Fox&Monky


   

 酔っ払いの相手は、まともにしているときりがない。そのことを、花道は良く知っていた。
 それでなくても、大嫌いなキツネである。放っておきたかった。実際、何度か座り込んでしまう相手に背を向けた。けれど、真夜中のアスファルトの上に置き去りにするような、冷たいことは出来ない花道だった。そして、ぼんやりとした表情はいつもより柔らかくて、言っていることはわからないけれど、いつもより少しはしゃべる流川の姿は、目を離すことが出来ないようなものだった。
「チクショーなんで俺がこんな…」
「…テ、メー…が…」
 花道の肩口で、流川はこんなときでも責め口調だった。
 潰れた流川を送っていくと志願したのは花道だったのだ。正確には、卒業していった先輩たちからの命令でもあったのだが、流川はそこまでは知らなかった。

 いつもの何倍もの時間をかけて、花道は自分の家に戻った。仕方なく、酔っ払いとともに。
 畳の上に座らされた流川は、振動がなくなってうっすらと目を開けた。
「…あれ?」
「……バカヤロウ。こんな夜中に家族にメイワクだろうが」
 花道は、コップに入れた水を手に持って、そう説明した。
「ここ…は?」
「俺ん家に決まってんだろーが。ありがたく思えよ、ったく」
 盛大なため息をつきながら、それでも水を呑ませたり、シャツを緩めたり、世話焼きな花道だった。
 コップを受け取った流川は、その水に向かってお礼を言った。けれど、それは花道には届かなくて、その上その感謝の言葉を含んだ水は、流川のシャツに吸収されてしまった。
「あれ…」
 立ち去ろうとしていた花道は、大慌てで戻ってくる。
「ああっ コラ、しっかりしろよ、もー」
 かろうじて落とさなかったコップを取り上げて、もう知らねーと花道は今度こそ去った。
「………みず…」
 壁にもたれたまま、自分の要求だけを訴える。大嫌いな相手なのに、なぜ自分はこんなことをしているのだろうか。アルコールがそれなりに回っている花道は、首を傾げていた。それでも、本質的につき離せない花道自身が勝手に動いていた。
 今度こそこぼさないように、と背中もコップも支えられて、まるで子供のように流川はされるがままだった。花道のすぐ目の前で、ゆっくりと口や喉が動く。ホッとしながらも、何か別の感情が紛れ込んだ気がした。コップを持つ花道の右手に重ねられた流川の熱い手に、なぜか意識が集中した。
 飲み終ってふーと大きなため息をついた流川に、花道は我に返った。
「…もういいか?」
 ずっと目を閉じていた流川は、その声にうっすらと目を開けた。
「……冷てー」
 開いた唇は、水を含んで艶があった。薄暗い部屋の中でも、ぼんやりとした瞳も濡れた唇も、ほんの少し仰け反った喉元も、見えた。花道は、凝視していた。
「……んなに冷たい水だったか?」
 ドキドキと高鳴る心臓の音を聞かないように、花道は平静な声を出すよう努力した。
「…ちげー…どあほ…」
 さっき花道が緩めたシャツのボタンに、流川はその指をかける。脱ぎたいのに脱げないのだという意思表示だった。その仕種で、鎖骨に影が出来ているところが、花道には見えてしまった。
 理性の音がぶち切れる音を、花道は初めて聞いた気がした。
 力強くその肩を引き寄せると、少し細い身体はすんなりとその腕の中に納まった。
 流川は、重たい頭をもたせかけたくて花道の肩に擦り寄った。そのぬくもりは、ちょっと懐かしいもので、すぐに眼を閉じた。

  


2002.3.20 キリコ
  
SDトップ  NEXT