Fox&Monky


  

 傘を借りて帰れば良かった。また流川は後から気が付いた。

 

 人間にはイヤな状況から最大限逃げようとする本能がある、はずであると流川は思う。それなのに、あまり考えずに、ただその陥ってしまったところに素直にいる。そんな自分が不思議だった。
「うっとーしい…」
 けれど、毛嫌いするほど嫌いではないのかもしれない。流川は、初めて訪れた天敵の部屋で、その天敵の背中を見ながら思った。小さな台所で何かしらしている姿も、流川には馴染みのないものだった。
「なんでこんなとこにいる」
 窓にぶつかる雨の音を聞きながら、自分の置かれた状況に首を傾げ続けた。

「オイテメー、風邪引くぞ」
 雨に濡れたスウェットをストーブの前で乾かす流川は、花道の服を借りようとせず、Tシャツでぼんやりと座っていた。流川自身もストーブの前に座っていたのだが、花道には寒々として見えた。
「…人のこと言えんのか」
 両手を腰にエラそうに言う本人も、長袖Tシャツ一枚なのだ。大して変わらないと流川は舌打ちする。
「ちっ 俺はいつもこんななんだよ。ふん、勝手にしろ」
 花道は吐き捨てるように言う。そう言いながら、毛布を投げた。
「…テメーは、口と行動がチガウ」
 自分のことを棚上げて、流川は毛布にくるまった。やはり、寒かったのである。


「食いたかったら食ってもいい」
 花道は、夕食の支度をしていたらしい。毛布を肩に羽織ったまま、流川はぼんやりと立ち上がる。
「しょーがねーから食ってやる」
 腹が減っては戦は出来ぬのである。流川も花道も、食欲旺盛な育ち盛りであり、運動した後なのだ。
 小さなテーブルに向かい合って座っても、突然会話が弾むはずもなく、相手と自分の食べる音だけが聞こえる。大皿に盛られたおかずを取り合い、お箸がぶつかって初めて食べる以外のために口を開いた。
「俺が作ったんだ。俺が先!」
「む…」
 珍しく、流川は言葉につまった。自分はこの花道の作った夕食を、ガツガツと食っているではないか、と驚いたのだ。
 大人しく箸を引いた流川に、花道も驚いた。
「…食っていいぜ?」
 そう言われて、「しょーがねー」をまた呟く。花道は怒るけれど、その言葉自体は流川の耳に届かなかった。
 なぜ自分はこんなところにいるのだろう、やっぱり不思議な気がした。
 けれど、雨が止むまでの辛抱、と言い聞かせていた。


 時計の針が真夜中近づいても止まない雨に、流川は覚悟を決めた。
 花道が何も言わないならば自分から頼まなければならないのだろうか。いやしかし、連れてきたのは花道なのだから最後まで責任を持てと思ったり、無表情の下で流川はグルグル考えていた。
「オイ」
「んあ?」
 バスケ雑誌から顔を上げた花道は、声をかけられたことにビックリした。それくらい、花道も今の現状は落ち着かないものだった。
「…雨」
「雨? ああまだ降ってるな。さみーんだし、雪になるかもな」
 窓の方に向かい、花道は雪の話に持って行ってしまった。流川は心の中で舌打ちした。
「雨、止まねー」
「…今もそう言ったじゃねぇか」
「…泊めろ」
 小さな声で、流川は初めて花道にお願いした。
「はっ?」
「雨で帰れねー…からここにいる」
「…何言ってんの、お前」
 花道の言い方が気に入らなくて、流川は座ったまま睨み上げる。ほんの少し立場が弱い気がして、尚イラついた。
「当たりめーだろ? 俺はそこまで鬼じゃねぇぞ」
 何も言わなくても、花道は流川を泊めるつもりだったらしい。そのことを知った流川は、なんとなく居心地が悪くなってしまった。自分の躊躇いはなんだったのか。
「もー寝る」
 流川はいきなり頭の上の電気を消した。
「え、オイこら、まだふとんも敷いてねーのに」
 石油ストーブの灯りを頼りに、花道はまた電気をつける。その後の花道の文句は全部耳からシャットアウトした。だいたい、小学生でもまだ寝ない時間なのだ。

 並べられたふとんを最大限遠くに置こうと思ってもちっとも叶わない現実に、流川はため息をつきながら潜り込む。隣からもため息が聞こえた。
「落ち着かねー…」
 自分だけじゃない、と心の中で反論しながら、今日はきっと「熟睡出来ねー」と呟いた。

 

   


2001.12.27 キリコ
  
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