやってくれよ、頼りにしてるぜ」
「おう! まかせとけっ!」
自信満々で請け負った花道は、それまであまり仲良くもなかったクラスメイトに頼られたことに気をよくし、非常に力んでいた。これが、花道の動きを自然ではなくしてしまった。
ドッジボールという、シンプルに見えるこの球技は、単に肩が強くて投げられればよいというものではない。逃げるためには素早さも必要であるし、よそを見ながら別のところに狙い投げるフェイクも必要なのだ。花道はこれまであまり深く考えずに戦っていたが、「勝たねば」と意識したことでかえっておかしな動きとなり、先輩からの攻撃に真っ先に外野に出てしまった。
そして、どこか動揺したチームのほとんどが次々と当てられる中、流川はただ黙々と逃げ回った。体が大きくても動きは早いのだ。しかし、3年生は躍起となって流川を狙う。前から後ろからと次々向けられ、そして低くて受け取ることも出来ないことに、流川自身もイライラしていた。後半は、3年生チーム全員と流川との戦いと言えるくらいだった。
そして、自分のクラスが負けそうなのに、ボールを手にすることも出来ないでいる外野がついにキレた。
「コラァー ルカワッ! てめーこの、逃げてばっかいねぇで取りやがれっ!」
その怒鳴り声に、流川は青筋を額に浮かべながら一層ムカついた。けれど、怒鳴り返す余裕はあまりなかった。ただ、相手が誰にしろ、バスケットじゃないにいにしろ、負けるのが嫌いな流川である。大嫌いな男からの一言が、かえって流川を集中させた。
腰を落とした流川が、腹部にドスンと音をさせながらボールを受け取ったとき、その戦いに参加している全員からどよめいた。そして、その後は一気に反撃だと言わんばかりの流川と外野の熱気ぶりに誰もが追い上げを期待した。3年生は絶望した。
しかし、真っ赤な髪の外野が正面に戻ってきた後、争いが始まった。内部で、である。
「オメーのせいで、負けそうだったぜ! けれどこの桜木様が戻ってきたからにっ」
花道は、味方の攻撃中だと安心して大声を出していた。しかし、ボールを手にしていたのは天敵だったのである。そのボールが顔面ヒットしたために、花道は途中までしか言えなかった。
「…ウルセーぞ、サル」
「ふぬっ! このっ! ルカワ、てめー何しやがるっ!」
流川が花道に当てたボールは勢いが有りすぎて敵チームの外野に飛んだ。当然、突っ立ったままの二人に次々とボールが向けられる。互いしか見ていなかった二人は情けない形で外野メンバーとなってしまった。
そして、そこではもちろん「てめーのせいで」という言葉を言い合いながら、手も出し合っていた。主戦力2人が抜けたチームは、盛り返すことがついに出来なかった。3年生は、泣きながら喜んだという。バレーボールの試合が早めに終わった洋平は、親友を応援すべく見に来た試合で、結局はため息をついただけだった。この二人があるところまでは互いを刺激し合ういい存在だと感じたり、すぐに引き離すべきだと痛感したり、よくわからない二人だと洋平は思った。その横で、担任も同じため息をついたが、洋平と同じ意味のため息かどうかはわからなかった。ただ、午後からの試合を考えると、やはり種目を分けておくべきだったと後悔しているのは明かだった。
2001.11.11 キリコ
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