Fox&Monky
2月の最後の週末、昼間は暖かくなったことを感じながら、流川は部活に向かった。渡り廊下でポカポカと日を浴びると、なんとなく嬉しくなる。部活の時間が長い土曜日も、平日より楽しかった。
部活中はキャプテンを中心に、いつもと変わらないメニューをこなす。流川だけでなく、花道も当然一緒だった。
夕方暗くなりかけたころに終わる部活の後、流川は日課である個人的メニューをこなしに改めて出かける。これはずっと続けていることで、彼にとっては呼吸と同じくらい当たり前のことだった。
高校に入学してから、特にこの数ヶ月、流川のメニューに花道が加わっていた。勝手について来られるのも多少鬱陶しかったが、大きな邪魔をされるわけでもなく、自分のペースを変えなければいいことだと気にしないようにしていた。いつの間にか、そこにいるのが当たり前の中の一つになっていた。
ところが。
「あれ…?」
夜に走るコースに、ついに花道は現れなかった。
そのことを、「おかしい」と捉えた自分が不思議だった。
「別に決めてるわけじゃねー」
つい振り返ったりした自分を戒める。
初めて自分のペースが乱れたことに、流川は驚いていた。
花道が来なかったことを気にしている自分が嫌で、その夜は花道のアパートを訪れなかった。たいていの週末は泊まりに行くのが習慣だったのに。
「だから別に決めてるわけじゃねー」
ふとんに潜り込みながら、誰にも聞こえない言い訳をする。昼間感じたいい気分がずいぶん遠くに行ってしまい、ソワソワと落ち着かないまま眠りに落ちた。
翌朝、一人で起きるには早めの時間に流川は目覚めた。確認したいわけでも、会いたいわけでもなく、と呟いてから、いつもの朝練と自分に言い聞かせる。それでもどこか「今日は来るだろうか」という疑問が頭に浮いていた。
「来ない方が静か」
玄関でスニーカーに足を入れながら、独り言を呟く。ずっと気にし続けている自分に、流川は気づいていなかった。
結局、日曜のお昼になっても花道は現れず、流川はボールを止めた。コートを独り占め出来ることを喜びつつ、頻繁にある方向に顔を向ける。それがまた嫌で首を振る。あまり見たことのない時計の針を何度も確かめた。
あの元気な猿が体調不良とか? いや部活のときは何ともなさそうだった。
自分とやるのが嫌になったとか? この前まではそんな素振りもなかった。いや、却って好都合じゃねぇか。
などなど考えながら、流川の足は花道のアパートへ向かってしまった。もう見慣れたアパートのドアの前で、流川は大きなため息をついた。
ビデオを持ってくるのも習慣になっていたのに、今日は何もない自分が落ち着かなくて、どう入ればいいのかわからなくなってしまった。別に用があるわけでもないのに、とまたため息をついて立ち去ろうとしたとき、ドアが内側から開いた。驚かされたわけでもないのに、流川の肩はビクリとはねた。
「じゃな、花道……っとあれ、流川?」
「え、流川?」
狭い入り口で、桜木軍団がゾロゾロと顔を出す。一番最後の洋平も驚いた顔をしていた。
「よう。そのカッコだし、バスケしに来たのか?」
スウェット姿にボールを持った流川に、洋平が話しかける。このときやっと花道の足が見えた。
「ルカワ? 今からか?」
話しかけてきた花道の顔は見えなかったが、流川には花道がバスケットをする格好でないことも、元気そうなことも、けれどぼんやりしてることもわかった。黙ったままでいると、洋平が間をもたせた。
「昨日アイツの誕生日でさ、ちょっと夜中までどんちゃんやってたんだ。花道もほとんど寝てないからなァ」
アイツと指差された相手が誰かもわからず、流川は花道の足下をずっと見ていた。
「バーロゥ、俺は一日くれー寝なくても平気なの。気ぃ遣って帰らなくてもいいのによー」
欠伸をしながら花道は洋平に話しかける。
「ま、天才も寝なきゃ体力もたねーよ。じゃな、花道。…流川」
階段の下の方で、洋平以外の軍団も同じようなことを大声で言う。ワイワイと賑やかな会話がだんだんと遠ざかり、アパートの2階はシーンとした。
花道は、立ったまま口すら動かさない相手を前に、後頭部をかく以外何も出来なかった。
「…ルカワ?」
「………」
「オイ? なんか気分でもわりーのか? あがれよ」
「帰る」
「…はァ? オイ、ルカワ」
階段を駆け下りる自分の背中に話しかけられていたことはわかった。流川は自分の頭に血が上ったのを自覚していたが、その訳はわからない。何に怒っているのか、何にショックを受けているのか。
「なんでこんな…」
動揺するのか、わからないけれど、ちょっと走っただけで心臓がドキドキした。
ゆっくりと歩きながら、取り敢えず元気そうだった花道を思い出す。考えたくないと思うのに、ずっと気にしている自分。
この数ヶ月、かなり長い時間一緒にいた。授業中以外の学校や放課後、週末も真夜中も、ずっと二人だった。自分にとって、唯一の近しいニンゲンとなっていた。けれど、向こうには違う世界があった。なぜだか、流川はそのことがおもしろくなかったのだ。