Fox&Monky
流川楓にとって、この夏のインターハイは思い出深いものとなった。
インターハイに出場したことは、高校バスケプレイヤーにとってかなり上出来と言えるかもしれない。無名の公立高校に入学した流川は、ただインターハイに出るために湘北に来たのではない。彼なりの考えがあってのことだ。
ここで、流川はとんでもないメンバーと出会ってしまった、とも思っていた。
後悔やら感謝やら、感激やら落ち込みを含め、流川の頭の中にはいろんな思いが行き交っている。けれど、表面上はいつも通り、ただ黙々と自分に課したノルマをこなし、次へ進む。戦いは、インターハイだけではない。自分とも向き合わなければならない、そんなことをまだ15歳の流川はすでに十分知っていた。冬の選抜へ向けて、湘北高校バスケ部は毎日厳しい練習を重ねている。
夏休みの間に全日本ジュニア合宿に参加した流川から見て、やはりレベルが高いチームとそうでないチームとの差は歴然としていた。自分が多少なりとも持ち帰った技術や練習方法をエラそうにならないよう先輩に報告した。それだけでいきなり変わるものではないが、自分が所属しているチームを日本一に、という目標は、流川の中にしっかりとあるのだ。引退した尊敬する先輩のため、今も残る3年生とキャプテンである2年生、そしてエースである自分のため、流川は努力を惜しまなかった。
穏やかな秋晴れのある日、完全回復した桜木花道がバスケット部に戻ってきたとき、流川の予定はほんの少し狂ってしまった。流川はなんとなくだが、確かにそう感じた。
賑やかな部活が終わった後は、居残りをすることが多い流川は、いつまでもボールを手放さない久々に見るチームメイトに舌打ちし、帰ることにした。どういうわけかわからないが、流川は花道がいるだけで自分のペースが崩れてしまうことを実感していた。そして、自覚しながらも、そんな自分を情けなく感じていた。
「ルカワ? もう帰んのか?」
振り返ると本当に久しぶりに目が合って、なんとなく不思議な感じがした。怒鳴り声しか記憶にない流川にとって、花道の穏やかな声は久しぶりどころか初めてな気がしたのだ。
「…ああ……テメーこそ、ハリキリすぎじゃねぇの」
心配しているわけではないのに、流川はそんなことを聞く。
「ふふん このアイアンボディはそんなにヤワじゃねぇんだよ」
クルクルと器用にボールを回しながら、どこか得意げな花道に、ようやく見覚えのある様子を感じた流川は、その一言を鼻で笑おうとした。けれど、その前に、花道が素直な声をだした。
「なんてーか…カンゲキしてんだよ」
ボールを見つめる花道が、何にカンゲキしているのか、後から付け足した「ちょっとだけ」と慌てた言葉が実は口先だけのことだとか、鈍感な上に興味もない相手のことでもすぐにわかった。
このとき、流川は花道に対して何かを感じたけれど、それが何か自分でもわからず、そして何を言えばいいのかもわからず、ただ黙っていた。
それだけで、花道も良かった。
二人きりで静かなのは変だと気づいた頃、花道は大きな声を出した。
「オイ、俺は腹が減った。ラーメン食いに行かねぇ?」
大嫌いな相手を誘ってしまった瞬間、花道は後悔した。せっかくいい気分で復活第一日を終えるところだったのに、と返事を聞く前に断られるとわかっていたから。
「…オゴリか?」
「えっ…」
予想外の言葉に花道はボールを落とす。拾う間に驚きを押さえて、花道はいつもの花道らしいことを言った。
「全快祝いだ。テメーのおごりに決まってンだろ」
ここでボールでも飛んでくれば、ケンカで終わったと花道は思う。何しろ、間違って二人でラーメン食べに行っても、困るだろうことが予想されたから。
しかし、流川は眉を寄せて黙ったままでいた。しばらく見つめていたボールをしまい、いきなり体育館を出ようとする。呆然とした花道に聞こえるように、流川はやっと呟いた。
「…ウルセー奴が戻ってきやがって」
「な、なにっ!」
花道も、流川の後を追った。怒る振りをしながら、ノーと言わない流川にただ驚いていた。そのときの呟きが、決して悪意ある言い方ではなかったのだ。
「何が祝いだ、どあほう」
「コラァ キツネ! この天才が戻ってきたからには百人力だろうがっ!」
「うぬぼれんな、初心者」
「しょ、初心者じゃねー」
「初心者逆戻りじゃねぇの」
次々と出てくる悪口雑言が、花道にも流川にも懐かしくて、着替える間もラーメン屋への道中も、それどころかラーメンをすすりながらも止まらなかった。
何ヶ月ぶりかの口ゲンカを、二人とも実は楽しんでいた。