Fox&Monky
3年生の年末は、何とも表現しがたいものだ。
進学する場合、推薦などですでに進路が決まっているものもいれば、ほとんどがこれから本番だ。就職する場合も似たようなものである。
これまで友人だった者同士がライバルになったりする。表面上仲良いままでも、他人がどこまで勉強しているのか気になったり探ったり、いろんな意味で精神的に追いやられる時期だ。
赤木、木暮、そして先日の選抜で健闘してやっと引退した三井、この3人の元バスケット部員は、そんな雰囲気に流されていなかった。
「三井も受けるんだろ?」
久しぶりに3人で顔を合わせ、木暮が切り出した。
「…まーな」
「今からじゃ、厳しいだろう」
机に座る三井を見下ろしながら、未だにキャプテンらしい貫禄が抜けない赤木が遠慮なく言う。三井は自分でわかっていても、他人に言われてムッとした。
「ちっ ほんの数ヶ月早く始めたからって、受かるとは限んねーよ」
両手をポケットに突っ込んだまま、三井はプイと顔を背ける。
「…ずっとバスケ、頑張ってたもんな…三井は」
木暮が素直に言う。穏やかな目で言われて、かえって三井は落ち着かなかった。
自分だけが頑張っていたのではなかったから。冬の選抜で、湘北は生き残れなかった。
その試合のすべてを、赤木も木暮も見ていた。チームメンバーが変わった5人は、夏とは当然違っていて、大黒柱といわれた赤木の存在感を懐かしんでしまう。その場所を受け継いだ花道には、まだ少し荷が重いのだ。
「上達したな、桜木は」
同じことを思っていても、木暮ほど素直に口に出すことが出来なかった。観客席には本人はいないのだから、手放しに褒めても良さそうである。
リハビリを終えてからの後輩の熱意は見聞きしていたし、こうして本番を迎えても、初めてのときのように緊張に固まるでもなく、無茶もしなくなっている。
「まだまだ…」
学ばなければならないことは多いが、戻ってきて、自分たちが育てた以上に成長した大切な後輩を、赤木も木暮も褒めちぎってやりたかった。
試合終了のブザーの後、チームを慰めていたのは花道だった。
そして、自分の努力が足りないからだと一人落ち込んでいたのを、誰も知らなかった。
冬休みに入る前日、花道が部活を終えて帰ろうとしたとき、偶然三井に出会った。
「ミッチー、こんな遅くまで何やってんだ?」
寒くて薄暗い中、肩を並べて歩いた。一緒にバスケットをしなくても、仲良い先輩後輩には違いないのだ。
「何って、ベンキョーだよ、ベンキョー。オメーらと違って、俺は受験生なんだからな」
「ミッチーが…ベンキョー?」
「あんだよ、おかしいか」
「いや…」
夏には一緒に赤木の家で補講を受けた。今ではあののん気な雰囲気とは違う。自分も後2年でこんな風にならなければならないのだろうか。
ついこないだまで同じコートに立っていたのに、もう卒業していくんだなぁと、急に離れていく感じがした。
「…なぁミッチー…」
「あんだ?」
「最後の試合…があれで…良かったか…」
「…どういう意味だ?」
三井は立ち止まって、俯く後輩を見上げた。
「お、俺よー、頑張ったつもりなんだけど、結局負けちまって… もっと俺が出来れば… 華々しく引退とか…」
花道のしどろもどろの言葉を、三井は赤い頭を叩くことで止めた。
「何言ってやがんだよ、オメーはよ」
「イテーよ、ミッチー」
「ウルセー、バカヤロウ。いいか、お前はお前に出来ることを精一杯やったんだろ?」
花道は指をさされて、目を寄せながら頷いた。
「みんなが一生懸命やった結果だ。後悔なんかねーよ」
「…みんなが」
「そ。あのな、バスケットはチームプレイなんだ。誰の責任でもねーよ。…桜木」
俯いたままの、自分より大きい後輩の真っ赤な髪を叩いた。
「イテッ」
「お前は頑張ってたぜ」
「…そ、そっかな…」
「その化け物みたいな体力は羨ましいぜ、マジ」
「ミッチー、体力ねーもんな…」
「あんだと、先輩に向かって!」
首を押さえられた花道は、三井に頭をグリグリされた。
自分に出来ることをやればいいと言われた気がして、花道は前向きになれる。この先輩とチームを組める最後の試合を、忘れないんだろうなと思う。ほんの少し寂しくて、「イテー」といいながら涙ぐんでいた。