Fox&Monkey


 


 桜木軍団は2年生になって全員バラバラのクラスだった。クラスを決める教員側に明らかな意図があるかはわからなかったし、軍団も特別それを寂しがっているわけではなかった。けれど、クラスメイトよりは長年の友人たち、悪友とも呼べる仲間と、ときにはつるみたくなるものだ。
 待ち合わせなぞなくても、集まりたければ集まるという不思議な集団。帰宅時間はともかくとしても、お昼休みに屋上を占領することもあった。なんとなく、そこへ向かってしまうときがあった。
 洋平は4限目の授業が早く終り、まだ静かな廊下を抜けて屋上へ向かった。登校時に立ち寄ったパン屋でたくさんの種類を選んだ。なんとなく、今日はみんなが来る気がしたのだ。大楠の遭遇報告から一週間経っていた。
「牛乳飲むと背が伸びるって花道はよく言うよな」
 パック入り飲料の自動販売機前で、花道の言葉を思い出して、つい牛乳のボタンを押してしまう。たまにはジュースと思うのに、ほとんど習慣になりつつあった。
「アイツはこれ以上伸びなくてもいいと思うけどな」
 けれど、バスケットをするためにはいくらあってもいいらしい。そう考えている親友を笑って応援するしかなかった。

「あれ…」
 まだ終了のチャイムも鳴っていない時間、独占するはずだった屋上にはすでに先客がいた。
 広々としたコンクリートの上で、長々と寝そべるその姿は、あまり珍しいものではない。それほど親しくしていない洋平でも、何度か見たことのある光景だった。
「…寝てるところか、バスケしてるところ…しか、ほとんど見てないよな」
 真っ黒い巨体から何mか離れたところで、洋平は腰を下ろす。視線を向けると、白い横顔が見えた。
 梅雨に入りそうなこの時期に、まだ衣替えではないとはいえガクランを羽織った相手を見て、本当にただ寝るためだけに屋上に来たことが推測される。無防備なその姿は、普段の辛辣さとギャップが激しかった。
「お〜い?」
 小さく呼びかけてみても、その後チャイムが鳴っても起きなかった。洋平は小さく笑って、お気に入りのパンからかじり始めた。
 廊下がざわつくのが聞こえるが、階段を上ってくる気配はない。誰も来ないかもなぁと思いながら、洋平は静かな昼休みを堪能していた。
 しばらくして、「あちぃ」と言いながら、その巨体が動いた。
「よぉ」
 あぐらをかこうとした相手に、洋平は頬張った口で声をかける。右手を軽く上げると、相手の目が少し大きくなった。
「…今何時」
 真っ黒い艶のある髪をガシガシとかく。ガクランを脱いで、手で自分の顔を仰いでいた。もしかしたら、暑さで目覚めなかったら、放課後まで眠っているつもりだったのかもしれない。洋平は真面目にそう考えた。
「昼休みに入ったとこ」
「…ふーん」
 気のない返事は想像通りだった。
 それにしても、お昼休みで、しかも目の前で洋平が昼ゴハンを食べているのに、相手はあぐらをかいたまま何も言わない。弁当を持参している様子もなく、おせっかいついでに尋ねた。
「昼メシは?」
「…さっきの時間に食った」
 要するに早弁したわけだ、と洋平は頷いて、自分の食事に集中し始めた。自分の悪友も、朝から登校してきたら、お昼までもたずにパンやらおにぎりやらをかじる。そして、お昼休みはしっかり食べる。そのあたりは違ってるんだな、と心の中で思った。
 洋平の目の前に並べられたたくさんのパンを、流川はじっと見ていた。だから、つい聞いてしまう。
「…食うか?」
「…食う」
 素直な返事に洋平は笑った。好きなのを取れ、というと、花道のお気に入りを選び、洋平を驚かせた。
 軍団が来るかもと待ちながらゆっくり食べる洋平とは逆に、寝るだけでもエネルギーを使ったらしい流川は勢いよく食べる。一つで満足するだろうか、と洋平は残りの数をカウントした。
 身長が伸びることを期待して買ったわけではない牛乳を、洋平は口につけた。まだ冷たい感触は喉元まで感じる。新しいパンに手をつけるか悩んでいたとき、今度は自分に視線を感じた。
 パンを食べ終えた流川は、立ち去りはしなかった。牛乳を飲む洋平をじっと見つめる。洋平は、あまりにもわかりやすい要求をまた尋ねることにした。
「…飲む?」
 飲みさしだけど、と付け加えると、相手は黙ったまま手を出した。そのままストローに口をつけた流川に対し、ひとつの考えた浮かんできた。

「あーーっ! 何やってんだ、洋平! ルカワなんかと一緒に!」
 果たしてこの親友は、自分に何のことを怒っているのか。いきなり現れた花道を、洋平はただ笑った。ちょうど、流川が牛乳を返すところで、誰の目から見ても一つの牛乳を分け合ったに違いないとわかる。
 ズンズンと音がしそうなほどの勢いで花道は二人に近寄って,、その牛乳を奪い取った。
「俺が飲むっ!」
 そう言って、さっさと空にしてしまう。
 この行動の意味は何だろう。洋平は二人の顔を見比べて、考える。ひとつの独占欲なのだろうか。あの花道が? と考えて、洋平はわからなくなる。
 あぐらをかいた隣人は、花道を見上げて「どあほう」と呟いた。

 こういうケンカ姿は見慣れているが、仲良く一緒に寝てるところは想像できない。ただのライバルでもないらしい、とは思っていたが、洋平には結局よくわからない。
 けれど、流川楓という男も、早弁して昼寝して、パンを食って牛乳を回し飲みする、ふつーの野郎なんだということだけがわかった。

 

 


2002.5.20 キリコ
  
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