Fox&Monky


 

 復帰してからの、花道の頭の中には、常に安西監督の言葉があった。
 流川楓の3倍練習しなければ、高校生のうちに奴に追いつけない。そう言われたのは、自分がまだ怪我していなかった時のこと。
 けれどその言葉は、自分が天才だと思っていたことや負けたくないという意地を本物にするための、何よりも具体的な布石だった。
 リハビリを終えた花道は、目標に向かって自らに課題を与えた。

「傘くれー、コンビニで売ってんだろ」
 先日の夜の、借りたくなかったお金をきっちり返しながら、流川は呟いた。普通なら、「世話になった」や「ありがとう」と言うべきところである。
 ところが、傘さえ買って来てもらえれば、朝方雨が止むまで一緒にいずに済んだことに気づき、今更のようにムカつく流川だった。
 その花道も、そう言われるまで全く思いつかず、けれど「ああなるほど」と手を打つことも出来ず、一気にムードが急降下した。
「…テメーこそ、居眠りこいてんじゃねぇよ。優しい俺様は待っててやったじゃねぇか!」
「金だけでよかったのに」
「こんのおお! もう二度と助けてやらねーからな!!」
 二度もあってたまるもんかと冷めた目を花道に向けながら、流川はさっさと部室を後にした。前の花道なら、きっと手が出ていただろう。けれど、今はケンカしている場合ではなかった。

 
 花道は、自分の体が想像以上に思い通りにならないことに焦っていた。
 何ヶ月も動かさなかった筋肉は、いやでも落ちてしまっていて、体力はあっても以前のようにはいかないのだ。退院する前に、主治医にもそう言われた。驚かず、ただゆっくりとやりなさいと。
 けれど、花道はやはり焦った。ただ闇雲に体を動かして、筋肉がつくと思われることすべてをやろうとする。けれど、無駄な動きで変な筋肉が発達するのも良くなかったし、何より自分いは時間が足りないのである。出来るだけ、最小限で最大の努力を実らせなければならないのだ。
 結局、バスケットの基礎から始めた。
 花道は皆の前でジャンプするのがちょっとだけ嫌になっていた。何cmだとか測っていなくても、前より飛べなくなっているのがわかったから。
 こんなとき、誰に相談すべきなのか迷った後、花道は安西監督の言葉を思い出したのだ。
「マネじゃねぇが、アイツが走るなら俺も走ってやる」
 そして、部活中に暴れることも減った。遊んでいたつもりはなかったが、今はふざけている時間はないのだと思ったから。
 自分はバスケットが大好きで、でもまだまだ知らないことも多くて、身につけなければならないことも山ほどあって、物事には順番があって、その上自分は初心者の域を出ないまま筋力を失ったのである。
 改めて認識すると、恐ろしいほどの出遅れである。花道は愕然とした。
「それでも俺は天才だから追いつける」
 自分にそう言い聞かせ、自らに日々の課題を与えたのだ。
 花道が退院して、まだ一週間も経っていなかった。

 部活後、一年生がモップかけをしていても、花道はドリブルの練習を止めなかった。部員がいる間はパスの練習相手を捜し、流川以外誰もいなくなった後は必ずシュート練習を毎回同じ数繰り返した。他にどんな自主練をしているのかは誰も知らないことだったが、花道は朝も晩も可能な限り走り込んだ。
 そんな花道の真面目な練習を、流川は横目でただ見ているだけだった。

 

  


2001.11.29 キリコ
  
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