Fox&Monky
流川は自分がよく夢を見る方だと知っていたが、内容まで覚えていることはあまりなかった。
12月に入ると突然冬らしい風が訪れる。つい先日まで紅葉を見ることが出来たのに。自分と同じ名前の木が色付くのを毎年報告される、それが秋なのだと認識している。だから、楓が最も美しい時期が終わると冬なのだ。流川はそういう風に季節の移り変わりを捕らえていた。
よく眠るということは、それだけ代謝エネルギーを押さえていることになり、ある意味体力の温存とも言える。流川は見事な食欲により得たエネルギーを、バスケット以外に使う気はあまりないらしい。本人は意識していないのかもしれないが。
冬という、寒さを強く感じるとき、エネルギーの消費はかなり大きい。
とにかく、流川楓はその生理的理屈はわかっていなくても、冬は眠たい季節だ、そう思っていた。
部活の後のいつもの居残りも、少しずつ寒くて辛いものになってくる。日の暮れも早く、カーテンは開けても閉めても同じだった。広い体育館の中は先ほどまでの人口密度と比べてちっぽけな二人分の吐く息は真っ白いままだ。ただし、その熱気だけは変わらなかった。
流川の手は、無意識のうちに口元に運んでしまうほど冷たかった。体は温まっていても、ボールを掴む指先にはうまく力が入らない。歩くたびに、手を擦る。硬いボールが一層冷たく感じられる時期だ。
「さみー」
と流川が呟いたのと、花道が自分の手を両脇に挟んだのはほぼ同じころだった。
ふと目があって、なんとなく照れるような気まずいような空気が流れる。
「さ、さみーよな」
花道がほんの少し笑いながら相づちを打った。
けれど、流川は素直に頷かなかった。
「…別に」
プイと背中を向けた相手にムッとしながらも、花道はただため息をついただけだった。
以前なら、間違いなく殴り合いしていたところだと流川も首を傾げながら、後ろでボールが跳ねる音を聞いていた。自分と練習メニューは違っても、毎晩自主練を続けるチームメイトに、流川は始めは落ち着かなかった。誰がいようといまいと、自分の課題をこなすことに集中出来ていたはずなのに、花道が後ろで立てるボールの音や悔しそうな舌打ちなどは流川の背中に耳を作った。
「ヘタだから。サルだから。ウルサイから」
そんな風に理由付けた。自分にとって花道は、鬱陶しい存在なのだとは思っていた。そんな花道が、最近流川の夢に登場するようになった。覚えていたくないと感じた夢に限って、しっかりと記憶している自分にため息が出る。ただでさえ会いたくないと思っているのに、なぜ大事な眠りの中まで…とぼんやりとした足取りで顔を洗いに行く。
走るときは無心がいい、そう思うのに、ふと夢の内容を思い出してムッとくる。
夢の中での花道は、怒鳴ったり笑ったり、誰かとしゃべっているときもあった。けれど、自分自身を通してみているはずなのに、花道は自分と目を合わさないのだ。ということは、自分は夢に登場していないのだろうか、と考えて、
「別に話したいわけじゃねー」
白い息を吐きながら、わざわざ口に出した。
いつも共通しているのは、必ず体育館の中、ということだった。まぶしい太陽の下で明るく笑って、大声を出して、バカばっかりやって、はしゃいでいる。赤木前キャプテンに怒られているシーンから想像しても、おそらくは夏より前のイメージなのだろう。
リハビリを終えてからの花道のもくもくと続ける練習振りは、部員誰もが驚くくらいだった。こちらの方が新しい印象なのに、どうも脳内にはそれほど残ってないらしい。それとも、以前の様子が抜けきらないだけか。
とにかく、流川も少し驚いていた。考えながら走っていたため何キロだったかわからないが、息を切らしながら流川は自分の家の門扉にもたれた。
桜木花道は、本当にバスケットが好きらしい。そのことを、流川はやっと認めた。