Fox&Monkey
花道の唇が、初めて他人の肌に触れる。意外と弾力のある、その感触がとにかく印象的で、相手が男であの流川だということも、忘れかけていた。
首筋に触れると、相手はくすぐったそうに身を捩る。もう一度同じようにすると、手のひらで口を押しのけられた。なんとなくムッとして、花道は手のひらにも唇をつきだした。
壁からずるずるとずり落ちる流川の背中は、白い綿のシャツをずり上げ、白い腹部が少し現れる。花道の目はその瞬間を見逃さなかった。
ドキンドキンと大きな音を打ち鳴らす自分の心臓がイヤで、呼吸を整えたいけれどそれも不可能だった。怪しい熱がだんだん下腹部に集まってくるのを、花道はまるでスローモーションでも見るように、他人事に感じていた。
吸い付いた唇を放すとき、小さな音が立つ。その痕が赤くなるのが薄暗闇でもわかる。俗に言うキスマークなのだと思うと、花道は舞い上がった。反対側の首筋にも同じようにマークをつける。いつの間にか、その首自体が自分のものだと錯覚するくらい、そこに参っていた。
3つ目のマークは鎖骨の上、4つ目は僧帽筋のあたり。5つ目にはシャツをずらして左肩の先へ。その度に、流川の肩も上がる。それが、何やら嬉しかった。
胸の方へ降りていく前に、流川がゆっくりと両手で花道の顔を挟み、顔を上げされられた花道は現実に引き戻される予感がした。怒られて、殴られるのかと、熱が冷めていく気がした。
けれど、流川はその首を引っ張って、同じ場所に同じことをした。ボタンを外せなかった流川は、花道のシャツの上に唇を当てる。その仕草に花道はちょっと感動した。
「…ルカワ?」
酔って押し倒してから、初めて話しかける。ずっと目を瞑ったままだった流川が、静かに目を開ける。ぼんやりと焦点があっていないようなのに、花道の目を捉えた後、小さく微笑んだ。唇が動いただけかもしれなかったが、花道には柔らかい艶のある笑顔に見えた。そして、その表情が忘れられなくなってしまった。「ルカワ…」
「……何だ」
「…あれ?」
花道は、耳元で聞こえた冷静な声に我に返った。うっとりと相手を呼びかけてしまったことが、急に気恥ずかしくなってしまった。
「……テメーのそんな声、前に聞いた気がする」
まだ目覚めきっていない流川が、驚くほどスラスラと感想を述べる。そして、覚えていなくても意識の下にある花道の声に、反応した。
花道は、夢を見ていたのだ。あれから、何度も見た夢。実際のことをリプレイしているだけとも言える。そんな夢を見た朝は、花道は結構落ち込むのだった。
腕の中で規則正しい呼吸を始めた相手の眠る様子に、花道はホッとした。
けれど、流川は眠らなかった。
「…こないだと一緒…じゃねぇの」
もの凄く気怠げな声で、けれど神経が眠っていたわけではなかったらしい。絡み合った足と密着した下半身が、お互いの性を教え合う。その状態を、どちらも知っていた。
「あっ…イヤ、そのこれは…」
大慌てで腰を引く花道に対し、流川は相変わらず動こうとはしなかった。巻き付かせた腕すら解こうとはしない。花道は逃げ切れなかった。
「…洗濯すんの、メンドー」
「……はっ?」
「だから、脱げ」
「…へっ?」
長い両腕は花道を放さない。顔を上げないから表情も読みとれない。
けれど、あの笑顔を思い出した花道は、また舞い上がってしまった。