Fox&Monky


  

 花道は、目を瞑って瞼のウラにとある選手を思い浮かべながら、自分の体を動かしていた。有名なバスケットプレイヤー達の技術を少しずつ体得する。花道の目標の一つになった。ただし、学校の体育館ではやらなかった。

「オイ、ルカワ」
 週末、目を真っ赤にしてコートに現れた花道に、流川は黙ったまま先を促した。
「ちょっ…ふああ…」
 話しかけておいて大きな欠伸が出てしまった。花道は本当に寝不足だったのだ。大きな口が開いて閉じるまで、流川は不思議なものを見るように花道の口から目が離せなかった。
「あ、わり… そんで悪りぃんだけど」
 花道は持っていたボールを一度バウンドさせた。それから言葉で表現出来ない分を自分でやってみる。その上で、頼んだ。
「コレ…こんな感じ? おっと…」
 逃がしたボールをすぐに捕まえて、花道はまっすぐに流川に向かった。
「こないだのビデオの何とかって選手がやってたヤツ」
「…で?」
 ここまで待っても、流川には花道の言いたいことがはっきりしない。自分にしては結構気長に話を聞いていたとため息をついた。
「それ、やってみてくんね?」
 イエスもノーも言わず、流川は目を見開いた。花道は大慌てでいろいろ付け足す。
「いやいくら天才でもビデオん中じゃ見えないトコもあるし、けどすっげーのはわかるからやってみたいけど、よくわかんねーってか……いや、オメーが失敗するトコ見てみたいってーか…」
 また大きめの声で勢い良くしゃべり始めた花道を無視して、流川は相手の望む通りの動きをやって見せた。
「…やった」
「あ、テメっ 一瞬過ぎる! もっかい!」
 素直な物言いに、流川は反論せずに同じことを繰り返した。けれど、スピードのいる技術なため、一瞬なのは何度やっても変わらなかった。
「あーーちょっと待て待て!! もっかいスローモーションでっ!!」
 両手を大振りして花道は止める。流川は盛大なため息をついた。
「…ビデオじゃねー。後は自分でやれ」
 そう言って、自分の練習に戻ってしまう。花道にもそれ以上頼むということが出来なかった。
 小さく映るビデオに比べれば、目の前の見本はわかりやすかった。けれど、花道の筋肉はその動きに馴染んでいないのだ。ブツブツ呟きながら、花道は何度もやってみる。その度に叫ぶ声がコートに響いて、実は流川は小さく笑っていた。何が楽しくて笑ったのかもわからないけれど、自分は確かに嘲笑以外で笑っている、と流川は自覚していた。

 

 来る時間も帰る時間もほとんど決まっている二人の練習時間は、いつも太陽と一緒だった。夕日が沈んでしまい、ため息をつきながら流川は上がる。ボールに触れることに、飽きることはないのだ。
 花道は荒い呼吸のままボールを抱え、今日の成果を思い描いた。新しいことを知って体得するためには、積み重ねだよなと締めくくる。
 そして、もう一つの頼み事をなかなか切り出せない自分がもどかしかった。
「あのよ、ルカワ…」
「…もうボール見えねー」
 また見本をと言われるかと構えた流川は、首にタオルをかけながら先に断った。
「いや…頼み…たくねぇけど、頼むしかなくてよ」
「…?」
「他にも持ってんなら…貸してくんねーかな」
「…何を」
「ビデオ」
「…エロビは持ってねぇ」
「なっ!」
 流川にしてはかなり砕けた反応だった、と後から花道は思った。そうか持ってないのかと心の中で頷きながら、すぐに何考えてると自分を叱る。
「もーいーよ! テメーなんかに頼んだ俺が間違ってたぜ」
 大股で花道はそばを離れる。イラついたその背中に、流川はようやく答えた。
「どあほう…」
「ぬっ 俺はどあほうじゃねー」
 いちいち律儀に振り返る花道が、らしくて流川はおかしかった。
「後で持ってってやる」
「…えっ?」
 もう一度花道が振り返ったときには、もういつもの流川で、さっきのは聞き間違いかと花道は首を傾げた。
「アイツがそんな親切とは思えねーしな… ふん、ゴリなら持ってンだろ」
 他を当たろうと声に出してみる。聞かせたい相手はもういないけれど、まさか本当に貸して、まして持参して来てくれるとは、花道には思えなかった。
 数時間後、花道は玄関で現れた姿に驚いて、思わず相手の頬をつねってしまった。

 

 

  


2002. 1.17 キリコ
  
SDトップ  NEXT