高校の英語教育は徐々に見直されつつあった。

「Hello, everyone ! My name is Nancy. I'm from NY city.」

 ほとんど白と黒の制服の集団の中で、クリーム色のスーツと金髪のカール、そしてくっきりした青い瞳はかなり浮いていた。
 日本の英語教育は、これまで語彙や文法に重きを置いていたが、グローバルな活躍のためにも英会話を取り入れる学校が増えてきていた。
 湘北高校でも取り敢えず1、2年生のクラス、週3回を一ヶ月、初めて試みることになった。
 美人で明るくて、大げさなしぐさがいかにも外人、といったその先生は、当然生徒たち、特に男子生徒から人気が高かった。
「いつでも話に来て下さーい。ただし、英語ネ」
 日本語も扱えるとなると、大勢が気軽に押し掛けることになっていった。

 花道や流川のクラスでも、その先生の明るさや気さくさは変わらなかった。
 初めてこのクラスに来たとき、彼女は真っ先に花道に目が行った。日本人で真っ赤な髪がいるとは思わなかったのである。
「Beautiful ! Hanamichi」
「はっ?」
 毎回同じ言葉で話しかけられても、花道は毎回聞き直した。自分の髪のことを悪く言われたことはあっても、誉れられたことはなかった。アメリカ育ちの彼女にとって、個性を強く出すタイプは身近に感じられるのだ。花道は、かなり浮かれた。
 花道がよく話しかけられることを、早くも出来た先生のファン倶楽部メンバーは快く思わない。けれど、相手があの花道では文句も言えず、陰口が盛んになってしまった。

 しかし、しばらくして、彼女の注意は流川に向いた。
 そのきっかけは、見学して回った部活中の流川を見たことや、漆黒の髪や印象的なきつい瞳、そして彼が彼女の授業だけ熱心なことが伝わったのだ。
「オイ、流川が起きてるぞ」
 教室でも職員室でも、誰もが驚いた。
「Repeat after me, everone. Consentration.」
「Consentration!」
 一番後ろの席で、流川は彼女の顔を凝視する。真剣に発音の練習をしているのだ。その姿は、あらぬ噂を呼んだ。誰もが、勘ぐってしまった。
 部活後の居残り練習を黙々とこなす流川を睨む花道も、先生に対し仄かな好意を持っただけにおもしろくない。あのキツネが真面目に授業を受けている、それだけで花道はなぜかイライラした。
「…オメー、もしかして…」
 あの流川が、おおよそ女性に興味のなさそうなあの流川が恋をしているのか、花道はついに問いかけることも出来なかった。
「どあほう、やらねーなら帰れ」
「なにっ ふん、ウルセー、ちょっと技を見ててやっただけだっ!」
 珍しくケンカにもならず、それぞれの自主練に戻った。花道の頭の中は、スッキリしなかった。


 赴任前から決まっていた予定を終える頃、彼女は流川に声をかけた。渡り廊下の隅で並んで話し始めた。
「カエデ、私の授業は楽しかった?」
「…ああ」
「嬉しいわ。真面目に聞いてくれたでしょう」
 ほんの少し相手に体を寄せて彼女は俯いた。教師として、また大人の女として何の告白も出来なかった。相手は日本人の高校生だったから。けれど、かなりの好意を持ったことを伝えたかったのだ。
「俺は、英語が話せるようになりてーだけだ」
 ほんの少しうっとりしかけたところで、冷静な声が上から降りてきた。長いまつげを上下させながらナンシーは流川を見上げて、本当に珍しく背が高い日本人だと再確認した。
「理由を聞いてもいい?」
「…アメリカに行くから」
「旅行?」
「…バスケット」
 それだけ言って、流川はスタスタと教室に戻っていった。
 彼女にとって、初めての玉砕だった。
 大きなため息をついた後、広い背中を見つめながら、小さな声で呟いた。
「思わせぶりな態度、しないでよね」
 肩を落として両手を拡げる。
 そんな仕草は流川に似てるな、と花道はひそんでいた物陰で思っていた。
 そして、心の中で流川に「すまねぇ」と謝った。

 

 

2002. 1. 28 キリコ
  
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わ、わかりにくいネタだったかも…(汗) 
おかしいな…このシリーズで目指してるのはギャグのはず…