Fox&Monkey
たとえ二人が多少近寄った、しかし誰もが陥る、というわけでもない関係にあったとしても、それは日常に何の影響もなかった。これまでよりも、少し知る部分が増えただけで、しかもそれは口にするような場所や事でもなく、二人の間でも話題にも上らない。けれど、する。そのせいで、妙なぎこちなさが出ることはあった。本人たちよりも、周囲が首を傾げるのだ。
「オイ花道、たまにはラーメンでも食ってかねぇ?」
すっかりキャプテンらしくなった宮城が声をかける。居残りもそこそこに部室で着替え始めた花道は、自分を待ってくれていた親しい先輩に笑顔を向けた。
「え、リョーちん、オゴリ?」
「ばーっか」
そう笑って、花道を急かす。
県大会も始まって、今週末にはまた勝たなければならない期待とプレッシャー。宮城はキャプテンとして、考えなければならないことも背負わなければならないこともあった。そんな宮城にとって、いつでも前向きといえる花道の存在はありがたかった。
花道が着替え終るまでに、もう一人の居残りが戻ってきた。入り口に立つ先輩に、首だけで挨拶をする。
「お、流川。お前も残ってたのか」
「…ウス」
部室に入っても、花道には目もくれない。そうするだろうと予想はしていても、花道はおもしろくなかった。
「…ふん、リョーちん、コイツは悪あがきしてるだけ」
右手を自分の顔の前で振る。流川に見えないようにした仕種だが、言葉だけで十分に剣呑な空気に変わった。
「…テメーくれー、いつまでも初心者ってのも珍しいよな。才能ねーんじゃねぇ」
悪口を言うときだけは多少滑りが良くなるその口は、花道に対しては特別辛辣だった。
「なにっ! この、キツネの分際でっ!」
「サルのくせにわめくな。どあほう」
近寄って、わざわざ睨み合っている二人の姿は、もう1年も前から見慣れてしまっているもので、宮城から見れば、二人とも成長していないようにも思えた。けれど、ケンカばかりでも試合中にはこれほど頼りになる二人はいない、と冷静に見ていた。
「いいからオメーら、さっさと着替えろ。置いてくぞ」
その一括でケンカをお預けにし、当たり前のように流川も連れられて行った。仲が良いのか悪いのか、宮城にも判断がつかなかった。
残っていた流川を誘わないのも変だと思い、今更一緒にラーメンを食べてもその仲が改善されるとも思わなかったけれど、話すきっかけくらいにはなるかと、宮城は県大会以外のことに頭を使ってみたのだ。
そんな思惑とはまったく関係なく、二人は宮城の前を並んで歩く。言い合ったかと思えば、二人でそっぽを向き合っている。けれど、どちらも宮城の横を歩かない。
「…なんなんだ…オメーら」
宮城は、長身の後輩を見上げるようにため息をついた。
ラーメン屋の中でも、さっさと互いの横に座る。花道は宮城を自分の真正面に誘い、ラーメンを飛ばしながら話しかける。ときどき隣の天敵を肘で小突く。黙々と食べているはずの流川の足が、そのたびに花道の足を踏んでいることを、宮城はテーブル下を見ないでもわかってしまった。
ほんの少しの間、皆がラーメンを食べるためだけに口を動かしていたとき、流川がポツリと呟いた。
「ラーメン…ひさしぶり」
「お、そうだな…」
流川の突然の言葉に、花道はテンポ良く反応する。宮城にはよくわからなかったけれど、花道には繋がるらしい。
「流川…ラーメン、あんま食わねぇの?」
「いや…よく食うっす」
宮城はますます首を傾げるばかりだが、花道は何の関心もないかのようにラーメンを食べつづける。それ以上説明しようとしない相手に、宮城はわからないまま諦めるしかなかった。店を出て、本当に奢ってくれた先輩に二人が礼を言う。素直な後輩の行動が少し可愛く思えた。
「じゃ、俺、こっちだから」
「あ、リョーちん、俺もだぜ」
「そうだっけな」
同じような方向だったかなと思い出しながら、宮城は進行方向に身体を向けた。
「オイ行くぞ、ルカワ」
そんな花道の声かけは聞こえたが、返事はないようだった。けれど、自転車の車輪の音が後ろからついてくるのを感じ、宮城はまた二人で歩いてるのかと笑った。
蹴飛ばし合いながら歩く後輩と別れてから、宮城はどうでもいいことを思い出してしまった。
「…流川って富中だったよな… 全然方向が違うじゃねぇか?」
空を見上げて、宮城は小さく頬を掻いた。頭にたくさんの疑問符が残るが、考えても答えは出ないので仕方ない。とりあえず、コート上ではこれほど頼もしく見える部員はいないのだ。それでいい、と終止符を打って、宮城は家路を急いだ。