Fox&Monky
「まだお前の実力が勝敗を左右したりしない」
そんな風に言われたのは、冬休みの真っ最中だった。
このような言葉は花道の記憶では2回目で、ムカつくと同時に、やはりとも思う。決して表には出さないが、自分はまだ初心者なのだと落ち込んだりする。
三井なら、同じように思っていたとしても言わなかっただろう。
けれど、流川は花道の周囲の誰よりも、辛辣に事実を述べる。
花道は、間違いなく流川の言い様を予想しながら、それでも尋ねたのだった。
冬休みの短い部活の合間に、花道は海岸沿いを走ることにした。ただ漠然と、広々としたところでのびのび走ろうと思ったのもあるし、半分本能的に砂浜の方が効果があると考えたから。
「寒くなきゃ裸足でいいんだけどなー」
鼻や頬を赤くしながら、花道は人影もない浜辺を走っていた。
午後からの部活に合わせて、朝から走る。冷たい風は痛いほどだったが、自由に走れることが楽しかった。
流川と同じ時間に同じ場所で走ることが多くなったのは、冬休みに入ってからだった。
寒い中を自分と同じように走る後ろ姿を見つけて何となく嬉しく感じた。けれど近づいてみると見覚えのある真っ黒い髪に、花道はスピードを上げた。
まさかともやはりとも思いつつ、追い抜かそうと距離を詰め、まっすぐ前を向いたまま走った。自分が抜いた瞬間に、聞き覚えのある声で「む…」と呟いた相手に気をよくし、花道はまた一定のペースを保った。しかし、生憎抜かされて黙っているタイプではない流川は、負けじとなって何秒かスピードを上げる。抜ききったら一定に走る。また花道が抜かす。流川も抜こうとする。その繰り返しを、浜辺がなくなりかけるまで続けた。
一呼吸ついて、ストレッチをする。互いが同じ行動をするのがおもしろくなくて、わざわざ別のことをする。けれど、どちらも立ち去ろうとはしなかった。
「なんでこんなとこ走ってんだ、オメーはよ」
「…テメーこそ」
「ふん、テメー、まだ息が上がってやがるな」
プププと指さしながら笑った花道に、流川は肩で息をするのを強引に止めた。三井も同じように思っていたが、ブランクがあってもこの体力を維持する花道は、流川の目から見ても化け物だった。
「もののけ…」
「あん?」
「テメー、人間じゃねぇんだろ」
真面目な顔で、いきなりそんなことを言われた花道は、怒るよりも笑うしかなかった。
「ルカワ、お前ギャグかそれ」
気持ち良く笑う花道に、流川は自分の言葉のどこがそんなにおかしかったのかわからないなりにも、なぜか楽しいと感じた。ほんのちょっとだけ。
「…帰る」
「お、そうだな。ボチボチ帰らねぇと部活に間に合わなくなるな」
そうして先に走りだした流川の後を、花道は呟きながらついていく。ほんの1mの距離を保ったまま、来た道を一定のペースで走った。
流川は肩辺りに花道の呼吸を聞きながら、花道は流川の背中を横目に、走る。
嫌いだと言い合う仲だけれど、なんとなく落ち着く走り方だと感じていた。それから3日、待ち合わせなくても同じ時間に同じ場所を走って、花道は流川に初心者呼ばわりされたのだ。追いつきたいと思っている花道は、ひそかに激励の言葉として受け取った。けれど、口げんかで取り敢えず答えておいた。
嫌いでもケンカばかりでも、結構気持ち良く一緒に走っていた。