Fox&Monkey


   

 大楠は、いつもより早めに家を出て悪友の家で向かっていた。というのも、数学の教科書を花道に借りっぱなしだったことに気づいたからだ。
「確か、今日の朝イチって言ってたよな」
 教科書があろうとなかろうと、たいして気にするタイプでもないとも思ったし、わざわざ家に寄らなくても学校で渡せば済むことだとも思った。けれど、たまには一緒に登校するのも楽しいかもしれない、そう思って、大楠は少し大回りしていた。
「…まだ寝てたりしてな…」
 寝坊しても、きっと慌てたりしないだろう悪友を思い浮かべて、大楠は一人笑った。

 花道のアパートが目に入り、歩くたびに近づいていく。足はどんどん早まって行き、知らず知らずのうちに大楠の呼吸は荒くなっていた。
 目指す扉が勢い良く開いて、大楠はすぐに立ち止まった。ちょうど出るところだったのか、と安心して大股で歩き出そうとしたときに、一度は出てきた花道がまた部屋に戻って行った。
「…忘れ物?」
 玄関も開けっ放しで走り回る花道を見て、大楠は少し驚いた。遅刻も早退も、バスケットに関わること以外には無関心だと思いこんでいたから。
「そんなに慌てる時間じゃねぇのに…」
 だから自分とゆっくり歩いて行こう、と声をかけようとした。
 けれど、改めて出てきた花道の後ろから、同じような長身が出てきて、大楠は声をかけるタイミングを失ってしまった。
「オラ、早くしろよっ」
「…るせー まだ時間ある」
 この後も花道は何か言い返していたが、急に小声になって聞こえない。
「とにかく! さっさと乗せろ!」
「重いからイヤだ」
「なにーーっ! もう泊めてやらねーぞっ」
 そんなことが何の脅迫になるのだろうか、大楠は目を見開いたまま突っ立っていた。けれど、天敵であるはずの流川は、その後ため息をついただけで花道を後部座席に乗せてフラフラと走り出した。声の大きい悪友の罵声はしばらく聞こえていたが、その後ろ姿が完全に消えるまで、大楠はその場を動けなかった。


「なあ洋平…どう思う」
 大楠は、ついに教科書を返すことが出来なかった。その昼休み、洋平と二人のチャンスを狙って、自分が見た事実を告げる。報告しながらも、まだ信じられない大楠だった。
「どうって言ってもなぁ… 前にも花道のアパートに来てたじゃねぇか」
 洋平の言葉もいつもの流暢さがなかった。
「…けどよ、泊めるほど仲良くなったのか? バスケはわからないでもないけどさ」
「…さあなぁ…」
 結局は桜木軍団の知るところとなったが、誰も納得いく説明は出来なかった。
 ただ心の中に漠然とした寂しさを、一様に感じていた。
 最も親しい悪友な自分たち以外に、泊めるほどの相手が出来たのである。口に出すような年齢ではなかったが、感じたことは同じだと皆わかっていた。

  



2002.5.14 キリコ
  
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