Fox&Monky


 

 ラーメン屋では、麺の切れ端を飛ばし合い、ギョウザを取り合い、箸をぶつけ合った。真正面に座って、ケンカのような会話をした。後から考えても内容はないから、やはりケンカだと花道は思った。けれど、ときにはポツポツと答える流川に、花道は驚くばかりだった。
「テメーはよ、いつも居残ってやがったのか?」
「そー」
「俺様がリハビリしてるときも?」
「…何の関係がある」
 ズルッと麺をすする音とともに冷たいセリフを吐かれたときは、やはりムッとする。それでも、何度か普通の、ごく当たり前な会話をした。
 花道は思う。自分がバスケットを出来ないでいた日々、きっとあのキツネはそうだろうと思った。その姿を寸分違わず想像出来た。そして、やっぱりその通りだとわかると、妙に嬉しかった。
「結構わかりやすいンかもな…」
 最後のギョウザに箸をのばした花道は、よそ見をしながら呟いた。そのすきに、素早い動作で流川が奪う。そのおかげですべての会話は中断し、殴り合いへと変わっていった。
 店を追い出された二人は、気が済むまでやり合って、荒い息を吐きながら流血したところをガクランで拭いた。ほとんど同じ動きだった。
 外はすでに真っ暗で、電灯に背を向けた流川の顔を花道は見ることが出来なかった。そのまま歩き出した流川がもらした独り言を、花道は間違いなく耳にした。
「…ケンカ、ひさしぶり」
 自分だってそうだ。自分だって、今ではただ一人としか殴り合ったりしない。後で理由も思い出せないようなケンカは、流川としかしてねーよ。花道はそう言い返したかった。
 殴られたところは痛むのに、なんとなく心が弾む思いで花道は家に向かった。
 やっと、元の生活に戻れた、そう実感することが出来たのだ。


「桜木くん、いきなり無理しない方がいいんじゃない…?」
 優しくて、可愛くて、でも流されるだけじゃなくて、憧れて、目が合うと思わずこちらも笑顔になる、花道にとってそんな存在である春子が自分を見上げて言う。同じセリフを昨日大嫌いな奴から聞いたというのに、なぜかそちらの方が心に染みいった。一瞬でもそんな風に感じてしまった花道は、春子と目を合わせることが出来なかった。
「だ、だいじょーぶッスよ。アイアンボディですから」
「…そう? 桜木くんが復帰してくれて、ほんと心強いの。でも無理はしないでね」
「は…はい、ハルコさん」
 すっかりマネージャーらしくなっていた春子の小さな背中を見送ると、花道は自分の体から力が抜けたのを感じた。アコガレの人の前では緊張してしまんだ、そう言い聞かせた。
 自分のケガが大変なものだったと知っている。自分が痛くて苦しんだのもあるし、長い間かなりの拘束があった。皆と離れ、リハビリという名の入院をし、これまで自由だった自分が存在しなくなったのだ。動いていた体が思い通りにならない。肉体的よりも、精神的にかなり参った。
 そして、克服したと思い復帰した花道の周囲は、まだ自分をどこか「病人」扱いすることに気がついた。「大変だったわね」と見知らぬ人から慰められ、部活にいてもどこか自分に遠慮してるのではないか、そんな風に思った。
 流川という男は、花道がそこにいようといまいとバスケットにかける情熱は変わらず、花道が病み上がりだということも気にもとめていないらしく、初日に殴り合いをした。それが、花道には本当に嬉しかったのだ。
 仲良しではないけれど、気を遣わない相手という点ではダントツかもしれない。
 特別扱いしない流川が有り難たい、花道はそう思うと同時に、自分がいなければ困る、という存在になりたい、漠然とだがそんな風に感じていた。 

 

  


2001.11.24 キリコ
  
 
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