Fox&Monky
新しい年の始まりは、静かであったり厳かであったり、人それぞれだろう。
寝ているうちに年越しをする流川は、特別な感慨もなく1月1日の朝を迎えた。お正月だからといって自分には普段と変わらない。ランニングに出ようと準備するだけだ。流川は今年もそう思って、いつもと同じ時間に目覚めた。
しかし、今朝もまた、はっきりと夢を覚えていて、新年早々大きなため息をついてしまった。いつもより人通りのない道を、いつも通り走る。
そして、冬休みに入ってから、流川は考えながら走るくせが付きつつあった。
たいていは夢の内容。それはイコール、桜木花道だった。明るい日差しの中ならば海辺も走れる。そう考えて走り出したら、苦手なチームメイトも同じようにしていて驚いた。ビックリして、ゲッと思って、でも避けるの理由も場所もなく、何となく一緒に走るようになった。
「チガウ…向こうがついてくんだ」
そう呟いている間に、やはり赤い髪が登場して、流川はため息をついた。
ちょっとだけ目を合わせて、黙ったまま走り出すと、まるで犬のようにどこまでも付いてくる。自分が逃げるのも変だし、自分が走りたいところを走っているだけなので、流川は無視することにしていた。
そういえば今日はお正月なのに、と気が付いたのは、かなり走った後の休憩中だった。
疑問に思っても、流川は「関係ない」とわざわざ尋ねたりしない。たいていは、相手が聞いてくるからだ。
「オメー、正月なのに走ってんのか」
「…正月だったら何かあるのか」
花道は、予想通りの答えに笑った。
「正月は人が少なくていいな」
会話になってない会話に、二人とも海へ目を向けた。冬らしい空と砂浜の上には他には誰もいなくて、静かな世界を自分たちだけが独占している、花道はそんな気がした。
世間では、着物を着たり、雑煮を食べたり、特別な行事をやってるんだろうけれど、自分たちはいつも通りだ。そんなスタンスが、花道には心地良かった。
流川が花道の背中に話しかけたのは、それからかなり経ってからだった。
「テメーは…」
「あん?」
「なんで出てきやがる」
「はっ?」
花道は、要領を得ない説明に首を傾げ、砂浜に座ったままの流川に向き直った。
「夢の中までウルサイ」
「へ? ちょっと待て、ルカワ。お前、俺の夢見てんのか?」
「チガウ」
「…俺が出てくるんだろ?」
自分を指さしながら、妙に心拍が上がるのを花道は不思議に思った。
「テメーが勝手に登場するだけだ」
「いや、そりゃ…」
ほんの少し嫌そうに眉を寄せてはいるものの、ほとんど無表情なままの流川の顔を、花道はマジマジと見つめた。そして、結構すごいことを言ったことに気付いていない本人がおかしかった。
突然俯いて笑い出した花道に、流川はムッとする。自分では普通にしゃべっているはずなのに、ときどき花道のツボをつくのか、ごく普通の笑顔になる。
天敵同士、睨み合うことには慣れているが、笑顔を向けられると、流川はどうしていいのかわからなくなる。
「…帰る」
「えっ」
涙まで浮かべているのか、指で目を擦った花道は、いきなり立ち上がった流川を見上げた。それときもまだその顔には笑いが張り付いていた。
「あ、ちょっと待てよ。お正月特別なんたらの券もらったんだ。行こうぜ」
安くて有名なファミレスの店の名前を上げる。覚えていなかった流川も、「こないだ入った」と言われれてば一つしか浮かばなかった。それにしてもなぜ、という問いをする間もなく、花道はいきなり走り出した。
「後についた方がオゴリな」
勝手に決めた花道は、疲れも見せずに走り続ける。一方、流川は間違いなく出遅れて、ムクれかけていた。
「イヤダ」
「なら早く走れ」
「走るけど、ヤダ」
気をよくした花道は、珍しく目の前に何もない状態で走る。背中から、ブツブツ言う流川に、なんとなくおかしくなる。自分はなぜ、親友たちでもなく、憧れの春子でもなく、こんな奴を誘ったのだろうと心の中に聞いてみる。けれど、答えは出ないから、感じたままに行動した。
「正月だから、テメーがオゴレ」
「正月なんか関係ねーだろ」
「じゃあ… 誕生日だからオゴらせてやる」
「えっ?」
あまりにもビックリした花道は、立ち止まってしまった。結局、目的地に先についたのは、流川だった。いつも通りの走り方をしてしまったから。