Fox&Monky
花道がわけがわからないうちに、少しずつ築かれていた二人の関係は、スタート地点に戻っていた。きっかけがわからなくて、花道は納得がいかない。けれど、流川はあれ以来徹底的に花道を無視して歩いた。そのため、相手が怒っている理由も判明しなかった。
「オイ…テメー気分わりぃぞ。なんでムシすんだよ」
部活が終ったあと居残りしなくなった流川を引き止めて、花道は何度か話をしようとした。胸ぐらをつかまれても、流川は花道から目を逸らす。毒舌で返されるほうがマシだと花道は暗い気持ちになった。
「ちっ 何なんだよ、テメーはよー」
何度目かで、花道が本当に呆れたことが流川にもわかった。けれど、流川もおもしろくないと思っていても、その理由が花道の友人関係にあるとは認められなかったのだ。だから、黙るしかなかった。二人が口を利かないことは、二人が大ゲンカをするのと同じくらい日常的だったため、周囲はこの状態にまったく気づかなかった。だから、深く考えずに誘うことが出来たのだといえる。
「花道、今週末だからな」
「ぬ? 何がだ? リョーちん」
「こないだ卒業してった先輩たちの送別会だよ」
自分より20cmほど小さい先輩を見下ろして、花道は目をしばたいた。
「送別会?」
「絶対参加だからな。これ、地図」
それだけ言って、部活開始の号令をかける。いたって簡素な説明を花道は半分聞き流していた。
頼りになる鬼のようなゴリラ先輩や、優しいメガネをかけた先輩、揉め事を起したりチームを盛り上げたりする先輩、先日卒業してしまって、花道は寂しいと思っていた。それが避けようがないことで、仕方のないことなのだけれど、もう一度みんなで集まれるのならそれもいい、と花道はやっと笑顔になった。このとき、天敵の参加のことなど思い浮かびもしなかった。
送られる本人の家で開かれる飲み会は、それぞれ何かを持ち寄った、気楽なものとなった。前キャプテンである赤木ですら、飲酒をダメとは言わなかった。
「…いいか、節度ある飲み方をするんだぞ。それぞれの限界を超えないように」
もっともらしく忠告して始められたが、そこはやはり体育会系であり、「結構です」という言葉を口には出来なかった。もっとも、まだ高校生になりたてと言ってもいいメンツには、自分の限界量がわからなかった。
「おい赤木、大丈夫か、コイツら? いいかテメーら、潰れても泊めてやんねーぞ」
出だしから明るい三井が言う。もうすぐ引っ越すというその部屋は、すでにダンボールで埋め尽くされていた。
「ミッチー、引越しすんだな」
「おう桜木、テメー呑んでるか」
そういって、花道にコップになみなみと注ぐ。花道はこぼれないように受けた。
「お、おお…俺ぁ結構つえーぞ、ミッチー」
「ふん、ガキのくせにナマイキな」
たいして変わらないと花道は思ったが、実際このときにはまだ花道は15歳だった。すでに18歳の三井とは、ちょっと違う気もした。
「そっか、ミッチー、もう結婚できるんだ…」
花道の呟きに、三井は呑んでいたビールを吹き出した。
「な、テメ、何言って…ゲホゲホッ」
「ミッチー、きたねーぞ」
「う、うるさいっ! お前のせーだろうがっ」
怒られ、赤い頭を小突かれる様子を、流川は部屋の隅っこでずっと見ていた。流川は約束の時間より少し早めに来ていた。試合に寝坊することもあった彼だったが、夕方の集合には寝過ごす心配もなかった。
三井以外誰もいない部屋で、ぼんやりと待っている間、どちらも何も言わなかった。何度か三井が先輩らしく、ポツポツと話し掛けたが、返事が簡単過ぎて会話は成り立たなかったのだ。
そのときの空気は、特別イヤなものではなかったが、三井と花道の飛び交う会話を聞いていると、おそらくバスケットを通して以外、誰ともコミュニケーションのとれない自分を思い知らされた。逆に、誰とでも気軽に話せる花道に、一層ムカつくのだった。
流川は、しゃべらなかった分、人より多く酒をあおってしまった。