Fox&Monky


 

 桜木花道の長いリハビリ生活は、ほんの少し彼を大人にした。もっとも、それを目立って表に出さなかったし、周囲も気付かなかった。親友である洋平のように、気付いても何も言わなかったものもいる。
 痛くて苦しくて、何もかも投げ出したくなるような気分のとき、立ち直って前へ進む気力を戻させたのは、バスケットだった。こんなにも好きになっていた、と自分でも驚くほど、花道はバスケットが出来ないことを心から悲しく思っていた。
 クラブのメンバーや親友たち、マネージャーとなった春子からの手紙、それらすべての影響力と、たった一人の存在と、同等かあるいはそれ以上の効力を持った天敵を、花道はしょっちゅう思い出していた。大切にされてこちらも微笑むのと、負けん気を出して挑む体勢となら、花道は後者の方が適していたのかもしれない。
 とにかく、たった一度だけ見舞いに来た憎たらしいチームメイトに、体育館で会うことを何度も夢見たのだった。

 数ヶ月ぶりに学校へ戻る前日、病院から戻った花道はそのまま街へ出た。久しぶりの家に落ち着かず、また街にいても違和感を感じ、なんとなく学校へ向かった。
 すでに薄暗くなった校庭に人影はなく、部活も終わったのだとすぐにわかった。自然と体育館に向かうと、明るい電気の中に見慣れた人物が予想通りのことをしていた。
「…居残りか」
 花道が頭の中に描いていた姿と、今目の前にある姿はやはり同じで、花道は自分の想像が正しかったのを自慢したい気にもなったし、やっぱりバスケバカだと罵りたいとも思った。
 けれど、実は自分も混じりたかった。
 のぞいたドアを閉め、静かに花道は体育館を後にした。
 洋平にすら内緒にした自分の復活の日は明日で、その前に最も会いたくない相手に出くわしたくなかったのだ。皆を驚かせようと思っていたのに、学校に来てしまい、今は少し焦っていた。
 誰かに見られる前に帰ろう、そう足を速めたとき、ちょうど流川が体育館から出てきてしまった。
「あれ…」
 小さな呟きを、花道は聞いてしまい、呼び止められたわけでもないのに振り返ってしまった。
「ゲッ…ルカワ」
「…なんでここにいやがる、どあほう」
 久しぶりの言葉がこれで、花道は自分がいなかった日々がなかったような錯覚を感じた。家に、街に、学校に戻ってきたのだと実感させたのは流川の声だった。
「ウルセー、退院したに決まってんだろ」
「…ふーん」
 それ以上何も言わず、部室に向かった流川の背中を、追いかけたい気がした花道だった。


「いよぅ 諸君! この天才が戻ってきたからにはっ!」
 クラスでも、部活でも、花道は同じセリフから入っていった。
「は、花道?」
 すべての人が驚きの顔のあと、笑顔で迎えてくれるのが嬉しくて、花道は徹夜で考えた自分の登場の仕方に満足していた。春子から噂を聞いた赤木たちも、花道に会いに来てくれた。
「おう、ゴリ! メガネ君」
 もう一緒にバスケットを出来ない先輩たちは、すっかり受験生らしい様子だった。
 見舞いに来てくれた以外の花道の記憶は、遠い地での暑い夏のままだった。ところが学校ではすでに衣替えも済んでいて、自分はちょっとタイムスリップした気分だった。春子の髪も伸びていたことに、花道はずいぶん経ってから気がついた。
 自分だけが、夏を引きずったままでいるのでは、と笑顔の下で花道は感じていた。

 

 昨日も、そして今日も、居残りをしていた流川の姿を見て、やはり先へ進んでいると感じる。冬へ向かわなければならないのだ。
 自分の夏は終わったのだ、流川と初めて肩を並べて歩きながら、なぜか今頃認識した花道だった。

 

  


2001.11.24 キリコ
  
 
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