Fox&Monky


  

「ゴリの怒鳴り声ももう聞けねぇな…」
 まだ卒業していない先輩のことだけど、体育館の中で叱られたり叩かれたり、低くて吠えるような怒鳴り声が、花道はすでに懐かしかった。時々顔をのぞかせるだけで、何も言わずに立ち去る先輩たち。怒られて怖いという記憶よりも、手取り足取り丁寧に指導してもらったことに感謝して、花道は必ず「ゴリ」と話しかける。もうすぐ、それすら出来なくなるから。
 口だけでなく、よく手も出されたが、花道は赤木の指導が体に染みついていて、自分がおかしなことをしたとき、耳の奥で怒鳴られる。けれど、アドバイスという点では、その幻聴は全く役に立たなかった。

「ゴリ…いやオヤジ、教えてくれよ…」
 ただ体を動かしているだけでは、習得できないものがある。体力を付けることは出来ても、技術に関してはわからないことが多い。たった一人でやっていても、進歩が遅い気がしていた。
「キツネは…いや何でもねー」
 ボールを持ったまま、花道は独り言を呟く。
 天敵と呼ぶ流川と、なぜか一緒に練習するようになった花道だが、流川は流川で自分の先へ進もうとするし、花道の指導をしようとはしなかった。また花道も、流川に教わろうとは思っていなかった。
「天才は見てるだけでジューブンなんだ。そうだ。俺にも出来る」
 遠くでわざとらしいため息が聞こえ、花道は振り返る。いつもの通り、流川が無言で近づいてきた。
「頭ン中のイメージ、テメーのは足りねー」
「は?」
 流川の説明が、花道には理解出来なかった。その日の練習が終わるときまで。


「感謝しろ」
「あん?」
 冬の冷気の中でもうっすらと汗をかいた二人は、薄暗くなった公園のベンチに座った。そして、流川が自分のカバンを探りながら、そう曰った。
「テメー、今日は何言ってんのかわかんねーぞ」
「…そっちが理解わりぃ」
「何だとこの日本語不自由男! 俺は国語はそんなに悪くねーぞ」
 ムキになって威張ったが、他の科目と五十歩百歩なのは流川もよく知っていた。
「これ、貸してやる」
「…なんだコレ?」
「ビデオ」
「それはわかる!」
 そばにいるのに大きな声を出す花道を、流川は眉を寄せて見た。
「…こないだ、泊まってやったから」
「テメ、日本語変だぞ。…オイまさかエロビじゃねぇだろうな」
 花道はイヤそうな顔をして、ビデオを落とさんばかりの持ち方をする。流川は一瞬ビックリした顔をして、今度は同じくイヤそうな顔をした。
「…返せ」
「何だよ、貸すって言ったじゃねぇか。何のビデオなんだよ?」
「……見ればわかる。…よく見れば」
 流川はそれ以上説明せずに、花道に背を向けた。

 花道は、その夜眠るのを忘れたかのように、繰り返しビデオを見た。おそらくは、貸した相手も何度も見ているのだろう、多少すり切れた画面に、花道は瞬きも忘れて見入った。
「口で教えてくれりゃいいのに… いや、別に教わりたいなんて思ってねぇからな!」
 誰もいない部屋で花道は声を出す。そして、小さく笑った。
 言葉で指導出来るタイプと、やって見せるタイプとがあるらしい。
 花道は、画面の中と夢の中の天敵の姿に、教えを乞うことにした。少しでも経験不足を補うために、すべてのプレイヤーの動きを頭でイメージ出来るように、そして天敵の動きを頭に入れて、自分の反応をシュミレートさせる。それも一つの上達の方法だと、流川に言われた気がしたのだ。
「しょーがねーよな。アイツの方が先にバスケ始めたんだしよ…」
 

 

 

 


2002. 1.17 キリコ
  
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