Fox&Monky


  

 知り合ってからずっと、花道は一人の背中を見ていた。
 敵わない、ということを認めたくないのと、自分にもきっと出来るという負けず嫌いもあって、劣っているという現実を見なかった。それが、少しずつ、見えてきてしまった。自分は、大嫌いなキツネに勝るものがほとんどないのだと、心の隅っこで思えるくらい、花道は成長した。表面上の態度は変わらなくても。
 悔しいけれど、自分の理想を体で表現するチームメイトは、可愛さ余って憎さ百倍だった。なぜか、最初から天敵だったから。

 今日も夢を見ていた。花道は、目の前を行く背中を追いかける。赤いユニフォームの端を掴もうとするけれど、ほんの少しの差でまた先へ進む。『流川くんの3倍は練習しないと…』という安西監督の言葉がどこからか聞こえ、必死で練習する自分が見える。また流川を見つけて追いかける。花道が、夢の中で追いつけたことはなかった。
「待てコラァ!」
 右手を懸命に伸ばし、流れる黒髪でもいいから掴みたい、そう思った。花道は、現実に、手を出していた。
 いつもなら、何も触れずに目覚めるのだが、なぜか今日は暖かい何かに触れて、驚いて目が覚めた。
「ちっ、またいつもの夢か…」
 すぐに夢だとわかるけれど、今日のこの手の感触はなんだろうかと目を開ける。
 花道のふとんの中に、掴みたかった天敵の背中があった。瞬きしても、幻じゃないそれは消えてくれない。乗せたままの右手から温もりが感じられ、間違いなく人だと認める。すっかり忘れていたが、昨夜、流川を泊めたのだった。
「天敵と寝るなんて熟睡出来ねーよ」
 そう言い合ったはずなのに、二人とも朝までグッスリだったらしい。

 

 冬休みが終わって何度めかの週末。大人になる儀式とやらのおかげで、湘北バスケ部の練習も少なくなっていた。学校が休みだからだ。
 そうなると、走ったり、外で練習する二人にとって、二人でいる時間が増えるのだ。特別待ち合わせをしているわけでもないのに、必ずといっていいほど顔を付き合わす。お互い「ゲッ」と思っていたが、花道はイヤダイヤダと思いつつも、ワザを盗むために流川の姿を目で追った。
 それほど数はないだろうバスケットコートを、ほとんど毎日独占していたが、この寒い中そこを目指す人もおらず、たいてい二人だけだった。
 口げんかをしながら、二人ともどこまでも突き放しはしないのだ。

 そして土曜日だった昨日、先に始めていた花道の元へ、流川がやってきた。花道なぞ存在しないかのように全く無視したり、横からほんの少しのヒントを与えたり、花道としては気まぐれヤロウとしか思えなかった。けれど、たった一人でやるよりは、かなり能率がいいことにすでに気が付いていた。
「んだよ、テメー。今日は遅かったじゃねぇか」
「…別に」
「先に来たから、俺にユーセン権があんだよ。オラ、どけよ」
「ウルセー。テメーこそ、もうやったんなら替われ」
 ぎゃあぎゃあと言い合う。それがなきゃ変な気がしたし、それが当たり前だった。
 かなり時間が経ち、冬至を過ぎても暗くなるのが早い季節、いい加減ボールが見えなくなった頃だった。
「おい…雨じゃねぇ?」
 ポツポツと、間違いなく降ってきていた。夕方だから暗くなったと思った二人は、その黒い雨雲に気付かなかった。
「しかも、ヤバそうじゃねぇ?」
 花道がいちいち実況中継しても、流川は何も言わずにボールを抱えていた。これでも流川なりに、考えていたのだ。
「オイ、なんとか言えよ、テメー」
「…間に合わねー」
「は? 何が?」
「…オイ、傘買ってこい」
 花道は、流川の飛んでる話にちゃんとついていっていた。
「何をエラそうに! 今日は金持ってねー」
 たとえ相手がお金を持っていたとしても、流川の態度は人に物を頼む態度ではなかった。けれど、花道には慣れっこだ。
 それにしても、店の中で雨宿りも出来ないで、また雨が上がるまで外でぼんやりと待つのか、それとも雨の中を帰るかしかない。流川がどちらかに決断しようとしたとき、花道がもう一つの道を示した。
「…しょ、しょうがねぇから…うちに来させてやっても…いいぞ」
 絶対イヤだけど、と付け加えるあたりが、花道らしい言い方だった。
 普段なら絶対イヤだと答えるだろう流川も、このときばかりは手を打った。
「…ほんとにしょーがねー。行ってやる」
「ちっ なんでテメーは、人の好意をそんなにエラそうに…」
 ブツブツいいながら、花道はボール片手にベンチへ向かった。
「早く来やがれ! 濡れてーのか、オメーはよ」
 流川は何も言い返さず、黙ってついていった。

 花道の部屋の中に入ってからは、ただひたすら窓の外を見てはため息をつく。流川は着替えすら借りようとせず、濡れたスウェットを干しながら、石油ストーブの前に座っていた。
 頑固者の天敵を放っておいて、花道は花道で自分のことをする。気を遣ってなぞやるものかと心から思っていた。

 

 


2001.12.27 キリコ
  
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