Fox&Monkey
花道は、バスルームの中から聞こえる水の音を背中に、洗濯機と向かい合っていた。磨りガラスを通してみても、肌色がわかる。相手は素っ裸なのだ。当たり前だけれど、自分も同じ姿でいるために、なんだか恥ずかく感じた。
流川が出てくる前に服を着ておこう、そう思って動いた瞬間、水の音が止んだ。
さっさと出ればいいのにと自分を叱咤しながら、それでも中から出てくる相手を確かめたかった。水を滴らせたまま出てきた相手は間違いなく流川で、けれど黒い髪に隠れて顔色はわからなかった。
「…おい、大丈夫か?」
「………」
返事をする代わりに、流川は口元に手を運んだ。
「だ、ダメそうなら、トイレ…」
花道が言い終わる前に、流川はビショビショのままトイレに駆け込んだ。
ため息を一つついて、花道は部屋に戻った。その頬が熱くなったことに、気づかないふりをした。
昨夜のことを、花道はよく覚えていた。酔っても記憶はなくならないのだ。けれど、気持ちが大きくなることもあり、昨夜は理性が飛んだらしい。
「…なんでだ… 相手は流川だぞ?」
ジーンズに足を通しながら、小さな声で自分に問う。
「俺って…ヤバくねぇ?」
相手が女の子だったらどうなるのだろう、純情な花道の赤い頬はいっきに青ざめた。
後悔やら反省やら疑問だらけの状態でも、花道の手は相手のために動く。すべてを洗濯してしまった今、おそらくはふとんに戻るだろう流川のために、新しいシーツを敷いていた。
真新しいシーツに顔を埋めると、まだいろんな匂いが混じったままなことがわかる。思い出しては花道は赤面する。疑問があっても、嫌な感じではなかった。自分があれくらいの酒量で記憶がなくなることなどないことも、よく知っている。自分は自分の意志で流川に触れたのだ、そう言葉にすると、花道の頭はやかんのように熱くなった。
「あ、アイツが悪ぃんだ… あんな顔してあんな目…口が笑ってた…」
壊れたレコードのように、そのシーンばかりを脳に再生し続ける。花道は、鼻血が出そうになった。
「…退け」
シーツから顔を上げると、相変わらず素っ裸の流川が部屋に戻ってきていた。明らかに顔色が悪く、機嫌も最悪らしかった。
目を逸らしながら場所を譲った花道は、相手の動きを横目に感じた。寝転がった流川は、ため息をついて「水」とだけ訴えた。状態が良くわかる花道は、何も言わずに要求通りに動いた。また、昨夜のことを思い出すきっかけにもなってしまった。
流川の上にバスタオルをかけ、花道はまた水を飲ませた。大人しく従う流川は起きあがるのも本当に億劫らしく、されるがままだ。
眉間にしわを寄せながら、背中を丸めて眠ろうとする流川に、花道はふとんをかけた。
「おい、寒くねぇか?」
「…さむい。…俺の服は」
「……覚えてねぇの」
「…………何を」
ずいぶん間があった返事だったが、流川は覚えていないようだ。少なくとも花道にはそう思えた。そう思った矢先だった。
「……よくすんの、あーいうコト」
「えっ…」
流川の頭が枕の上で動いて、顔をふとんに隠してしまった。それなのに、花道には隠れる場所もタイミングもなかった。花道の返事の後、規則正しい呼吸が聞こえ始め、居場所に困った花道は台所に移動した。自分のふとん、お互いの汗と男の匂い、ゲロの匂いの混じる中なのに、大嫌いな流川が無防備な姿で眠っている。花道は顔が赤いのが取れなくなるのではないかと心配になるくらい、頬が熱いままだった。
「…誰ともしたことねーよ」
花道の小さな主張に流川の表情が弛んだことなぞ、顔を背けていた花道は知るよしもなかった。